外伝8〜リキ編〜

第16話

これは、俺が中等2年の頃の話だ。



「あ、居た居た」



聞き慣れたその声に、思わず反応してしまった。

視線を向ければ、教室の入り口に、嬉しそうな顔をした、くるめが立っている。



(な、なんだよ?!そんなに俺に会いたかったのか?!)



だが、くるめの口から出た言葉に俺は固まった。



「郡上くん、今いい?」



くるめが呼んだのは、この俺じゃなく、隣の席に居る根暗オカッパ野郎だった。




✳︎





「納得がいかねぇ」




夕食の食器を片付けている、くるめを捕まえて学園での出来事を問い詰める。




「リキ、邪魔」


「俺のクラスに滅多に来ねぇのに、あんな、嬉しそうな顔で『郡上くん』だとぉ?!どういう関係か説明しやがれ!!」


「関係も何も、図書委員会で一緒なの。もー邪魔するなら、そこの皿取って」


「おらよーーつーか、委員会が、一緒なだけで、あんな嬉しそうな顔するわけねぇだろ?」


「そんな顔してないから。あたしが当番の時、郡上くん当番でもないのに手伝ってくれたから、そのお礼をしただけ。あ、醤油しまって」


「はいよーーお礼だと?何したんだよ?!」


「やけに食いつくわね......ただ、郡上くんが当番の日だったから、お礼にあたしも手伝うねって話をしただけで。ついでにテーブル拭いて」


「何だと?!くるめはソイツが好きなのかよ?ーーつか、さっきから手伝いさせてんじゃねぇよ!!」


「何でそういう話になるのよ。手伝いも何もリキが邪魔するからでしょ。はい、布巾」




このモヤモヤした気持ちを晴らすように、俺は全力でテーブルを拭いたのだった。






✳︎






それからというもの、俺は郡上を意識するようになった。




(コイツの、どこがいいんだ?オカッパヘアか?それとも、この根暗がいいのか?)




郡上という男を観察してみると、いつももの静かで、特定の友達がいる様子はない。

目元は前髪で隠れていて、常に本を読んでいるせいか、顔は下を向いている。


だか、時折ソワソワしている日は、必ず図書委員会の当番があった。

しかも、くるめが当番の日だ。



(オイオイオイ!近過ぎるだろ!!)



尾行してみれば、常にくるめの側にいて、本の整理や、貸し出しの手伝いをしている。



「あの、郡上くん。毎回手伝わなくても良いんだからね?」


「そ、その迷惑ですか?」


「迷惑っていうか、申し訳なくって」


「す、好きで手伝っていますので、平気です」


「んーでもさ、お友達とかと遊んだりさ」


「と、友達......いないです」


「えー!?一緒だね!!」




嬉しそうに郡上の手を握るくるめ。郡上の顔が真っ赤に染まる。



「おぉおおおいぃいい!!」



俺は慌ててその手を引っ剥がす。



「リキ?何でここに居るの?本なんて読まない癖に」


「失礼だな!つか、オマエ!」



くるめを背中に隠し、ビシィっと、人差し指を郡上に向ける。



「くるめに寄るな!触るな!何かしたら、容赦しねぇぞ!」


「くらぁ!」



脳天に、おもいっきりチョップを喰らった。

振り向けば、くるめが不機嫌そうな顔をしている。意味がわからん。



「そういうの、もうやめてって言ってるでしょ。郡上くん、怖がってるじゃない。あたしの貴重な交友関係を壊さないでよ」


「アホ!くるめを心配してやってんだろうが!」


「し、心配?リキが?珍しい......変な物食べた?」


「ーー俺を馬鹿にしてることは分かった」


「あ、あの......」



俺達の会話を裂くように、郡上が話しかけてきた。



「望月先輩、ぼく、そろそろ戻ります」


「あ、うん。ありがとう」


「いえ。じゃあ、また」



その去り際、一瞬だけ睨まれた気がした。

俺の警戒心が益々強まる。



「なんじゃアイツ。『また』だと?」


「リキも戻りなよ。あ、実は郡上くんと、お友達になりたいの?」


「そんなワケあるか!」



さっきのチョップのお返しに、デコピンを喰らわすのだった。




✳︎





郡上の様子を見る限り、くるめに気があるのは確かだ。

今のうちに釘を刺しとかねぇとな。

これ以上ライバルが増えるのはごめんだ。


何より、くるめが郡上を気になってるのが嫌だ。

この俺に郡上のことを聞きやがって、益々気に食わない。その上、何か言いたげにしてるのが尚不愉快だ。

この間なんてーー



『ねぇ、リキ。郡上くんって、普段何してるの?』


『しらねぇーよ。何だよ突然』


『んー......、何でもない』



何だよその間は!

