第14話 結月とデート①
「十分前だな……よしよし。早すぎず、遅すぎず、ちょうどいいくらいだな」
今日は結月とデートの日。
俺は今、待ち合わせ場所へと向かっていた。結月とは家が隣同士なので待ち合わせする必要もないのだが、せっかくのデートなので、待ち合わせをすることにしたのだ。
「あとは結月がデートに不満を言わないといいんだけどな……」
せっかくデートに行くっていうのに、日向とデートした時のことを思い返すと、ついどんよりとした気持ちになってしまう。回数にして、五回もしてないと思う。
やれエスコートが下手やら、割り勘はありえないやら、サプライズがない、センスが悪いなど、色々と文句を言われたのだ。そして気づけば、デートに誘っても断られるようになった。
もし結月にまで──
「いやいやいや、弱気になっちゃダメだ!」
お金は多めに持ってきたし、周辺の人気の飲食店とかのチェックもしてきたし大丈夫なはずだと思う……それでも、不安な気持ちは晴れることはなかった。
ちなみに、結月とデートするにあたって、日向に別れ話をしようと思ったのができなかった。家に来なかったのだ。何か事故にあったんじゃないかと心配になったが、結月から話を聞けば、普通に家には帰ってきたようだ。
ということはだ。
「顔も見たくないほど嫌われてんだよなぁ……」
ブルーな気持ちになりそうだった時。
「あの子、スゲー可愛かったよな」
「芸能人じゃね?」
興奮気味に話す男性の声が聞こえてきた。
そう言えばいつもより騒がしいというか、すごい人だかりができてるというか……加えて、人だかりのできてる場所は結月との待ち合わせ場所。
「さすがにちょっとかわいそうじゃない?」
「警察に通報した方がいいかな?」
気づけば、ダッシュで騒ぎの中に走っていた。強引に人ごみをかき分けながら「俺の知り合いなんです!」「幼馴染なんです、どいてください!」と大声を出しながら騒ぎの中心に行くと。
「はーい、こっちを向いてくれるー? リラックス、リラックス!」
そこには、顔を引きつらせながらカメラマンから視線を逸らす結月がいた。同時、安堵で体から力が抜けたことに合わせて、人ごみにつまずいてこけてしまった。
「……へ? 事件に巻き込まれたんじゃなかったの?」
俺を発見した結月は一瞬ポカンとした後、あははと笑い出した。その瞬間、自分の顔が火照っているのが良く分かった。それから目じりに溜まった涙を拭いながら事情を説明してくれた。
「なんで私が事件に巻き込まれたことになってるの。これはね──ヒッ」
結月が事情を話そうとしたのだが、カメラマンが近づいてきたため、口を閉ざしてしまった。そのまま結月は俺の背中に隠れる。
「ありがとうね、彼氏君のおかげでいい写真が撮れたよ」
そう言って、カメラマンが見せてくれたのは結月の写真。
そこには、駅前のモニュメントをバックに、にこやかに笑う結月の姿があった。
「…………可愛い」
その写真を見た瞬間、思わず声に出してしまった。見惚れてしまったからこそ、無意識にこぼれ出たと言った方が正確だろう。
結月の格好は、鈍い俺でもはっきりと分かるくらいにオシャレな格好をしていた。
チェック柄のスカートに、体のラインが強調される白いニット。そして冬のデートを感じさせるベレー帽。髪型もいつもと違い、ツインテールを三つ編みにして、おさげっぽくしていた。
「え、えーと、それであなたは……」
「ん、僕? ああ、僕はね、フリーのカメラマンなんだよ。今日はストリートスナップをやっててね」
「ああ、そういう……」
だんだんと状況が見えてきた。
俺との待ち合わせ中に声をかけられて、断れずにOKしたんだろう。結月のことだ、容易に想像がつく。そして、あまりにも顔を引きつらせているもんだから、心配した人が数人いたと。
それでストリートスナップっていうのは、街とかで見かけたオシャレな人の写真を撮る奴だったような気がする。そしてこれは後から知ったんだが、撮った写真の中から特に良いものは、ファッション誌にも掲載されるとか。
「緊張してたからどうしようかって思ったけど、彼氏君が来てから、彼女、すっごく柔らかい表情になったよ。これからデートなんでしょ、楽しんできてね」
そう言って俺の肩を叩くカメラマンさんは、人ごみから離れていく。
「人騒がせなやつ……って、なにニヤニヤしてんだよ」
「だって~、隆弘が可愛いっていってくれたもん。嬉しいよ、ふへへ……」
「……あっそ」
「あ、隆弘、照れてるんでしょ! 可愛い奴め、ほれウリウリ~!」
ニマ~といたずらっ子のような表情をする結月が、俺の頬をツンツンつついてくる。
「やめろ、やめろ。くすぐったい!」
「おっ、照れてんのか。逃げんなよ~!」
「だーっ! 逃げてねぇよ! それに照れてもない! その証拠に、今日はずっと手繋いでデートしようぜ! そんなこと言うんだから、結月だって大丈夫だよな!」
結月の性格を踏まえたら、きっとこれでからかうのをやめてくれるに違いない。
そう思っていたのだが、
「ほ、本当に……? ど、どうしよう、凄く嬉しい……」
一転、頬を真っ赤に染めた結月が、感激したように口元を手で覆っていた。そして、俺に向かって手を差し出してくる。
「え、あ……いや、本当に?」
というか今、手汗がすごいから、気持ち悪いって思われたりする可能性も……。そんなことを考えると、結月に手を伸ばすことができなかった。手を伸ばさない俺に、結月は悲しそうにまつ毛を伏せる。
「あ、あれ……もしかして嫌だった……それとも迷惑だったか、な……?」
「ち、違う!」
勘違いさせたままじゃいけない。そう思ったら、大声になってしまった。急に大きな声を出した俺に、結月はビクッと肩を震わせていた。結月と目が合うと、彼女の瞳は不安げに揺れていた。今このチャンスを逃せば、結月を傷つけたままになってしまう。そのことが分かると、嫌でも肩に力が入った。
「そ、その……俺だって結月と手繋いで歩きたいし、凄く楽しいんだろうなって思う……べ、別に迷惑とかじゃないし……ただ、手汗が気になっただけっていうか……」
自分でも顔が熱くなっているのが分かると、つい結月から視線を逸らしてしまった。
それから俺は、結月に向かって右手を差し出した。
「だから……あー、ほら? 文句言うなよ」
「うんっ!」
弾むような声を出す結月が、きゅっと俺の手を握ってくる。
「そ、それじゃ、行くか……」
ヤバいなぁ……。
爆発しそうな心臓の音が、頭の中でずっと鳴り響いていた仕方なかった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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