外伝6〜豪編〜

第14話

「よし、俺様と買い物に行くぞ」



ソファーの上で、ぐうたれているくるめは、視線だけを向ける。その顔は明らかに迷惑そうだった。



「やだよ面倒くさい。通販にして通販」



床を磨くワイパーの棒で、テーブルの上にあるタブレット指す。



「おーまーえーなぁ!」



つくづく思う、このだらけきった平々凡々な女を、何故好きになってしまったのか。




✳︎




あれは、初等6年の時。学芸会の出し物が演劇となり、俺は当然、王子様の役となった。

お姫様役は女子達の争奪戦となり、平等を期して抽選となった。ーーが、相手などどうでもよい。



肝心なのは、その演目「シンデレラ」の内容。



「一体、どこで惚れる要素があるんだ?なぜ、一緒に踊っただけで好きになる。そもそも“好き”という感情が分からない。勉強が“好き”と、一緒のものか?よく、俺様の才能と容姿に魅了された女子が、告白をしてくるが。付き合いたいとはなんだ?好き=付き合いたいーーそういうことか?」


「あーうるさっ、しかも長ったるい!てか、どうしてあたしの家に居るのよ?!」


「はっ、そんな事も分からないのか?この天才がわざわざ、庶民の生活ついて学んでいるんだ。感謝しろよ。庶民代表」


「アンタって本当にムカつくことしか言わないよね」


「だめよくるめ。馬鹿と天才は紙一重なんだから。豪くん。今日も沢山の食材ありがとう」


「くるめの母殿、そんなに褒めないでくれ。それに、これしきの食材なんて、いつでも持ってくる」


「豪、きっと褒めてないと思う」



俺は時々、くるめの家で庶民の生活を学んでいた。

親の紹介で出会ったくるめに、衝撃的だったことを憶えている。


身近には居ない平凡な暮らしをする者ーー知らない事など無いと自負していたが、まさかこの俺に分からない、いや、理解し難い庶民の生活をベラベラ話すくるめ。


くっ!まだ、俺が知らない世界があったとは。まだまだ現状で満足してはいけない。勉強することは沢山あるのだと学んだのだ。



「“好き”ね〜。豪くんもお年頃だから〜。こう、ビビッとくるのよ」


「ほう、ビビッと」


「そう。王子様はシンデレラと会って、何か心にビビッとくるものがあったのかもしれないわね。その子といると穏やかな気持ちになって、もう、その子のことしか考えられない......いーい?理屈じゃないの。感情なのよ!パッションよ!」


「理屈ではないとは!成る程、難しいものだな」


「でも、直ぐわかると思うのよ。ほら、私とくるめが、くっついてて、何か思わない?」



母殿は、くるめに抱きついた。くるめも嬉しそうにくっつく。



「仲が良い」


「......うん。そうだけど。なんか、もやっとしたり、イラってしなかった?」


「特には」


「じゃあ、くるめと、ずっと一緒にいれたら嬉しい?」



その質問に、くるめが嫌そうな顔をした。なぜかその顔にイラっとした。無礼だろう。



「いや、嬉しくはないな。煩いし、この俺様に立てつくし、ずっと一緒にいたら疲れてしまう。できれば避けたい」


「うるさいのは豪の方でしょ!あたしだって願い下げよ!ストレスで死ぬわ!」


「おいおい、そこは泣いて喜ぶとこだろう。他の女子達は皆そうしてる」


「もう、分からない。どこがいいのよ豪の。お金持ちの感覚が理解できない」


「まぁまぁ、2人とも。お母さんは、今の豪くん素敵だと思うけど、自然体で楽しそうにしてて」


「えー?」


「楽しそう?母殿には、俺が楽しそうに見えるのか?」


「ええ。とーっても楽しそうよ。くるめと、仲良くしてくれてありがとう」


「え、全然仲良くないよお母さん?」


(楽しそうーーそうか、俺は楽しいのか)