好きなのか?気になるのか?告白するのか?

最近やけに溜息多いし、何なんだよ!

俺の方が先に好きになったのに、どこぞの馬の骨に奪われるなんて許せねぇ!



「おい、郡上、ちょっと顔貸せ」



ここはキッチリ、脅しておかねぇとな。



「ーー何ですか、一黄君」


「くるめに、想いを寄せるのは諦めろ」


「唐突ですね。ぼくが、望月先輩をどう想うが自由だと思いますが」



コイツーー今まで、オドオドした喋りだったのは、演技だったのか。



「へぇ、バックに俺らが付いてるの分かってて発言してんのかよ」


「そういう風に脅すから、望月先輩に嫌われるのでは?ぼくが一歩リードしてるから焦ってますね。男の嫉妬は醜いですよ」


「てめぇ!!」



郡上の胸倉を掴む。その際、郡上の胸ポケットから、手帳のようなものが落ちる。



「あ?なんだこれ?」


「ーー触るなっ!!!」



俺を押し除けて、慌ててソレを拾い上げた。



「ぼくを脅したって無駄だ。彼女はぼくと、幸せになる運命なんだ」



意味のわからない言葉を残して、逃げるように去っていく。

そこに、1枚の写真が落ちていた。

拾い上げてみれば、そこにはくるめが写っていた。



「なんだ、コレ?」




✳︎




教室に戻れると、郡上の姿はまだ無かった。

俺は拾い上げた写真を眺めていた。



(なんか、違和感があるんだよなぁ)



「やらしいねリキ。くるめの写真なんか見て」



バッと、写真を奪った人物を見れば、シトがそこに居た。



「何でシトが、ここに居るんだよ」


「最近くるめ、溜息が多いから、その原因を知らないかなぁと思って。良くリキと話してるから、喧嘩でもした?」


「してねぇよ。俺が知りたい位だ」


「ふーん。ねぇ、この写真センス無いねリキ。カメラ目線じゃないし、慌てて撮ったのか指が写ってるし。隠し撮りするなんて、くるめが知ったら余計嫌われるね」


「余計ってなんだ!言っとくが嫌われてねぇからな!めんどくさがられてるだけだからな!ーーって、隠し撮りだって?」



シトの言葉にハッとする。

それだ。俺が感じてた違和感。

背後から撮ったであろうこの写真には、明らかにくるめの同意があって撮ったものでは無い。


そして、この写真が落ちていたシチュエーション、誰が持ち主だったか。



「何、真面目な顔して、珍しい」


「ーーくるめといい、シトといい、俺を珍妙な生き物だとでも思ってんのか?」



その時、携帯が震えた。

差出人は大だ。コイツのメールは大体緊急の時しか来ない。やな予感がする。



「なにこれ。『くるめのGPSが追えなくなった。最終に確認出来たのは中等2年の教室棟。くるめはそばに居るの?』だって」


「ーーっくそ!アイツ!」


「リキ、何か知ってるの?」


「この写真の持ち主だよ。コイツ、くるめを隠し撮りしてたんだよ」


「はぁ?!」



くそっ!どうして直ぐ気付かなかったんだ!

あのまま、アイツをひっ捕まえて置けば、くるめの身に危険が及ばなかった筈。


共通点と言えば、図書委員会ーー図書館にいるかもしれない。

だが、図書館を覗いても、2人の姿は見えない。



「いないじゃんリキ!」


「うるせー!手分けして探すぞ!」



頼む!どうか!

無事でいてくれ!




