第3話 幼馴染に慰めてもらった。そして──

「隆弘―、湯加減はどう?」

「ちょうどいいよ、ありがとう」


 浴室に繋がる洗面所で、ドア越しに結月ゆづきと話す。


 湯船につかりながら、はぁーと心地よいため息をつく。体の芯からポカポカと温まっていく感覚に、少しだけ心が安らいだ。


「で、何があったの?」


 浴室の出口を見ると、結月の背中の影が見えた。浴室のドアを背に、座っているようだ。どうも一人にさせてくれないらしい。


「え、あ、いや……」


 俺の彼女──日向ひなたが他の男と腕を組んでホテルに行った姿を思い返すと、胸に鋭い痛みが奔って、何も言えなくなった。すると、「ふふっ」と浴室の外から結月が静かに笑っているのが聞こえた。


「話す前に、え、あ、とかって言っちゃうのって、陰キャの私みたいじゃん、おかしい」

「う、うるさい……結月と一緒にすんな」

「え、なにそれ。ひどくない!」


 口調とは裏腹に、結月は嬉しそうに笑っている。

 付き合いの長い幼馴染だから、俺が落ち込んでいるのなんて、とっくにお見通しなんだろう。


「雨もやんだしさ、お風呂上がったらコンビニでアイスとか買いに行く? それか、一緒にゲームする? あ、アニメの一気見とかいいかも!」


 それでも話しやすい雰囲気を作ろうと、重たい雰囲気にしたくなくて、いつも通りにいてくれるんだろう。そんな気遣いが嬉しくて、目の奥からジワッと熱い物がこみあげてきた。


「そうだ、隆弘に聞いて欲しいことがあってね。昨日、ようやく努力値を振り終わったんだ。これで理想のパーティーが──」


 好きなゲームの話、面白かったアニメの話、今日あったどうでもいいこと、そんな他愛もない話を続ける結月。


 別に俺は、「うん」とも「はい」とも、何も返事しなかった。それでも結月は、どうでもいい話をたくさんしてくれる。


 浴室のドア一枚隔てられているはずなのに、不思議と結月が隣にいてくれるような気がした。大好きな彼女に裏切られても、独りじゃないことを強く実感する。


「あ」


 頬を雫が伝う感触に気付いた時は、もう遅かった。


「うっ、うぅぅう……」


 堪えても、堪えても、涙が止まらなかった。

 砕けてしまいそうなほどに、奥歯をきつく噛みしめて無駄だった。

 そして涙を流す俺を、結月は何も言わず、ただ傍にいてくれた。


                ※


「俺さ、彼女に浮気されたんだ」


 お風呂から上がった後、俺は今日の出来事を結月に話した。

 思ってたよりも、すんなりと話すことができた。


「うちの学校の先輩とホテルに入って行ったんだよ」


 言葉にしただけで、ズシリと冷たくて重い何かが、胃を圧迫したような気分だった。ホテルに入って行ったあの光景が見間違いではなかったのだと、改めて実感する。


 あの時は絶望しすぎて何も気づかなかったが、日向の浮気相手は一学年上の松田先輩だった。高校生ながら役者を務め、容姿までいいのだから、うちの学校の有名人でみんなが知っている。


「俺の何が良くなかったんだろうな。せめて一言、相談してくれたら……」


 日向の気持ちが俺から離れた。

 それが全てなのに、女々しい発言だと思う。


「笑っちゃうよな……好きだったのは俺だけなんだから」


 幼馴染で、男友達みたいに距離が近い結月だから、痛い話はいじって、苦笑いから本笑いにしてほしかった。そしたら、あの時はあんなこともあったねって、笑って話せるはずだ。


 そう思っていたのに──


「──だよ」

「え、ごめん。上手く聞き取れなかった」



「わ、私は……隆弘のことがす、好きだよっ!」



 手をきつく握りしめた結月が、顔を真っ赤にして話す。


 目をギュっと瞑り、結月はプルプルと震えていた。今にも頭から湯気が出そうな勢いだ。そんな結月に、苦笑してしまう。


「あはは……ありがとう。でも、そんな気を使わなくても大丈夫だから」


 俺の返答に、結月はキュッと口を一字に結ぶ。


「……そうじゃないよ」


 じゃあ、慰めてくれたってことだろうか。どちらにせよ、俺のことを心配してくれたことに変わりない。

 もう一度、お礼を言おうと思っていたのだが。


「ありが──んぐっ!?」


 目の前には、瞼を閉じて長いまつげを揺らす結月の顔があった。

 唇には柔らかく、少し湿った感触がある。


 俺は結月にキスされていた。


 そして気づいたことがある。

 結月の好きって言葉。


 それは友達って意味じゃなくて、異性としての意味だったことに。

 そのまま結月は、俺を押し倒してきた──


──────────────────────────────────────


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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