第4話 幼馴染が俺をNTRうとしてきた


 顔を真っ赤にした結月ゆづきが、目の前で瞳を閉じて、唇を突き出している。

 どうやら俺は、結月にキスされているらしい。

 緊急事態だっていうのに、どこか他人事のように考えている自分がいた。


 だって、今はただ唇から伝わる甘美な感覚と幸福感に包まれていたかったから。

 傷心した今の俺には、怖いくらいに心地よかった。

 脳内に広がる麻薬のような快楽が頭をしびれさせる。思考がまどろむと、意識さえ手放したくなってしまう。


 そんなことを考えていると、結月が俺を押し倒そうとしてきた。


「す、ストップ!」


 結月は何も言わなかったが、そのトロンとした瞳が熱に浮かされてるのは容易に分かった。いつものように冗談言ったり、笑い話をしてる時のような表情じゃない。ゾッとするくらいに色っぽかったのだ。

 結月の唇から目が離せず、ゴクリと息を吞んでしまう。


「……こんなに凄いんだ……我慢できるわけなじゃん……」


 唇に手を当てる結月が、夢心地のようなとろけた声を出した。


 危険を知らせるクラクションが、頭の中でずっと響いている。すぐにこの場を動かないと、さっき以上のことをしてしまうって。動かないといけない、そう思っているはずなのに、誘惑にあらがえなくて俺は動けなかった。


 そのまま流されるように、俺はその場に組み敷かれる。


「女の子として意識してくれてるんだ。嬉しい……」


 俺の腰の上に座る結月が、幸せそうに微笑する。俺の頬に手を添えて、反対の頬にちゅっと口づけをする。


「今は私のことだけ考えて……辛いこととか、全部忘れさせてあげる」


 結月の言葉が、脳内で甘く響く。


「ずっと、ずっと、好きだったんだよ」


 彼女の日向じゃなくて、幼馴染の結月が欲しい言葉をくれる。


 もういいじゃないか。

 日向が先に浮気をしたんだ。

 俺が文句を言われる筋合いなんてない。

 だから仕方ないよな。


 結月と重なった手の温かさ、柔らかさ、なんて心地良いんだろう。


「結月……」


 名前を呼んで彼女の手を握り返すと、結月にますます火がついたのが分かった。


「大好き、大好き、大好き……ずっと、ずっと、こうしたかった……」


 お腹をイタズラするようにくすぐって、太ももを誘惑するように撫でて、


「……ぐちゃぐちゃになるまで愛してね」


 耳たぶを甘噛みする。


「んくっ……」


 かすれた声が零れる。


「ここがいいんだ。もっとしてあげるね」


 クスッと笑う結月が、耳の輪郭に沿って丁寧に舐める。そのまま、耳の中をねぶり始める。俺がくぐもった声を出すたびに、結月はますます情熱的になった。

 

 しかも、まだこれ以上の快楽が残っている。

 そのことを想像しただけで体が震えた。

 自制心なんて、とっくに消失している。


 先のことなんてどうでもいい……。


 日向と付き合い始めた日から、いざって時のために用意だってしていた。

 俺と結月は付き合いの長い幼馴染だ、お互いのことなら何でも知ってる。

 きっと上手くいくだろう、何も問題ない。



「お姉ちゃんの代わりにはなれないけど、私のことをお姉ちゃんって思っていいからね。日向って呼んでもいいんだよ」



 ──問題ないわけないだろ。


 だから、大切な幼馴染は、胸が苦しくなるくらいに悲しいことを言っている。


「ごめん、ごめん、結月……! もうやめよう」


 慌てて体を起こして、結月から離れる。


「え、えと……その……ごめん。わ、私とじゃ……そりゃ、い、嫌だった……よね……」


 俺の態度に先ほどまでとは一転、冷水を浴びせられたように、結月は熱を失っていた。


「そ、そりゃ……お姉ちゃんの代わりにはなれないけど……」


 話していくたびに、結月の声が震えていく。


「で、でも……隆弘が元気になってくれたらって……べ、別に……わ、私は……隆弘のことがす、好きじゃないから……な、無かったことに……したら……明日からはい、いつ……も、通りに…………う」


 急に黙る結月は口をへの字にさせて、首を横に振りながら、涙をポロポロと零し始めた。


「う、うそ……本当は大好きなの……ごめん、ごめんねぇ……びっくりしたよね。でも、好きなんだもん……お、お姉ちゃんの……代わり……でも、い、いいから好きになって……」 


 手の甲で涙を拭う結月が、嗚咽を漏らしている。


「結月……」


 ずっと、俺への気持ちを抱えていたんだろう。

 日向の話を聞いて、傍で見ていて、辛くなかったんだろうか。

 聞きたいことも、考えないといけないこともたくさんある。

 でも、今は後回しでいい。


「ありがとう、元気がでたよ」


 このまま寒い夜を過ごして欲しくなくて、結月を後ろから抱き寄せた。


「もう泣かないで」


 心にできた隙間はまだあるけど、温かい気持ちで抱きしめてもらった。


「……本当に? 嫌いじゃない?」

「嫌いじゃないよ」

「嬉しい」


 微笑をこぼす結月は、俺の腕をぎゅっと握ってきた。

 いつの間にか、結月の涙が止まっていた。


「結月には悪いけど、まだ日向のことを好きだって気持ちはあるんだ。初めての彼女だからさ、そんなすぐに嫌いにはなれないんだよ」

「うん、それが普通だと思う。隆弘がずっと頑張ってたの知ってるもん。すぐに諦められたら苦労しないよね」


 俺の言葉に、結月が分かってたとばかりに、悲しそうに視線を落とす。


「でもさ、徐々に気持ちは離れていくと思う。それが明日なのか、一週間後なのか、一か月後なのか、分からない」

「…………え?」

「都合がいいっていうのは分かってるけどさ、心の整理をする時間を俺にくれないか。結月の好きに向き合う時間が欲しい。ちゃんと区切りをつけることができたら、その時は俺から告白させてほしい……どう、かな……?」


 我ながら、自分勝手なセリフだ。笑ってしまいそうになる。言ってて、少しだけ嫌悪もした。でもここで言わなかったら、離れ離れになるのは分かっていた。だから、どれだけ独善的なことでも言わないといけなかった。


 俺の言葉に、結月は何も言わない。

 都合良すぎて、呆れているだろうか。


「そ、そんなの……」


 一瞬が永遠にも感じた後、結月は肩を震わせ始めた。


「い、いいに決まってるじゃん……待つよぉ……一年でも、十年でも……ずっと、ずっと……!」


 真珠のような涙を、結月はポロポロと零す。

 一途に思い続けてくれる彼女のことを、少しだけ愛おしいと思った。

 人差し指で結月の涙をぬぐう。すると、彼女と目が合った。


「約束だからね」


 そう言って、結月は再び俺の頬にキスしてきた。

 照れくさくて、むずがゆくて、そんな彼女からつい視線を逸らしてしまう。


「バッカ……調子にのんな」

「いいじゃん、別に。ずっとこうしたかったんだもん」


 そして、どちらからともなく、くすくすと笑ってしまった。

 恥ずかしいのを誤魔化したくて。

 今まで通りの関係でいられることが嬉しくて。

 これからの未来に、ちょっぴり期待があって。


 そんな俺達をまん丸の満月が優しく見守ってくれていた。


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 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 この回(四話)と明日投稿のざまぁサイドの話(五話)が、かなり責めた話になっています。場合によっては削除するかもしれませんので、覚えていただけたらと思います。

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