✳︎




「くるめ!どこだ!くるめ!」



教室棟内を探し回っても、くるめの姿は見当たらない。



「くそっ!なんて無駄に広い校舎何だよ!」



今更ながら、この学園の規模に腹が立つ。

あの、根暗が行きそうな場所なんて見当もつかない。



心臓がドクドクする。

くるめに何かあったら、冷静でいられる自信はない。




「くるめーーどこに居るんだよ......」


「呼んだ?」


「は?」



くるめの声がした方へ振り向けば、廊下の窓からくるめが、顔を出していた。



「え、なに、その鳩が豆鉄砲くらたっかのような顔は」


「ーーっ!無事か?!何もされてねぇよな?!一体どこにいたんだよ!探し回ってたんだぞ!」


「ちょ、どうしたのよ?別に何ともないけど」


「携帯にも連絡つかねぇし!」


「あ、携帯電池なくなっちゃって」


「アイツは?郡上と一緒なのか?」


「郡上くん?彼なら、そこで伸びてるけど」



くるめが指差す方を見ると、廊下の真ん中で倒れてる郡上がいた。



「郡上くんに、新しい本が届いたから一緒に取りに行ってくれないかって言われて、向かってたら、いきなり背後から抱きつくものだから、手加減出来ずに思いっきり投げちゃった」



そういえば、くるめはプロレス技が得意だったな。俺は思わず乾いた笑いが出る。



「取り敢えず、くるめが無事でよかった。あの野郎、くるめのことをストーカーしてやがって」


「あ、やっぱり?何か良く視線感じるなぁって思ってたんだよねー」


「は?くるめ、気付いてたのかよ?!」


「うん。何となくだけど。だから、リキに色々聞いてたんだけど」


「まさか、何か俺に言いたそうにしてたのって」


「あー、確信があったわけじゃなかったから」



コイツ、何か言いたげにしてたのはこういうことだったのか。



「バカ!アホ!俺がそんなに頼りないのかよ!!」


「うん。頼りない」


「なっーー?!」


「泣き虫だし、喧嘩っ早いし、言われたこともまともに出来ないし」


「泣き虫なのは昔の話だろ?!オマエ、とことこん俺を貶すな!!」


「いつも貶されてるのはあたしの方なんですけど。でも、誰よりも一生懸命なのは分かるよ。あたしのこと、必死に探し回ってくれたり。ありがとねリキ」



そうして、俺の頭をポンポンと撫でる。

くそっ、子供扱いしやがって。

撫でる腕を掴んで、窓から引きずり出し、その身体を抱きとめる。その際、小さな悲鳴が聞こえたが、無視を決め込む。



「ちょっと、痛かったんですけど!ていうか、何、どうしたの?」


「うるせぇ。俺を心配させた罰だ!」


「どんな罰よ」



良かった。くるめが無事で本当に良かった。

俺はその存在を確かめるように強く抱きしめる。

それと同時に、自分自身にイラつく。

くるめの異変に気付いてたのに、なぜ強く問いたださなかったのか。

アイツを焚きつけたことにより、結果くるめに危険が及んだのも俺のせいだ。



「くそっ」


「リキさぁ。なに自分を責めてるのか分からないけど。別にリキのせいじゃないから。全ては、このくるめ様の美貌がなした災いーー」


「はぁ?自分で言ってて恥ずかしくないのかよ。ありえねぇから!」



くるめの身体を離して、そのオデコにデコピンを喰らわす。



「った!!そうだよ!ありえないことが起きただけ。誰にも予想が出来ないことが起きただけ。だから、誰のせいでもないの!分かったか、この永遠の反抗期め!」



俺のほっぺを掴んで、ぐいっと横に引っ張る。言葉は乱暴のくせに、その顔は何故か笑っていた。



「にゃに、ふぁらってんだよ」


「なに言ってるか全然わかりませーん」


「あー!くるめいたー!つか、なにイチャイチャしてるんだよ!」



シトに無理やり引っぺがされ、その温もりが消えて俺は安堵する。


どうやら俺は、くるめの笑顔に弱いらしい。

あの笑顔を向けられると、心臓がぎゅうってなる。

それと同時に俺の中の獣が、くるめを無茶苦茶にしたい衝動に駆られる。

そんなのは、くるめを壊すだけだ。

だから突き放す。暴言だって吐く。俺に近づくな。

一定の距離を保て。


だけど、カミサマ。

アンタのイタズラで、この存在を奪われてたまるか。

もし、また同じようなことが起きれば、きっと俺は迷わず、くるめを食らい尽くすだろう。

誰の目にも触れぬように閉じ込めて。


そんな時が来ない事を願って、俺は演じ続けよう。


馬鹿で、喧嘩っ早い、生意気な年下。

くるめの頭を悩ます“一黄 リキ”を。

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