今まで、退屈で仕方がなかった。

勉強を教えて貰えば、直ぐに理解出来るし、

難しい問題も、難無く解ける。

スポーツだって、コツさえ掴めば楽勝だった。

そんな俺を人は天才と呼んだ。

だか、何をやってもこなせてしまうのは、不変でつまらない。

刺激がないのだ。


だが、こうしてくるめの家に来て、何をしよう、何をしてくれるのだろうかと考えて、ワクワクしている自分がいた。


もしかしたら、くるめ達といることで、刺激的な日常を送れるのではないだろうかと。



「しょうがない。これからも仲良くしてやるよ」


「しょうがないなら、仲良くしなくて結構です」


「遠慮するな」


「遠慮してません」


「はいはい。もー喧嘩ばかりしないで。それにしても、シンデレラかぁ。懐かしいわね。私もやったな〜」


「母殿は何の役だ?」


「シンデレラよ。もう、あの時は大変だったわー王子様役の取り合い。ふふっ」


「成る程。ということはくるめ、行くぞ」


「はい?」



くるめを連れ出し、近くの公園へとやってくる。演劇の台本を渡すと、訝しげにそれを眺める。



「劇の練習に付き合え。シンデレラ役な」


「あたしオヒメサマ好きじゃないし、演技とかからっきしだけど」


「問題ない!親子だから」


「え、ごめん。どういう理屈?」


「よし、じゃあまず踊る練習からだ」


「踊りって、やったことないよ」


「適当でいい」



くるめの手を取り、身体を引き寄せクルクル回る。なんだか、甘い香りが、鼻腔をくすぐる。



「何か甘いものでも食べたか?」


「食べてないけど」


「そうか。それより、なぜ下を見てる。ここはお互い顔を見つめて踊るところだぞ」


「下見てないと足踏みそうじゃん」


「いいから顔を上げろ。練習にならない」


「はいはい」


「その仏頂面をなんとかしろ」


「注文が多い!」



文句を垂れながら、微笑みを作り俺の顔を見つめる。ただそれだけだったのに、胸のあたりがぐわっとした。



「なんか、ぐわっとした」


「ぐわっと?」



もっと、その表情が見たくなって顔を近づければ、横から衝撃がきた。倒れそうになるくるめの身体を支えれば、くるめも、俺にしがみつく。そして、ドキドキと波打つ心臓。



「駄目だよくるめ〜。僕以外の男とくっついちゃ」



くるめに抱きついているのは大だ。何回かくるめの家に遊びに来た時からよく会っていたので、顔馴染みだ。



「ちょっ、大!危なく倒れるとこだったでしょ」


「ひどいよ〜授業が終わってダッシュで来たのに。寮暮らしだから、会う時間も短いのに〜」



スリスリとくるめに顔を寄せる。それを見て、モヤァとする俺がいる。


さっきから、なんだというのだ。



「ーーおい、ベタベタするな。不愉快だ」



くるめと大を引き剥がそうとするが、抱きしめる力が強まる。



「うぐっ」


「そっちこそ離せば?いつまでくるめを抱いてるの?くるめは僕のだよ」


「貴様のものではないだろう。それに、くるめの方から抱きついていては離せない」


「しょ、しょうがないでしょ!!倒れそうだったんだから」



慌てた様子で俺から手を離すくるめ。少し名残おしいが、俺もくるめの身体を解放する。



「で、貴様は離さないのか?」


「僕は離すなんて、一言も言ってないよ。こうやって充電してないと駄目なの」


「毎日こうだから、気にしないで」


「は......毎日だと?」


「なに、羨ましーの?」


「いや、良く耐えられるな。そんな凶暴な女に」


「?」


「ほんっとに、ムカつくわね」



全く、奇妙な気分だ。

ぐわっしたり、ドキドキしたり、モヤァとしたり。



『その子のことしか考えられない』



ふと、くるめの母殿の言葉を思い出した。

まさかーーこれがそうなのか。



「おい、くるめ。分かったぞ!俺様はくるめが好きかもしれない!」


「ねぇーくるめ、今日は泊まっていっていい?」


「いや、やだよ。狭いし身体凝るし。寮に帰ってください。はい。ハウス」


「ーーーー俺様の話を聞け!!」




✳︎




「思えば、くるめが俺様に対する態度が酷くないか?」


「なにをいきなり。日頃の行いのせいでしょ」


「納得がいかない。これが俺様の自然体だ。ただし、くるめ限定だ。どうだ?嬉しいか?」


「なぜそう、勝ち誇った顔をしてるのかが理解できないんだけど。ちっとも嬉しくないし。あたし限定でそれって、嫌がらせなの?」


「馬鹿か。逆だろう。すーー」


「くるめー!寝るの〜?だったら一緒に寝よ〜」


「ギャァ!ちょっと、大!飛びついてこないでよ!内臓でるかと思ったでしょ!」


「ごめんごめん〜」


「ーーおい、何故こう、いい時に邪魔をするのだ貴様は」


「え〜?なんのことー?」



しらばっくれやがって。

想いを伝えようものなら、いつも邪魔が入る。


俺達はくるめが大切で、どうしようもなく好きなのだ。


誰のものにもなって欲しくないーー俺だけのものにしたい。


その想いがせめぎ合うから、お互いを抑制し合う。


でも、いつかは伝えたい。

あの時の言葉の意味が分かったから。



『じゃあ、くるめと、ずっと一緒にいれたら嬉しい?』



もし、これからの人生を共に歩む相手を選ぶのなら、俺は、くるめと生きていきたい。



その幸せな空想が、いつまでも続きますように。

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