第二章 妹の分際で私だけの大切を奪おうだなんて

第7話 日向、転落の予兆に気づけない

「はーい、日向ちゃーん! こっち向いて。そうそう、今の表情すっごくいいよ! 次はハンドバックを強調してほしいなー!」 


 ここはとある撮影スタジオ。

 今、中高生の女子に人気を集める雑誌の撮影が行われていた。モデルの名前は、黒沢日向(くろさわひなた)。今年行われた女子高生ミスコンでグランプリを獲得した、日本で一番可愛い女子高生。


 撮影の仕事が午前中に入ったため、日向は午後から学校に行く予定となっていた。


「はーい、じゃあ今日の撮影はここまで。お疲れ様でーす」

「ありがとうございましたー」


 カメラマンの元気な声とは一転、日向の声はまるで炭酸が抜けたようにけだるけだった。実際、面倒くさいのを隠す気もないのだろう。今も日向は、眠そうに欠伸をしている。


「日向さん、お疲れ様です」

「んー」


 スマホを触る日向は適当に返事をし、顔もあげないまま、マネージャーに無言で手を伸ばす。マネージャーも、日向が何を欲しいのか分かっていたのか、ペットボトルを渡す。お礼も言わない日向は、ペットボトルに口をつけた後、眉間にしわを寄せた。


「これ、お茶じゃないですか……なんでお水じゃないんですか?」

「え、前回はお茶がいいって……」

「その日は、そういう気分だったからです。ヒナタ~、いつも常温のお水を飲んでるじゃないですか」


(ほんと今のマネージャーって気が利かないよね……あーあ、隆弘君だったら、こういう時ちゃんと気を利かせてくれるのに。また、隆弘君に話を聞いてもらおうーっと)


 日向に謝罪するマネージャーが、水を買いに行こうとするのを日向は止める。


「別にいいですよ、我慢して飲みますし。次から気を付けてくださいね」

「あはは……すいません、ありがとうございます」


 引きつった笑みを浮かべるマネージャー。それから表情を引き締めると。


「日向さん、カメラマンさんにはもっと丁寧にお礼を言ってください。せっかく日向さんが気持ちよく撮影できるように──」

「分かってまーす、大丈夫ですよー。それにヒナタ~、これから学校もあるから体力を温存しとかないといけないですし。それに、撮影だって問題なかったんですよね?」

「まぁ、そうなんですけど。最低限、礼儀がないとこの業界じゃ──」


 マネージャーの話を遮って、日向が勝ち誇ったような表情で話す。


「上手く言って良かったでーす! ヒナタ~、あんまり本番に強くないっていうか、緊張してたんですけどねー」

「い、いや……日向さんの実力じゃないですか」

「そんなことないですよ。あー、私より可愛い子が多いから次の撮影、心配だなぁ~」

「日向さんは可愛いんで大丈夫ですよ……」


 絞り出すような声で返事するマネージャー。乾いた笑いを浮かべるマネージャーに気付かないまま、日向は夢中で話し続ける。


 それから少しして。

 日向の話が無限に続きそうだったのを察したのか、マネージャは半ば強引に話を切った。


「そ、そう言えば、日向さんに映画のオーディションの話が来てるんですよ」


 そう言って、マネージャーはカバンから取り出した台本を日向に渡す。


「監督さんが是非日向さんにも参加して欲しいって、直々に連絡がきたんですよ。これは凄いチャンスですよ! 頑張りましょうね、私も日向さんのことしっかりとサポートしますので!」


 目をキラキラと輝かせて、マネージャーはまるで自分のことのように嬉しそうに話す。


「はーい、分かりました。じゃあ、また適当にレッスンの日組んどいてください」

「早速、今日からどうですか? 放課後、また迎えに行きますよ? うちの事務所でも参加したい子がたくさんいるので、しばらくの間、レッスン室は開けてるんですよ」

「えー、それはいいです」


 露骨に嫌そうに顔をしかめる日向。


「ヒナタ~、今でも十分に努力してるじゃないですか。レッスンの日をサボったことないですし、今日だって学校休んでまでちゃんと仕事したじゃないですか」

「で、ですけど……他の子達は売れるために必死になって仕事終わりやレッスンの時間を延長して努力してるんですよ? 日向さんは、レッスンが終わったら居残りしないですぐに帰っちゃいますし、このままじゃ他の人に差をつけられるかもしれなくて……」


 それでもなお粘るマネージャーに、日向が本格的に不機嫌になっていく。

 普段のマネージャーなら、あっさり引いていたからだ。しかし今回は粘る理由があった。日向は現在、事務所内でもかなりの売れっ子だ。けど、売れているのにはとある理由があった。それも時間制限付きだから、マネージャーは彼女の将来のことを考えて焦っていた。中々、日向に伝わらないのがマネージャーの悩みでもあるのだが。


「それって、売れてないからですよね? ほら、私って練習しすぎない方が上手くいくタイプなんですよ」

「……それは知りませんけど」

「そうなんですよ~。だから、今日の撮影だって上手くいったんですって」 


 言いたいことは終わったとばかりに、日向は背を向けると更衣室に向かっていく。

 日向がいなくなった後。


「マネージャーさん。あの子、あのままじゃ良くないよ」


 声をかけてきたには、今日カメラマンをしていた男性だ。


「俺、この業界に長くいるから分かるけど、ああやってテングになって痛い目にあった子何人も見てきたよ。今ならまだ、ギリ大丈夫だと思うけど……」


 そこで言葉を区切るカメラマン。

 今日の撮影態度をみる限り、かなりの高望みというのは分かってるのだろう。


「はい、助言ありがとうございます……最近のあの子は特に言うことを聞いてくれなくて」


 マネージャーは困ったようにため息をつく。

 重苦しい空気が、現場を包み込んでいく。他のスタッフ含め、誰も日向をフォローできなかったからだ。


 そんな中。


「すいませーん、お待たせしましたー!」


 のんきな日向の声だけが、現場にむなしく響くのあった。


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 前話(六話)でも触れましたが、二章は日向の話が多くなっております。

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