第15話 結月とデート②

「結月、どっか行きたいところとかあるか?」


 手を繋いだ後、俺達は駅の方に向かって歩いていた。

 掌から伝わる柔らかさだったり、温かさに物凄くドキドキしていた。普段通りまでとはいかないが、少し歩くだけでも、多少は落ち着いた。それ以上に今は、日向の時みたくがっかりされないかが不安で仕方なかった。


 ここでエスコートに失敗すればガッカリされるかもしれない。そんな不安が、アメーバのようにドロッと張り付いて離れてくれなかった。


 結月は俺の質問に少しだけ思案した後。


「あ、アニマート行きたい。欲しい漫画の特典が一番豪華だったんだよね」


 アニマートとは、アニメショップのことだ。


「え、本当に?」

「なんで、ダメだった?」

「いや、ダメじゃないんだけどさ……いいのか? デートだろ今日は」

「だから、いいって言ってるじゃん。早く行こ!」

「お、おう……!」


 不思議そうな顔をする結月に引っ張られるように、アニマートに向かう。


           ※


「特典残ってて良かったぁ……もうこれで、私の人生に悔いはない」


 ほくほく顔の結月は、後生大事そうに商品の入った袋を胸に抱えていた。


「人生に満足するの早すぎませんかねぇ!」

「もーう、冗談に決まってるじゃん」


 ケラケラと笑う結月。


「というかさ、透明なブックカバーでよかったのか?」


 結月は学校で読書する際、有色のブックカバーで本を隠している。だからこそ、無駄になるんじゃないかと思ったが、結月には信じられないといった顔をされた。


「分かってないなぁ、隆弘は……」


 大きく息をつく結月は、両手を広げて首を横に振っていた。

 うわ、うっぜ。


「普通のブックカバーだったら、せっかくの表紙が堪能できないでしょ? 書いてくれた作者さんにも失礼だし、そんなのはねレ〇プと一緒だよ! 隆弘。ちょっとおかしいんじゃないの!」

「おかしいのはお前だ!」


               ※


「ど、どうしよう……これに手を出したら、コンプリートするまで買い続ける未来が見える」


 次に結月は、グッズコーナーの缶バッチコレクションを前に頭を抱えていた。


「家に予備の缶バッチファイルはある……それに、この子たちが私に買ってって囁いている……どうしよう」


 どうやら結月は、ありもしない幻聴が聞こえているようだ。他人といると居心地悪そうにしてるくせに、好きを前にすると饒舌になって、テンションが高くなる模範的なオタクすぎる結月に思わず笑ってしまう。


 そんな俺に気づいたのか、結月は頬を膨らませていた。


「んー、なによ! こっちは真剣だっていうのに」

「悪い、悪い。そんでどのグッズに悩んでだよ」


 結月が見せてくれたのは、学校でアイドルをする女の子達が全国大会優勝を目指す話。


「それか、俺もそれちょっと欲しいし、せっかくだし買うかな」


 俺の推しは白髪キャラの子だ。

 最初は、オタクっぽいって思ってた自分を殴り飛ばしたくなるほどに面白いアニメだった。スポコン要素もあって、笑って泣ける俺の癒しだった。サブスクに更新されるのが待ちきれなくて、エナドリ片手に結月とリアルタイムで見たのはいい思い出だ。


 俺の言葉に、結月がニヤ~と嬉しそうに笑う。


「隆弘も無事、オタクになってきてるもんね、よしよし、これはもう時間の問題だね」

「待て待て待て、俺はオタクじゃない。結月と一緒にすんな」


 結月はゲームをめっちゃするし、アニメも非常に見るし、漫画や小説は特典のつくアニマートのようなアニメショップで買う徹底ぶり。一緒にされては困る。


「分かってないなぁ、隆弘は。いい、オタクっていうのは、気が付いたらなってるものなんだよ。振り返って見なよ、隆弘。最近のオタク活動を」


 俺の肩に手を載せる結月がどや顔で話しかけてくる。


「お、俺はただ……好きなアニメをリアルタイムで見て、カバンのストラップにはアニメグッズをつけて、スマホの待ち受けは推しのキャラにして、あまつさえ推しのVに投げ銭しようって考えだしたくらいだぞ」

