第11話 日向、クラスメイトに浮気がバレる

 隆弘達が、ゆうとに絡まれた日の昼休み。

 撮影の仕事があった日向ひなたは、昼休みから登校していた。そして、彼女が教室に入るといつもと雰囲気が違った。


 クラスの女子数人が、登校してきた日向を見るや、ニヤニヤと笑い出した。


(あーあ、日向ってばあの子たちより可愛いからまた嫉妬されちゃってるなぁ……)


 日向にとって悪意を向けられるのは日常茶飯事だった。最も女子からだけであって、その際はいつもクラスの男子に甘えた声を出せばすぐに助けてくれるのだから、日向はあまり気にしていなかった。むしろ、いじめられて可哀そうな自分に、酔っていたくらいだった。


 だけど、その日は違った。


「ねぇ、黒沢さ~ん」


 人を小ばかにした声音をさせる女子たちが日向に近づいていく。


「ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、いいよね?」

「えー、ヒナタ忙しいんだけど」

「ほら、見てよ。この写真」


 日向の言葉を無視する女子の一人が、彼女に写真を見せる。


 それは今朝の写真で、結月と隆弘が一緒に笑って登校している写真だった。二人の距離感は、肩と肩が触れるか触れないかの距離。非常に密接な距離感だ。隆弘に日向という彼女がいなければ、誰しもが結月のことを彼女と思っただろう。


「え、結月……?」


 写真を見た瞬間、日向は間の抜けた声を出してしまった。


 彼女が驚いたのは、隆弘と一緒に登校していることにではない。妹の結月が、髪型などを整えていたことに驚いていた。

 

 朝早くから撮影があった日向は知らなかったのだ。

 洗面所で鏡とにらめっこしながら、自身の髪型と格闘してた妹に。


 日向から見た結月は、地味でダサくて仕方なかった。あんなのが妹として恥ずかしいと思っていたくらいだ。だが今はどうだろうか。可愛く髪型が整えられ、制服も程よく着崩されている。


(結月のやつ、調子にのって……けどあの子、本当はもしかしてヒナタと──)


 爪を噛みながら、呪い殺さんとばかりに結月の写真を睨む日向。その先の言葉を、日向は口にできなかった。口にしてしまえば、認めてしまうことになるから。 


 いつも自分が世界の中心にいる日向にとって、プライドが高すぎる日向にとって、自分と同格の存在など認められるわけがなかった。


「へぇ~、アンタでもそんな表情するんだ」


 ニヤニヤと笑いながら、日向を見下す女子達。だが、今の日向には彼女達の言葉など、耳に入らなかった。

 それほど、日向にとって深刻な問題が起きていたからだ。


「え、あ、あれ……な、なんで……?」


 クラスの女子達に言い返さないといけない。分かってるはずなのに、幸せそうに笑う隆弘の姿から、日向は目が離せなかった。


「…………痛い」


 頭が真っ白になって、胸に走った鋭い痛みから、つい胸に手を当ててしまった。日向は自分の左胸の鼓動が、不意に走りだしたことに気づいた。


 どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、どっ。


(ヒナタ、隆弘君のあんな嬉しそうな表情見たことない! なんで結月なんかにそんな表情するの……)


 日向の頭の中には、隆弘との思い出がふとよぎった。

 仕事終わりや放課後、日向はよく隆弘に愚痴を聞いてもらっていた。ニコニコと人好きのする笑みで相槌を打ってくれて、たまに美味しいご飯を作ってくれて、彼の話す花の話が思いのほか楽しくて。


 そのとき、どこか遠くから醒めた目で眺めている自分がいることに、日向は気づいた。


 ──本当は居心地良かったんでしょ。だって■■だもんね?


 そんな思考を慌てて振り払うと、次いで湧いてきたのは燃え上がるような怒りだった。


(結月の分際で、私だけの──を奪おうだなんて……!)


 日向自身、初めて知覚する感情に戸惑って、その気持ちを言語化することができなかった。あるいは、今まで傲慢に生きてたが故に、目を背けているのか。


(って、違う! 今は目の前の人たちを何とかしないと)


 慌てて表情を戻す日向が女子達に反撃する。


「こ、この写真がなに? あなた達は知らないんだろうけど、二人は幼馴染なんだよ。隆弘君が結月と仲良くしてても、気にするほど狭量な彼女じゃないし」


 笑ってしまいそうなほど、覇気のない声だった。日向の胸の内は、張り裂けてしまいそうなほどの痛みが奔っていたからだ。


(なんで日向が、隆弘君ごときの存在に心を乱されないといけないのよ!)


