第6話 結月の決意と日向の本性(闇)

翌日の朝。


(あぁああああああああ! やりすぎたぁああああああああ!)


 結月ゆづきは自室のベットの上で、布団をかぶりながら、頭を抱えていた。

 思い出すのは昨日の夜の出来事。


──……こんなに凄いんだ……我慢できるわけなじゃん……

──今は私のことだけ考えて……辛いこととか、全部忘れさせてあげる

──……ぐちゃぐちゃになるまで愛してね


「何言っちゃってんの、私っ!? 完全に痴女じゃん……やりすぎたぁああああ!」


 こらえきれずに、結月は布団の中で叫んでしまう。


「なんであんな風に、言っちゃうかな!? バーーカ、バーーカ! 私のあんぽんたん……明日からどんな顔して隆弘に会えばいいのよぉ……!」


 あの時は嬉しさとか色々で平常心をたもっていたが、今は羞恥で頭がいっぱいだった。結月自身、自分の悪癖は自覚している。だからと言って、治るものでもなかった。


「調子に乗ると。やりすぎちゃうんだよぁ……」


 周りが見えなくなって、突っ走ってしまう。

 そして落ち着いたころに、頭を抱えることになる。

 小学校の頃からの約束された流れだった。


 それでも、今回は少しだけ違った。

 その時のことを思い返すように、結月は自身の唇に手を当てる。


「隆弘の唇、柔らかかったな……」


 ぷにぷにと触るだけで、涙ぐんでしまいそうなほどの多幸感が体中に満ちていく。浸って、溺れて、最後はそのまま溶け消えてもいいと思えるほどだった。


「……またしたいな」


 結月が、その時の思い出にしみじみと浸っていると。


「ちょっと、結月。さっきからうるさいんだけど」


 姉の日向ひなたが部屋に入って来た。


「ごめん、お姉ちゃん……静かにする」


 姉の姿を見ると、結月はつい聞いてみたくなった。


「昨日の夜、帰ってこなかったけど何してたの?」

「事務所の人にどうしてもってお願いされて、少しだけ撮影のお仕事してたの。もっと可愛い子がいるのに、ヒナタ程度でよかったのかな~って思ったんだけどね」

「そ、そうだったんだ……」


「ヒナタでもできるんだから、結月でもできるんじゃないかな。私、そんなに可愛くないからなぁ~。これからもお仕事できるか不安だな~」

「だ、大丈夫でしょ……お姉ちゃん、可愛いし」


(結局、帰ってこない理由を話してないじゃん……しかも嘘ついてるし)


 結月は、姉の日向のこういう部分が凄く苦手だった。どんな話題であっても、すぐに自分の話にすり替える。結月としても、正直、疲れてしまうのだ。


 普段ならここで姉妹の会話は終わるのだが、結月としても、どうしても確かめたいことがあった。声が上ずらないように注意しながら、結月は姉に話しかけた。


「ど、どうして……隆弘と付き合ったの……?」


(浮気するくらいなら、最初から付き合わないでよ……)


 そしたら、優しい彼が涙を流すこともなったのにと思う。傷ついた隆弘の姿なんて見たくなかった。たとえ彼女になれなくても彼が笑顔でいられるのなら、それでもって結月は我慢していた。


(隆弘を傷つけたの絶対に許さないから……)


 そんな結月の怒りは、日向からの恐るべき告白で霧散することになる。


 結月の言葉に、まるで口が裂けたのでは錯覚するほどに、日向の笑みが深くなった。嫌な笑顔だと、結月は思った。身構える結月を楽しそうに見る日向が、笑いをこらえながら話し始めた。


「だって~、姉の私よりも妹が先に彼氏を作っちゃダメでしょ?」


 びしりと空気に亀裂が入ったように、部屋の雰囲気が重くなった。


「え、どういう……」


 聞いてしまったら、どうしようもなく傷ついてしまうのは分かっていた。それでも結月は、自分を止めることができなかった。


「結月が隆弘君を好きなのは知ってたよ? でもね、結月ってヒナタよりも可愛くないのに、そんなヒナタを差し置いといて、妹が先に幸せになっちゃダメでしょ」

「そ、そんな理由で……じゃあ、別に隆弘のことが好きってわけじゃ……」

「うん、そうだよ! それに、人が欲しいものって、ヒナタも欲しくなるんだよね。だから、いいかな~って」


 道端に石ころが落ちているようなテンションで話す日向に、結月は一瞬、頭が真っ白になった。次いで込み上げてきたのは、胸が苦しくなるほどの激情。


「お、お姉ちゃんさ……!」


 目つきを鋭くさせた結月が、自分よりも格上だと分かっている姉に、ビビりながらも噛みつこうとしたのだが。


「なに? なんか文句でもあるの? 隆弘君を盗られたのは結月に魅力がなかったからでしょ? ヒナタのせいにしないでよ」

「そ、それは……そう、か……も……だけど……」


 結月の声にどんどん覇気がなくなっていく。


「話はもう終わり? ヒナタ、忙しいからもう行くね」


 そう言って、日向が部屋から出ていく。一人きりの部屋はシンと静かで物音ひとつない。そのせいで、時計の針の音だけが鮮明に聞こえる。先ほどの激情も、キスしたときの甘い熱も、今は嘘のように消え去ってしまっていた。


 残っているのは、情けない自分への嫌悪。


 好きな人のために怒ることができない自分。

 姉に対して劣等感ばかり募らせていくネガティブな自分。


「どうせ私のこと、内心では見下しているんでしょ……」


 それが分かっているから、委縮してしまう。

 服の裾をつかむ結月の手に力が入る。


「そんな急には変われないよ……」


 膝を抱えて結月が俯きそうになった時。

 メッセに連絡が入った。


『明日から一緒に学校に行かないか?』


 何気ないたったその一言で、目の奥がじわっと熱くなった。結月の表情が、くしゃっと歪む。


「あぁ、私は単純だなぁ……」


 好きな人からだと、何気ない日常の言葉が、特別な言葉に見えてしまった。カーテンの隙間からは、オレンジ色の光が零れている。カーテンを開けて外を眺めると、茜色に照らされた輝雲が、泣いてしまいたくなるほどに綺麗だった。


(今、隆弘も同じ空を見ているのかな……)


 まろやかな杏色の空は、落ちこんだ心に沁みいるものがあった。すべてを飲み込む夕焼けは、夜の空へと変わる準備を始めている。なら、一時的にでもいい。この弱い心も持って行ってほしいと結月は願う。


「お姉ちゃんに負けたくない……隆弘のために可愛くなりたい……待ってなんかいられるわけないじゃん……!」


 隆弘に返信した後、結月は自分に協力してくれる友人へ連絡を送った。


「自分を変えたいの! お願いします、協力して下さい!」


──────────────────────────────────────



 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 これにて、一章完結になります。


 二章からは、変わった結月に対して、隆弘が、間男が、姉が、何を感じどうなるのか、みたいな部分を描いていきます。日向回が多くなる予定ですの、楽しみにしておいて下さい。


 一章、完結の記念に、フォローや♡や⭐︎を頂けますと、幸いです!

 

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