「ダウト、それはもうダウトなんだよ!」

「何言ってんだよ、結月。そうやってすぐに自分の基準で判断するのはよくないぞ。ちょっとおかしいんじゃないのか」

「ねー! こればっかりは流石に納得いかないんだけど!? というか、さっきのあてつけでしょ!」


             ※


「うへへへへへへ、あん子た~ん♡」

「………………」

「私の推しマジ天使……やっば、涎垂れてきちゃった……」

「………………」


 俺の目の前で、濁った眼をさせる結月が、だらしくなく口元を歪ませていた。涎を手の甲で拭う姿なんて、一人の女子としてどうなんだと突っ込みたいくらいだった。


 まぁ、結月らしいと言えばそれまでなんだけどな。 


 結局、缶バッジコレクションはコンプリートすることはできなかったのだが、推しが出たようで、結月はご満悦だった。


 目をキラキラと輝かせながら、にんまりとした表情で結月は缶バッヂを眺めている。


「なぁ、結月。疲れてないか? 近くにカフェあるし、少し休憩するか」

「か、カフェ……」


 顔を真っ青にさせた結月が、ねじ切れるんじゃないかって勢いで、首を横に振っていた。


「死ぬ、死んじゃう………」


 結月にとってカフェは処刑場か何かなんだろうか?

 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、結月が理由を説明してくれた。


「いい? 私みたいな芋虫女がオシャレなカフェに入ったらどうなると思う? 答えは簡単、なんであんな陰キャが、この店に来てんだよって目でみられるんだよ!」

「いや、オシャレしてきてるんだし、大丈夫だろ」

「いい、隆弘? 人間、そんなには変わらない」


 キリッとした表情で、堂々と後ろ向きな発言をする結月。


「そうですか……」


 まぁ、その辺の性格は結月の生まれ持った部分でもあるか。


「じゃあ、どっか行きたいとこはあるか? この辺は色々と調べてきたから、何でもいってくれていいぞ。水族館とか、バス乗って景色いい場所とか」


 俺の言葉に結月は少しだけ思案した後。


「隆弘は行きたい所ないの?」

「え、なんで?」

「なんでって、こっちがなんでなんだけど? 私のワガママばっかり聞いてもらっても申し訳ないじゃん。それにカフェって言ったけど、隆弘だってカフェ苦手じゃん」

「うっ……ま、まぁ。そうなんだけどさ……」


 結月の言うように、俺はカフェがあまり好きじゃない。コーヒーの匂いがダメなのだ。体質的に合わないというか、少し気分が悪くなってしまう。


 それに──。


「どったの隆弘。ちょっと変じゃない?」

「……なんでもないよ。初めてのデートなんだし、結月に楽しんでもらえるように──」

「はい、ストップ!」


 俺の話を遮る結月は、不服気に眉間にしわを寄せていた。


「なんでもないわけないでしょ。私はあなたの幼馴染で、一番の理解者なんだよ。なんでも言ってよ」

「………………」


 情けない話だが、正直に伝える勇気がなかった。


 どうしても日向にぐちぐちとダメ出しされたことを思い出してしまう。デートだけが理由じゃないんだろうが、それでも浮気される理由を作った一つには違いない。自分のダメさが原因だからこそ、俺がもっと頑張らないといけないはずなのに……。日向と距離を置いたはずなのに、引きずってる自分を嫌でも実感してしまう。


 その時、雲間から隠れていた太陽が現れた。そして、陽の明かりを反射した缶バッジの光が俺の元に届く。


「うわ、まぶしっ!」

「ああ、ごめん。ごめん。あんこた~ん♡  カバンの中にないないしとくからね~」


 ご機嫌な声を上げる結月が、缶バッジをカバンにしまう。


「っぷ、あははっ!」


 突然、笑い出した俺の、結月は目を丸くしていた。

 色々とおかしくて、しばらく笑ってしまった。

 そんな俺に何かを察したのか、結月は微笑を浮かべるだけだった。

 俺は目尻に溜まった涙を拭いながら、結月に提案する。


「なぁ、結月。俺はさ、植物園に行きたい!」


 そうだよな。

 エスコートが下手でも、結月はガッカリしない。

 缶バッジ一つで涎を垂らすような、どうしようもない部分を恥ずかしげもなく見せてくれたんだ。


「花を見たいし、花の苗を買って庭と学校の花壇に植えたい」


 デートっぽくないかもだけど、俺の好きな場所だ。

 そんな俺の提案に結月は、すぐOKをしてくれた。


「いいじゃん。いいじゃん。私、静かな場所好きだし、育てる花がデートの思い出になるね!」


 そう言って、結月はニコッと満面の笑みを向けてくれる。

 それから俺達は、手を繋いで植物園へと向かった。


「……ありがとうな」


 正面から言うのは照れくさかったから、小声で呟く。別に聞こえてなくていい。これは俺の自己満足で──。


「いえいえ。でもなんで、急にお礼を言うの?」

「おい、なんで聞いてんだよ!」

「え、なんか私、凄く理不尽なことで責められてない?」


             ※


 それから俺達は植物園を回った後、ファミレスでご飯を食って解散した。

 ちなみに、植物園ではプリムラと白いチューリップの二種類を買った。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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