外伝7〜星編〜

第15話

渇くーーー



早く、俺を満たしてくれ。



退屈な日常が、俺を殺す前に。





✳︎





父親との関係は良好とは言えなかった。

母親は他界し、家に帰っても家政婦さんがいる位で、父親とは、月に一度顔を合わせる程度だった。

ああ、この人は俺に興味がないのだろうなと、幼いながら悟った。

別にそれで、不良に走るわけではなかったが、孤独が心を蝕み、歪んだ人格者になったのは間違いない。


退屈な毎日を過ごす中、そんな俺を常に気にかけてくれたのは、理事長だった。事あるごとに俺に絡んできて迷惑ではあったが、お陰でやりたい事を見つけた。


跡取りがいないことを嘆いていた理事長。

それなら、俺がなろうと提案した。

一見、ボケた爺さんに見えるが、実際は裏も表も掌握する食えない人だった。


この学園を俺が握ったら、父を超えられるのではないかと、たた単純にそう思った。

退屈しのぎには丁度良い。

授業の後は、理事長室に入り浸る日々が続いた。少なくとも、ここにいれば孤独に蝕られずに済む。



そんな、初等3年のある日。

理事長室に知らない女の子が居た。


大きな目を零れんばかりに開き、その子は大声を挙げた。



「じっちゃん!じっちゃん!大変!不審者が来たよ!」


「なんじゃと!?ーーーって、星か」


「何ですか、この失礼な小娘は」


「失礼とはなんじゃ!ワシの可愛い孫じゃ。くるめというてのぅ。くるめ、此奴はワシの生徒で、六翠 星という」


「え、この吊り上った、光のない死んだ目をした人が、生徒なの?」


「失礼ではなく、不愉快にさせるお孫さんですね。ですが、以前は跡取りが居ないと仰っておりましたが?」


「ああ、あの時はな。娘とは縁を切っておったんじゃが。仲直りしたんじゃ」



心が軋む音がした。仲の睦まじい2人を見ていると、黒く心が淀んでいくのを感じた。



「ああ、なるほど。では跡取りはこの子に。そしたら俺は“不要”ですね」


「何を言うとる。ワシの跡取りは星じゃろう」


「はい?とうとうボケたーー失礼。とうとう頭がおかしくなったのですか?」


「ホッホッホ。言い直しても駄目じゃ!別に身内が跡を継がなくても良い。なりたい者がなるべきじゃ」


「ねーねーじっちゃん?どういうこと?」


「くるめには、ちと難しかったのう。じっちゃんの次に、この席に座るのが、あの小僧じゃ」


「ふーん?じゃあ、くるめと家族になるってこと?」


「か、家族じゃと?!良いか、くるめ。二度と外では言ってはならんぞ!勘違いする輩がおるからのう。お兄ちゃんになると思いなさい」


「それも違うと思いますが」


「わかった!星兄だね!」



その小さな生き物は、わたしに向かって走ってくると、思いっきり抱きついた。



「星兄!」



その瞬間。乾いた心が潤ったのを感じた。

本物の家族では得られなっかった愛が、誰かに求められることが、俺を満たしたのだ。


この子だけが俺の家族だ。

この小さな女の子を守ろう。

この子はさえいればいい。


俺はくるめと出会って数分、そう決意した。

今思えば、それ程、俺の心は弱わっていたのかもしれない。


それからは、くるめが学園に来る度、俺に会いに来た。余計な虫までくっついていて気に食わなかったが、それでも俺を慕い「星兄」と、呼ぶ声が俺を満たしていく。


でもいつしかそれが、欲望へと変わっていく。

星兄と呼ぶ声が聞きたい。

あの髪に触れたい。

早く、会いたいーー


さもなければ、この孤独と刺激のない退屈な日常が、俺を殺してしまう。


だから、特別寮で一緒に暮らすことになると聞いて、俺は歓喜したのだ。

ああ、やっと逃れられると思った。

あの息苦しさから。




✳︎




「ねぇ、星兄。笑顔とか出来ないの?」


「俺はそこまでロボット人間じゃない。必要な相手と場所であれば使う」



生徒会室で、くるめと作業をする。

生徒会長になったのには退屈しのぎに良いと思ったからだ。それに、後々この学園の理事長になるには、色々と便利になるだろうと。



「突然、そんな事を言い出すからには、何かあるのだろう?」


「やーねー。何でもお見通しって?はい。ラブレター」


「くるめからか?」


「なわけないでしょ。もー星兄が怖い顔してるせいで、直接渡しにくいからって、あたしを利用してくるんだけど。少しはさ、黒いオーラ何とかなりません?」


「そうだな。無駄なことに時間を割きたくはないから無理だな。だか、これは受け取っておこう」


「え、珍しい。いつもは読まずに破いて捨てるのに。黒ヤギさん的な感じで」


「馬鹿な事を言ってないでさっさと手を動かせ。ただ、お兄さんっぽく、妹の為を思ったまでだよ」


「うわ、その笑顔は怖いって」


「なに、返事を書いてやるだけだ。我が妹の手を煩わせた感謝を込めて」


「その手紙、今度はあたしが破く番かもね」



生徒会長になった理由にはもう一つある。

くるめには安全で安心な学園生活を過ごしてもらう為だ。

どんな不安要素も見逃さない。

徹底的に排除する。


それがどんな相手だろうと。


例え、あいつらだとしても、脅威になるのであれば容赦しない。


勿論。ただ血が繋がっているだけの存在で、父親だと名乗るあいつにも。


今更、掌を返しても遅い。


俺に興味を示さなくなったあの時から、すでに敵である。


いずれ、その地位から引き摺り落として見せる。


それまでは、退屈しのぎで親子ごっこに付き合ってやるさ。

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