外伝2〜大編〜

第10話

くるめとの出会ったのは、僕ーー五蒼 大が8才の時だった。



場所は学園。



長い休みの時だけ、初等生専用のラウンジが解放され、自由に出入りが出来る。

そこには、様々な理由で家に居たくない子供達が集まっていた。



僕もその中の1人。

天才ハッカーとしての片鱗が出始め、親や周囲からの期待に疲れ、眠れない日々を過ごしていた。

家に居ると、窮屈で、疲れてしまう。



だから僕は、ラウンジの一角に、おもちゃのブロックで個人スペースを作った。

とにかく、1人で居たかった。

そこでなら、寝れるし、周りの子供達も僕には興味を示さないから、楽だった。



そして、ある日、トイレから戻ってくると、僕の個人スペースに来客がいた。

その来客は、僕のノートパソコンを枕に、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。




(どうしよう。頭痛くないのかな?)




その時の僕は、ノートパソコンより、その来客の身体を心配してしまった。




(パソコンと枕、入れ替えた方が良いかな?でも、起こしちゃったら悪いし)




狼狽えながら、その来客を観察する。

少し茶色がかったサラサラな髪は、肩まで切り揃われ、可愛いらしい顔をした女の子。

格好は黄色い半袖とオーバーオール。

初めて見る顔だ。



ここに来る子供達の大半は、礼儀作法をきちんと学んでいて、こんな風に床に、大の字で寝る子供はまずいない。

だからだろう、ただ単純に興味を持った。



少し近づいて、その柔らかそうな頬を突く。




「んー......」




嫌そうに顔を背けたと思ったら、その指を咥えられた。




(わっ!!)



「にくっ〜」



「おきてる?」




はぐはぐと口を動かす。どうやら寝言のようだ。




(なんか、かわいいなぁ)




思えば、いつも大人に囲まれていて、同い年くらいの子供との接点が余り無かった。

学園には通っていたが、ノートパソコンを弄ってばかりで、物静かな僕に誰も話しかけてこないし、僕も話しかけなかった。




(女の子って、こういうものなのかな)




僕が知ってる女の子はーー正確には僕が見てきた女の子は、いつもどこか澄ましていて、その真意を隠している気がする。



そうして、ぼーっと、その女の子を眺めていたら、突然腕を引かれ、抱き締められた。




(??!!)



「くらえ〜、ローリングアタ......」




何やら呪文のようなモノを唱え、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。

特段苦しいわけでもなく、何だか少しくすぐったかった。

そうしてまた、スヤスヤと寝息を立て始める。

何だか僕も眠くなり、そのまま、その女の子と一緒に眠った。

久々に誰かに抱き締められて、僕はとても幸せだった。





✳︎





誰かの大声が聞こえて、僕は目を覚ました。




「くらぁ!若い男女が一緒に寝るなんて、じっちゃんは許さんぞ!しかも抱き合うなんて!めっ!!」




ゴンっゴンっと、僕とその女の子の頭に拳が落ちてくる。何で僕まで?と思ったが、その拳は全然痛くはなかった。

自分の事を“じっちゃん”と呼ぶその人は、確かこの学園の理事長だった気がする。




「くるめは、寝てただけだもん。はいってきたのは、この男の子だよ。ハレンチなのはそっち」



「何じゃと?おのれ、ワシの孫に手を出したな」




とんだ濡れ衣だ。“くるめ”という女の子に、悪びれた様子はない。




「ちがうよ。僕のスペースに勝手に入ってきたのは君だよ。ほら」




僕は、ブロックの壁を指す。そこにはきちんと、“ごそう だい”と名前が書いてある。




「ほんとうだー」



「本当じゃのう。これはいかん。くるめ、ごめんなさいは?」



「勝手にはいって、ごめんなさい」




ずべぇっと、頭を床につける。世に言う土下座をされた。

僕は慌てて、くるめの身体を起き上がらせた。




「違うよ、怒ってないよ。そんな風に謝らないで」



「でも、じっちゃんは、こうしてたよ?

“せいしんせいい誠心誠意”をこめた、ごめんなさいだって」



「じっちゃん恥ずかしい!くるめ、そういうのは無闇やたらにやってはいかんのじゃ!それは最終奥義じゃ。どうしても許してもらえない時にやるんじゃぞ。分かったか?」



「うん!」



「よし、じゃあ帰るぞ。今日はくるめの大好きな和食じゃ!」



「やったー!!あ、ちょっと待って、じっちゃん」




くるめは、僕に走り寄ってくると、飴を渡してきた。




「ごめんなさいのアメ、あげる。またね。だい君」




そして、走り去ろうとする背中に慌ててを声をかける。




「ま、またね。くるめちゃん」



「うん。じゃあね!」




それからというもの、くるめと一緒に居た日は、良く眠れるようになった。『一緒にねよう』と、誘えば喜んで一緒に寝てくれた(但し、理事長の監視の下)。



長い休みが終わって会えなくなると、浅い眠りばかりになり、僕は苦しくなって、くるめに毎日会いに行った。その生活は、くるめが特別寮に入るまで、ずっーと続いた。



最早くるめは、僕にはなくてはならない存在だった。



だから、こうして特別寮で、一緒に暮らせることが、何より嬉しかった。



くるめは時々、一緒に寝ることを嫌がるが、僕は辞めるつもりはない。



ずっーと、ずっーと、一緒にいたい。



僕の世界で、唯一の希望。



人はそれを“恋”と言ったが、そんな生優しいものじゃないと思う。



“執着”に似た、一種の麻薬のようなもので、二度と抜け出すことは出来ないだろう。





✳︎





「大、なに笑ってるの?」




今日も、僕はくるめの部屋で、くるめの隣で眠る。ここは、僕が安らげる場所。




「ん〜?くるめと初めて会った時のこと、思い出したんだ。あの時は、くるめが侵入してきたなぁって。あれのお陰で、僕はくるめ無しじゃ生きていけない身体になったんだよ〜?」



「人のせいみたいに言わないで」




全てはくるめのせいだよ。きっかけを作ったのはそっち。だからこの狂いそうな世界でも、平静でいられる。



さあ、



僕を利用する大人達よ。



僕からくるめを奪おうものならば、覚悟するが良い。



世界の運命は僕が握っている。



僕の世界を壊すなら、



世界を壊してやる。

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