外伝5〜色編〜

第13話

「うわ〜、久々に見たな......色の男の子バージョン」



相変わらず、エプロン姿で掃除機片手に立つくるめ。

わたしに呼ばれたついでに、掃除機をかけようと思ったのだろう。

そんな姿に思わず微笑みが溢れる。



「スーツなんて、久々に着たよ。どう、変かな?」


「いやいや、見目麗しいよ!めっちゃカッコイイ!!」


「本当?くるめに言われると、嬉しいな」


「ちょっ、笑顔の破壊力が半端ないから!しかも無駄に色気が漏れてるし!」



悲鳴を上げながら、後ずさるくるめ。

その顔は真っ赤に染まっている。

嬉しさ半分、わたしと離れようとするくるめに、酷く不安になる。


これ以上、距離を取られまいと、掃除機を持つ手を掴まえる。



「じゃ、行こうか」



くるめの手から掃除機を取り上げた。

未だ真っ赤な顔をしているが、その目はキョトンとしていた。




✳︎




真っ黒な車に乗り込むと、あいつらの顔を思い出して、笑いが込み上げてくる。



「ふはっ。見た?あいつらの表情」



嫉妬、激情、悔しげに歪む顔。

わたしが、くるめを連れて、ワザとあいつらに言ってやった。「じゃ、行ってくるね」って。“どこに”何て言わなくても、わたしの格好で悟るだろう。

それは暗黙の了解。タブー。

くるめをパーティーに連れて行くこと。それは即ち、婚約者を連れて行くようなもの。

でも、そんなの、わたしは了承してない。



「何か、変な顔してたーーってか、怒ってなかった?なんで?!」


「それは、わたしが、くるめを独り占めしたからだよ」


「独り占めって、ほぼ拉致じゃない。どこ行く気?」


「どこって、パーティーだよ」


「パ、パーティー?!ちょっと待って、あたしエプロン姿なんだけど?!それに、パーティーなんて、じっちゃんが駄目って!」


「気にしなくていいよ。責任はわたしが持つから。それに、今回のパーティーはどうしても出なくてはいけなくて。しかも、パートナー同伴。頼れるのは、くるめしか居なくて。だから、お願い」


「逆!順番逆じゃないかな?お願いが、最初じゃない?これ断れないよね?行くしかないよね?」


「うん。断られない為に連れ出した」


「うわ、やっぱり!」



その後、「行かない」「行く」の押し問答を繰り返していくうちに、目的地にたどり着いた。

そこでもまた、頑なに降りようとしないくるめ。



「抱っこで無理やり降すよ?」



そう言えば、渋々降りてきた。わたしとしては、少し残念だが。


そこは日本屈指の高級ホテル。エントランスに入れば、勢いよく駆けつけてくる人物がいた。



「きゃー!!くるめちゃん、ひっさしぶりー!!」


「ーーっうぐ!」


「母上、くるめが苦しんでますよ」


「やだ、ごめんなさい〜。あら〜くるめちゃん。益々可愛くなって!」



興奮気味なこの方は、わたしの母である。くるめの母上とは幼馴染みとのことで、仲が良く、その影響を受けてか、わたしとくるめも直ぐに打ち解けた。



「お、久しぶりです」


「待ってたのよー!さ、早く着替えましょう!くるめちゃんが来るって知って、もう沢山衣装用意したんだから!」


「えぇぇー、いやあたしとしては、全然参加するつもりはなく」


「はい。いきましょう」



くるめの抵抗も虚しく、母に連行されていく。くるめから、助けを乞う視線を受けたが、知らないフリをして、手を振った。


その諦めた背を見て、昔を思い出した。


わたしの家に初めて来た時も、こんな風に母に連行され、色々な着物を着させられていた。その時のくるめは、あまりの目まぐるしさに白目を剥いていた。

わたしは、思わず笑ってしまい、随分くるめに文句を言われた。


母曰く、くるめが来てからわたしは、良く笑う様になったらしい。


確かに、くるめとの時間は楽しい記憶ばかりな気がする。


そして何もかもが、わたしとは真逆の存在だと思った。

男の子に産まれたが、嗜むもの、学ぶもの、着る服までもが、女の子の事ばかりのわたし。

女の子に産まれながら、趣味嗜好、はたまたその服装も男の子っぽさがある、くるめ。

だから、興味を惹かれた。

わたしが知る女の子とは違うくるめ。


だか、次第に気付くーーその違い。


ーーわたしは、好きでこの格好してるわけじゃない。

くるめは、好きでその格好をしている。

ーーわたしは、毎日の稽古が辛かった。

くるめは、毎日好きなことをしている。


ーーわたしは、くるめは......


