第10話 隆弘、日向を忘れるために頑張る決意をする
「あばばばばば……人間、怖い……」
俺の隣で
今、俺達は園芸部が所有している花壇に来ている。というのも、俺が園芸部員で朝の水やりにきていたのだ。朝から嫌な奴に絡まれて気分は落ち込んだものの、自分の子供たち(花)を見たら、多少は持ち直した。
そして花壇の縁に座る結月は、ずっとあんな調子だった。自他共に求める陰キャな結月だからこそ、声をかけてきた男にビビったり、かなりの生徒に注目を集めたのもきつかったらしい。
「み、みんなが……私を見てるの……陰キャのくせに生意気って……便所飯で……クラスの空気にもなれなくて……っ!」
何か恐ろしい想像をしたようで、小さく悲鳴を漏らしていた。
「あー、結月? あんまりこういうのは言いたくないんだが、見えてるぞ?」
正直、目のやり場に困る。
スカートの丈の長さを変えたことに慣れてないんだと思う。パンツが見えていた。
「え、あ、本当だ……ごめんね、こんな汚いもの見せて」
「結月さんや、ちょっと卑屈すぎやしませんかねぇ!」
そんなに卑屈だと、こっちとしても相談したいことが何もできないんだけど!
それから結月を必死に宥めて、励ますことで、何とか普段の調子を取り戻してもらった。
※
「それで隆弘。私に何か話があるんじゃないの?」
「なんで分かるねん……」
「そりゃあ、幼馴染ですもの。悩んでる顔くらい分かりますとも。というか、登校中に何か言おうとしてたじゃん?」
「そりゃ、そうだ……」
自分の予想が正しかったことが嬉しかったようで、結月はどや顔を浮かべていた。
確かに、相談したいことはある。
これから関係性が変わっていく結月と、どうやって接していけばいいんだろうって。けど、それよりも先に確かめたいことがあった。
「なぁ、結月。しんどかったり、無理してないか?」
「どうして?」
「いや、だってさ……急に注目を集めたりしてきついだろ?」
人目を気にしすぎる結月だからこそ、負担になってるのは容易に想像がつく。地味だと思っていた女子が実は凄く可愛くて、あの日向の妹という話題性まであって。それで周囲の生徒たちが放っておくわけない。
「そりゃあ、しんどいよ。でもね、やめる気もないよ」
苦笑しつつも、あっけらかんと返事する結月に思わず目を丸くしてしまった。そんな俺の表情が面白かったのか、結月は理由を話してくれる。
「だって、隆弘のことが好きなんだもん」
頬を赤くしつつ、えへへと照れたような表情を浮かべる結月。
そこで言葉を区切る結月が、俺との距離を詰める。そして、背伸びをしたと思った直後、頬に少し湿った柔らかな感触がした。
頬へキスされたのだ。
「~~っ!」
自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。心臓の音は爆発しそうなほどにうるさくて、結月を正面から見ることができなかった。チラッと結月を見ると、ふにゃりと照れた笑みを浮かべつつ、愛おしそうに唇に指を当てていた。
その表情を見てると、あの日のことを思い出してしまった。思わずごくりと喉を鳴らして──
「わぁーーーっ!」
その時の記憶を吹き飛ばすように、俺は意味もなく大声で叫んだ。
「ゆ、結月……お、お前なぁ、色々と吹っ切れすぎだろ!」
「だって、隆弘のことが好き……ううん、大好きだもん。だから、これくらいのことはいつでもできるんだよ」
結月の声は穏やかなままだった。
話を戻すねと、彼女は前置きをして。
「いつまでも待ってるねって約束したけど、待ってるだけじゃいられなくなった」
そこで不意に言葉を区切る結月の表情が一瞬だけ曇った。何か嫌なことでも思い出してるのだろうか。
結月の話が続く。
「だからね、隆弘には、私のことを早く好きになってもらいたいの。そのためなら、私はいくらでも頑張れるよ」
結月の言葉が、心にまっすぐ刺さる。
「これからはさ、幼馴染だけじゃなくて、あなたのことを好きな女の子として一緒にいてくれたら嬉しいな」
目を細めて優しく笑う結月に、思わず俺は見惚れてしまった。
ああ、そうか。
