コーヒー

TatsuB

コーヒー

私の祖父は、小さなカフェを営んでいた。

私がコーヒーを初めて飲んだのは、小さい頃に祖父が淹れてくれた一杯だった。


コーヒーを淹れる祖父は、いつも真剣な目で誇らしげな表情をしていた。

それは、私の憧れで自慢の祖父であった、そして、そのコーヒーは私にとって特別な一杯となっていった。


時が経ち、私が社会人になって数年、祖父は死の眠りについた。

私は、悲しみに暮れた。

祖父のコーヒーの香りも懐かしく、どこか温もりを感じたあの味も恋しくなった頃、私も自分でコーヒーを淹れてみようと決め、祖父が使っていた同じコーヒー豆を手に入れ淹れてみた。


しかし、同じ豆を使っていても祖父が淹れたあのコーヒーの味にはならなかった。

私は、何回も試行錯誤を重ね淹れ方を工夫してみたが、やはりあの頃の一杯にはならなかった。

挑戦を続けるたびに、私の心の中にある祖父の記憶が少しずつ色あせていくようで、いつしか私は怖くなっていた。


そんな時、久しぶりに私の家に彼氏が来た。これまで何度もあの味を恋しく思いながら淹れてたコーヒーだが、今日はそんなことも忘れ、ただ彼に美味しく飲んでほしいという思い一つで淹れた。

ゆっくりとお湯を注いで、豆がふわりと膨らむ。香りが立つのぼる。

そして、少し緊張して彼に差し出す。


彼はカップを口につける。その表情を見ていると、不思議と私もコーヒーが飲みたくなり、自分の分もカップに注ぎ、一口飲んでみる。


その瞬間、涙がこぼれてきた。昔懐かしい香りが、そこにはあった。

彼が「どうしたの?」と不思議そうに聞いてくる。

私は「コーヒーが美味しくって...おかしいよね」と笑みを浮かべた。

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