その考えが、わたしを苦しめた。気付くべきではなかった。

わたしがいる世界と、くるめの世界は、同じ様で違う。

くるめが、羨ましかった。

だからだろうか。

ある日突然、限界を迎えたわたしは、くるめに当たり散らした。


そしたら、くるめも喚き出した。

屋敷の者達が止めに入ろうとしたが、母がそれを制した。


くるめは言った。

“ご飯をいっぱい食べられるくせに”

“くるめだって、習い事したい”

“お洋服も沢山あってずるい”

“広い家に住めて、くるめが羨ましいだなんて、おかしい!”


くるめのことを羨ましがるのが、おかしいと訴えるくるめ。

その言葉にわたしは拍子抜けした。

わたし達はお互い、羨ましかったのだ。


それは、わたしが、くるめと出会わなければ気付かなかった違いでもある。

ここに住んでいれば、当たり前のように過ぎていたこと。

今まで意思など持たなかった。ただ言われたからやっていた。ただ人形の様に。

だけど、初めて意思を持った。

初めてこうしたいと思った。

そして初めての喧嘩もした。


何故だが、おかしくなってしまい、わたしは笑ってしまった。

くるめはまだ、怒ってたが、仲直りする為に、おまんじゅうをあげたら上機嫌になった。


母もまた、嬉しそうにしていた。

きっと、くるめと会わせたのには、無に生きるわたしを何とかしたい。

母なりの、そういう想いがあったのだろうと思う。




✳︎





昔を懐かしむ間に、随分時間が経っていたようだ。

そろそろ終わっただろうか。母に連絡しようと携帯を出したら、フッと目の前に影がさした。

視線を上げて、視界に入ったその人物に驚いた。



「騙された。パートーナーと言いながら、結局お給仕をやらされるってこと?!」



目の前に立つくるめは、期待していたドレス姿ではなく、ウエイトレスの格好をしていた。



「えーっと、それはわたしも予想外だな」



くるめの後ろからあらわれた母は、なぜか楽しそうだった。



「ウエイトレスさんが足りないって聞いてね。大丈夫。裏方のお手伝いだから。ちゃんと、お給料出るわよ。しかも高時給よ」


「やります」



食い気味に応えるくるめ。わたしが止める間もなく、母のお付きの人に案内されていく。



「どういうことですか?」


「どうもこうも、こういう場に連れてこない筈でしょ」


「そのような約束はありません。何があっても、わたしがくるめを守ります。責任だってきちんと取ります」


「ばかね。子供に責任なんて取らせるわけないでしょ。重要なのは、そこにくるめちゃんの意思があるかどうかよ。形だけの“婚約者”なんていくらでも作れるのよ。こんなのは、綺麗な愛じゃないわ」



そんなのは分かってる。

別に、綺麗な愛が欲しいわけじゃない。

汚くてもいい。形が歪でもいい。

ただ、誰よりも早く、くるめの隣にいる権利が欲しいだけだ。


だって、誰にも見せたくない。


触って欲しくない。


その笑顔を見せる相手は、わたしだけでいい。


わたし以外の男と恋するなんてーー絶対に嫌だ。



「もう、いつからそう捻じ曲がっちゃったのかしら。今回はこれで我慢してね」



母から渡されたのは1枚の写真。

そこには、煌びやかに着飾られたくるめが写っていた。

隣に並べなかったのが非常に残念だ。無理やりにでも付いていけば良かった。


“わたし”でいる時、隣はくるめでなければ意味がないのに。



「母上、わたしも着替えて宜しいですか」


「あら?今日はその格好で行くんじゃなかったの?」


「女性に戻ります。この格好で他の女性と話したくありませんから。それにパートーナー同伴は強制ではないですし」


「ーーやだやだ、我が息子の性格がどんどん悪化してる気がするわ」



母の溜息が聞こえた。

今日の目論見が崩れた時点で、最早パーティーなど、どうでもいい。とっとと終わらせて、くるめと2人っきりなりたい。


くるめが居ないなら、男の姿でいる必要はない。

さぁ、戻ろう。世間を欺く姿に。



「ーー失礼な。“わたくし”は、ただ欲に忠実なだけですよ」

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