結月が待つ必要がないように、俺だって日向を忘れるように動いていいんだよな。
よく恋をしている女性は強いというが、改めてその通りだと思った。
俺の目の前にいる女の子は、人見知りで、特に人との交流は超が付くほどに苦手。
それでも、目標のために、苦手なことにめげないで頑張っている。
このままは嫌だ。
負けたくない。
何よりも、こんなに俺を一途に思ってくれる子に、恥ずかしくない自分でいたかった。
その時、俺の前で白い花びらが舞った。花はマーガレット。そして、俺の前では結月が「寒いねー」と髪を抑えながら、笑っている。香りの強い品種じゃないはずなのに、不思議と甘々しい香りが立ち込めているような気がした。
そして、もうすぐこの時間は終わりだよと、学校のチャイムが鳴り始める。あと少しで、朝のHRの時間だ。
「…………結月」
「ん、なーに?」
「次の土曜日か、日曜日、どっちでもいいんだけどさ、デ、デートに、行かない……か?」
緊張して、思わずどもってしまった。
「デートね。はいはい、りょうか……えぇええええ!」
まるでお手本のような、リアクションだった。
遊びに行くんじゃなくて、デート。きっちりと、結月に宣言しておいた。
「ど、どうしたの、急に? そりゃ、嬉しいけど……い、いいんですか?」
「誘ってるのはこっちにゃんなだけど」
あと、動揺して敬語になってんぞ……いや、まぁ俺もなんだけどさ。
そして結月はそんな俺の動揺にはまったく気が付いてないようで、嬉しそうにピョンピョンとジャンプしていた。
「やった、やったぁー! 言質とったかたね? もう取り消せないからね!」
はしゃいで喜ぶ結月の姿が、子供のように可愛くて笑ってしまった。すると一転、結月がムスッっとした表情になった。
「ごめん、ごめん。悪かったよ」
「なに余裕ぶってんのよ。そっちだって、顔真っ赤にして喜んでるくせに」
「はっ、何を言って。この俺が──」
「はい、鏡」
結月の持つ手鏡が、俺の顔を写すと。
「………………恥ずかしくて死んじゃう」
そこには、顔を真っ赤にしながらも、それはもう嬉しそうに口元を緩ませる俺の姿があった。
思わず、自分の手で顔を覆ってしまう。まるで乙女のような仕草だ。
「ニシシ……隆弘、大丈夫だよ。だって、私もさっきからニヤニヤが止まらないもん」
「そ、そっか……それなら大丈夫かも……な」
「そうだよ、あー、もう! 隆弘、だいすきっー!」
わぁーと込み上げてくるものを我慢できなくなったのか、結月が抱き着いてきた。
「お、おい! ここは学校だぞ! それに、俺たちはまだ付き合ってないし」
「私のこと絶対に好きなってもらうから関係ないもーん! それに、どうせ誰も見て──」
「おーい、黒沢ちゃん。隆弘。イチャイチャするのもいいけど、HRの時間とっくにすぎてんだからなー」
「「……………………」」
ピクッと、俺たちの体が石のように固まる。
そういえばと思う。さっき、HRを告げるチャイムが鳴っていたなと。
頭上から聞こえてきた声に、おそるおそる顔を上げると。
校舎の窓から、俺達を見るたくさんの生徒達の姿があった。
俺と結月は、あちこちに視線を移動させながら、過剰なほどの瞬きをした後、お互いに頷いて、
「「全然、大丈夫じゃなぁあああああああい!」」
大きな声で叫ぶのであった。
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
感想くれる方、ありがとうございます。モチベーションになっています!
そして明日の日向回に関してですが、内容が理解しやすいように時系列の整理だけさしてください(私のミスでもあるのですが……)
まず作中の午前中は、登校中の隆弘達に間男が絡んでくる。
同時刻、日向(浮気女)は撮影のお仕事。そして、彼女は昼休みから学校に登校という感じです。
この部分が整理できていると、明日の日向回がスッと頭に入ってくるかと思います。よろしくお願いします!
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