「ふぅーん、じゃあ彼氏を大事にしてるんだ」

「あ、当たり前じゃん……」


 背中に冷や汗が伝う感触を覚えつつも、日向は何とか返事する。


「ふ~ん、彼氏を大事にしてるくせに、こういう事するんだ~」


 ニヤッと笑い合う女子達は、別の写真を日向に見せる。

 それは、日向と浮気相手のゆうとが腕を組んで歩いている写真だった。


「ち、違う……! これヒナタじゃない!」


 動揺し、裏返った声を出す日向に、女子達の目つきが変わった。まるで、草食動物を狙う肉小動物のような目つきだ。


「アタシさ、駅前の店でバイトしてるから見ちゃったんだよね~。アンタ、一応芸能人なんだからもっとちゃんと変装しないと。知ってる人にはすぐばれるっしょ」

「だ、だから日向じゃないもん……」

「だったらさ、この写真をSNSに流したり、週刊誌に売ってもいいよね? アタシも詳しくは分からないけど、こういうスクープって高く買い取ってもらえるらしいじゃん」


 女子達の言葉に俯いてしまう日向を尻目に、女子達は話す。

 女子達が口々に、「最低」「ヒドイ、浮気したんだ」「人としてありえない」「間違いなく黒沢じゃん」と言い始める。


「と、とにかく、やめてよ……」

「うん、いいよ。SNSやめておくね」

「え?」


 まさかの返答に、日向は戸惑ってしまう。だが、それは日向にとって悪夢の始まりだった。


 嫌な予感がして、日向がスマホを確認するとだ。


「な、なんでぇ……!」


 声を震わせる日向。

 写真は確かに、SNSには発信されなかった。しかし、クラスラインには投稿されていたのだ。


 恐ろしくなって日向が周囲を見ると、クラスの全員が彼女のことを冷めた目で見ていた。


 もう誰も自分の味方になってくれない。

 都合の良い駒として動いてくれない。


 そのことが分かると、手足の震えが止まらなかった。


 何よりも、幸せそうに笑う隆弘の姿が頭に焼き付いて、離れてくれなかった。

 それが日向の胸の内をかき乱して、正常な思考を奪っていた。


 だから普段ならもっとうまく立ち回れただろうに、今日は失敗してしまった。

 今まで思い通りの人生を歩んでいただけに、日向は挫折を知らなかった。それは打たれ弱いとも言えるだろう。


 日向自身、知らなかった自分の弱さだった。


 そんな日向にとどめを刺すように、女子達が話す。


「そりゃあ、アンタがそうやって浮気してたら、彼氏君だって他の子と──」



「うるさい、うるさい、うるさぁあああああいっ!」



 今まで甘えたような声しかださなかった日向が、金切り声を出す。


「どうせみんな、可愛いヒナタに嫉妬してんでしょ! ヒナタがたくさん努力して成功してるから妬んで、そんなことしか言えないんだ!」


 そう叫んで日向は、教室から出ていく。


(どうしてヒナタばっかり、イジめられないといけないの……ヒナタ、何も悪いことしてないじゃん!)


 あてもなく、日向は走り続ける。


(元はと言えば、隆弘君がヒナタを楽しませてくれなかったのが原因じゃん! ヒナタは悪くない、なんも悪くないもん……結月が、隆弘君が、ゆうと君が、クラスのみんなが悪いんだもん……ヒナタは被害者なのに……)


 廊下を駆け抜けた日向は、誰もいない踊り場で膝を抱えてしまう。

 その時、足音が聞こえてきた。

 もはや日向には、逃げる気力も体力もなかった。

 おそるおそる顔を上げると。


「大丈夫、黒沢さん? 話を聞かせてもらえる」


 声をかけてきたのは、クラス委員長の女子──姫野さん。クラスどころか学校で友達のいない日向に気を遣って、色々と面倒を見てあげる心優しい女子だ。実際、日向と一緒にお弁当を食べたことが何回もある。


「ひ、姫野さん……」


 安堵から泣きそうになってしまう日向。


(やっぱり、イジワルしない人にはヒナタが被害者だって分かるよね)


 そう考えていた日向だったが。


「いくら妹って言ってもさ、彼氏の近くに自分と同じくらい可愛い子がいたら嫌だよね?」


 この言葉に、日向は凍りついてしまう。

 それは日向にとって二番目に認めたくないことだった。


「それに、松田先輩のことだって誤解なんでしょ?」


 もう姫野さんの話など日向は聞きたくなかった。


「やめてよ……もう、やめ……てよ……」


 消え入りそうな声で話す日向の言葉など、姫野の耳には届かない。



「好きな人がさ、他の人と仲良くしてたらショックだもんね」



 それは日向にとって、最も認めたくない真実だった。

 すると消えたはずの醒めた目で自分を見る日向が、また頭の中で囁いていた。


──隆弘君のこと好きだったから、恋人同士になった後も、関係を続けたんでしょ?


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 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 明日も日向回が続きます。

 感想くれる方、ありがとうございます。モチベーションになっています!

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