第13話 妹の分際で私だけの大切を奪おうだなんて

(大丈夫、大丈夫だよね……)


 現在、日向の心は暗雲に包まれていた。


 日向が空を見上げると、あいにくの曇天模様だった。ゴロゴロと今にも決壊しそうで、まるで日向の心情を表しているかのようだった。暗雲とした気持ちを振り払うように、日向は頬を軽く一度、叩く。


 頬には軽くしめった感触があり、手首からは香水の甘い匂いがする。隆弘の家に向かうにあたって、日向はシャワーを浴びていたのだ。


(体はきれいにしてきたし、いざって時の準備もしてきた……)


 そう強く自分に言い聞かせる日向。

 それでも隆弘からのメッセの内容が、頭と心に焼き付いて離れなかった。

 

──二人のこれからについて、大事な話がしたい


(最近すれ違ってから、ゆっくり話がしたいだけだよね)


 そう切に願う日向だが、気持ちに反して足取りはひどく重そうだった。


(もしくはあの写真のことを知ってて、事情を知りたいだけだよね)


 どれだけ自分に言い聞かせても、心はちっとも晴れない。なぜなら、確かな予感があったからだ。結月と距離が縮まった隆弘、盗撮された写真、そして噂が広まる速さ。


 そこから繰り出される答えなんて、考えるまでもない。


(気のせいだ、気のせいだ、気のせいだ……)


 そんな考えを振り払って、日向は安心のお守りがバッグにあるのを確認する。それは隆弘と付き合い始めた時にもらったプリザードフラワーのアクセサリー。


 プリザードフラワーとは、花をエタノールなどの薬品で加工し、枯れない処置を施したもの。隆弘は自分で育てた花を専門のお店で加工してもらいアクセサリーを作ったのだ。


 そのアクセサリーを握っていると、心が安らいでくる。


(そうだよ、だって隆弘君はこんなにヒナタのことが好きなんだもん。事情を話したら許してもらえ……え?)


 そこまで考えた所で、日向はピタっと足を止めてしまった。


 それは、隆弘や日向が住む地区にあるごみ捨て場。

 目の前にあるのは、日向が特集を飾ったり、表紙を飾ったたくさんの雑誌。その全てが、ビニール紐にくくられ、捨てられていた。


──どっ、どっ、どっ、どっ、どっ


左胸が、不規則に鼓動し始めた。背中を伝う冷や汗が止まらない。


これは彼氏が捨てた雑誌じゃない。

ファンが捨てた雑誌に決まっている。


そう言い聞かせる日向だが、彼女の表情は真っ青だ。

見なかったことにしておけばいい、そう分かっているはずなのに、日向は少しずつ近づいていく。そして震える手を必死に抑えながら、日向は雑誌に手を取った。


「…………あ」


 ビニール紐の結び目をほどいた日向が、ぽつりと声を零した。


 剥がし忘れたのだろう。付箋が数枚、雑誌についていた。

 おそるそおる付箋のついたページをめくった瞬間だった。


「あ、あ、あ、ああぁああああっ!」


 地獄のような叫び声をあげる日向。


 付箋のページは、日向のインタビューが組まれていたページだった。付箋には大好きな彼女の初インタビュー記事と書いてある。


 隆弘が捨てた雑誌という決定的な証拠だった。

 誤魔化しようがない。


「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで!」


 その場に膝をついた日向は、思わず雑誌を胸に抱えてしまう。


「ひどい、ひどいよぉ……」


 彼との思い出が、少しずつ消えていくようだった。無くしたくなくて、少しでも繋ぎとめておきたくて。そんな思いから、捨ててあった雑誌を全て自分の元に集めようとするのだが、そんな彼女をあざ笑うかのように、雨が降り出した。


「やめてよ、やめてよぉ……なくなっちゃうじゃんっ!」


 濡れないように、雑誌を抱きしめる日向だったが、雨粒によってどんどん黒いシミが増えていく。やがて、ページもめくれないほどにぐしゃぐしゃになってしまった。


 それから少しして。

 立ち上がる日向は、隆弘の家とは反対方向に、ふらふらとゾンビのような足取りで歩く。


 もはや日向にも分かっていた。

 認めざるを得ない。

 隆弘と話をしたら、絶対に別れ話になると。


「あーあ、浮気なんてするんじゃなかったな……」


 心の中では、後悔の気持ちだけが募っていく。

 彼氏を裏切っての火遊びは、物凄く楽しかったはずなのに、今はなんであんな事をしたんだろうと、自分に対して文句が止まらなかった。


「そりゃあ、私みたいなバカな女チョロかったよね……」


 所詮、自分より先に彼氏を作ろうとする結月が気に食わなくて作った、その場しのぎの彼氏。だからと言って、罪悪感が全くなかったわけじゃない。


 ただ、隆弘がどうしようもなく優しい人だったのを知ってるし、バレても別れればいいだけ、そう考えていた。そして一回だけのつもりが、二回、三回と続いてしまった。


 するとその罪悪感が、快楽に変わってしまった。

 だから、ズルズルとゆうととの関係を続けてしまった。

 隆弘の前では健気な女の子を演じて、ゆうとの前では女になる。

 女としてのプライドや優越感を満たせてるのに、純真無垢でもいられた。


 やめられるはずがなかった。 


「隆弘君と仲直りできなかったら、クラスのみんなにまたイジメれるし、結月もどんどん可愛くなっていくじゃん……今までの私に戻れなくなるじゃん……」


 どうしようもないと分かっているのに、頭の中では日向の都合の良い妄想が繰り広げられていた。


 浮気相手──松田ゆうとに話しかけられても、彼氏がいるからと毅然とした態度で断る。仕事終わりは彼の家に行って、他愛のない話をしながら一緒にご飯を食べる。 

 その後は、寝るまでずっと愛し合う。

 そしてまた次の日から、仕事を頑張る。


 自分の望むそんな幸せはもうないのだと悟る。


「なんであんなことしちゃったんだろう……」


 一生消えない後悔の念を抱えていくことにゾッとしてしまう、。

 

 その時。


 日向の視界の先では美容院から出ていく妹──結月の姿が見えた。髪をきれいに整えてもらった姿は、今の日向から見ても眩しかった。ずぶ濡れになって、泥で汚れて、みすぼらしい自分とは雲泥の差だった。


 これは日向の知らない話だが、結月は隆弘とのデートに備えて、ヘアセットの仕方などを教えてもらっていたのだ。

 

────よ

 

 結月の姿を見ていると、日向の心に一つの炎が灯った。

 それは嫉妬にまみれた激情の炎。


────てよ


 理不尽だとは分かっていても、怨嗟のような気持ちが止まらない。

 目の前にいるキラキラと輝く結月に、心の中で呪詛のような言葉を吐き続ける。


 ────消えてよっ!


 日向の目尻に大粒の涙があふれ、頬を伝って流れていく。


「……アンタみたいな泥棒猫がいなければ……」


 その場に立ち尽くす日向は、醜い気持ちを抱えながら、その場で泣くことしかできなかった。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


近況ノートにも記載しましたが、本日は二話投稿です。

 

 十四話──隆弘と結月のデート① 

→21時台を目安に投稿

 

上記の予定です、お願いします。

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