“七紫 色”は美人(一緒に並ぶとあたしの貧相感が強まる)
第7話
今日は学園がお休み。
せっせと家事をこなしていたら捕まった。
その犯人である七紫 色(ななむらさき しき)は、極上な美人スマイルを装備して、細くて綺麗な手が、あたしの口元に向かう。手にしているのはマカロンだ。最上級品の。
「いや、自分で食べるよ色」
「遠慮しないでくるめ。わたくしが、食べさせたいの」
そのまま、押し込まれるマカロン。
うん。めちゃくちゃ美味いけど。
「美味しい?」
「うん。けど、これ、色にプレゼントされたお菓子だよね」
特別寮のテラスで、あたしと、色はちょっとした、ティーパーティーをしていた。
明らかに、この場には相応しくない清掃員の格好でだ。
色はというと、真っ白なワンピースに、真っ白なレースで編まれたカーディガンを羽織っている。色の長くて綺麗な黒髪が映える格好だ。
「あら。わたくしのものは、くるめのもの。くるめはわたくしのもの、ですから」
「あたし、色のものになっちゃてるよ」
「うふふ」
うふふじゃなくて。
楽しそうに新しいマカロンを掴む色。
「そうじゃなくて、色、一口も食べてないじゃん」
「わたくしは、いいの。美味しそうに食べるくるめを見てるだけで幸せだから」
ああ、なんて可愛そう。
あたしは、そのプレゼントをあげた見知らぬ相手に同情する。
きっと、色に食べて欲しかったに違いない。
色は、老若男女問わず魅了する美人さんだ。まさに大和撫子である。
学園では常にファンに囲まれ、廊下を歩けば、その美しさに人が倒れるという始末。
そんな色とお近づきになりたく、毎日、たくさんの人からプレゼントが贈られる。
というかそもそも、色は男である。
歴史ある日本舞踊の名家に産まれた色は、家の掟で、女性の心や仕草を学ぶ為、成人を迎えるまで女性の格好をしなくてはいけない。
無論。それは世間も承知している。
その上で、モテているのだ。老若男女に!
悔しすぎる。
「で、でもさ、これ凄く美味しいよ?色も食べなきゃ後悔するって」
「そう?では、今度はくるめが食べさせて」
「なぜにそうなる」
「だって、わたくしが食べさせてあげたのだから、交代でくるめの番でしょ?」
決して、そうして欲しいと要望した訳ではないのだが。
「してくれないなら、食べない」
にこりと笑い、こちらの考えを見透かしてるようだった。
確かに見知らぬ相手が可愛そうだから、食べて貰おうとしたが、まさか、そんなオプションが付いてくるとは思わなかった。
「わかった。はいじゃ、口開けてーー」
「ん」
薄く開いた口元に、マカロンを押し込む。その際、ペロッと指先を舐められた。ヒィ!!
「あら本当ね。美味しいわ。とっても」
満足そうに微笑む色。美人コワイ。
「というかさ、見ての通り、寮の掃除とかで忙しいから、解放して欲しいんだけど」
「だめよ。いつもあのクソ野郎共の面倒を見てあげてるのだから、偶にはゆっくりしなきゃ。だから、今日はわたくしが、くるめのお世話をしてあげる」
聞いただろうが。クソ野郎なんて、あるまじき発言。かあーちゃんが泣くぞ。
「色って、アイツらのこと嫌いだよね」
「嫌いではなく、大嫌いなだけよ。わたくしのくるめに、ベタベタ触ってーー。やっぱり、2人だけで寮の生活の方が良かったわね」
「よくない良くない。それ、結局女子寮の同室で過ごすってことでしょ?!」
「当たり前じゃない。どうしてわたくしが、あんな野蛮な男共と、一緒に暮らさなくてはいけないの?」
色も男でしょーが。
喉まで出かかった言葉を何とか飲み込む。
理解は出来る。色が男子寮で生活したら、みんな平静を保てないだろう。
だからといって、女子寮で生活するのも違う気がする。見た目こそは女子の鏡だが、乙女の花園に男がいるのも困る。
そうは言っても女子達は喜びそうだけど。
「なんか、どっちにしろ今の状態がベストなんだね」
思わず遠い目をする。彼らの苦労と、あたし1人の苦労を比べれば、あたしの方が軽い気がする。
「どうして、そういう結論に至るのよ」
ぷくーっと、頬を膨らませる色。そんな顔しても、ただ可愛いだけなんだけど。
「とにかく、掃除とかやっとかないと、煩い人がいるから。もー、ほんとネチネチと嫌味を永遠に言い続けるんだから」
それに家政婦として、バイト代まで出てるし。
歯を食いしばってバイト代分、きっちり働きますよ。
「そんな中、色は自分のことやってくれるし、たまに手伝ったりしてくれるから、ほんと助かってるよ」
「当然よ。あの男共と一緒にしないで。くるめには少しでも楽して欲しいから」
「うわ〜!!色がいてくれて良かった!心強いよ!」
色の両手をぎゅっと握れば、嬉しそうな微笑みが返ってくる。うぅ、眩しい......。
「じゃあ、掃除の続き頑張ってくるね!」
「ちょっと待って。いつも頑張ってるくるめに、ご褒美あげる」
「え?褒美?マカロンじゃなくて?」
「じゃなくて、別のものよ。目を閉じてくるめ」
「う、うん」
言われた通り、目を瞑る。
真っ暗な視界の中で感じるのは、色の香水の匂いだ。
さわやかな、花の匂い。
そして、色の息づかいが聞こえる。
聞こえる?
むしろ、耳元で感じるんだけど、近くない?
「し、色?」
「だめ。目を閉じたまま.....」
ひょぇえええ!!ゾクゾクするから、耳元で囁かないで!
ていうか無理!
目を開けようと意気込んだその時ーー
リンリンリンリンリンリンリンッ!!
けたたましく鳴らす鈴の音が聞こえた。
これは豪があたしを呼び出す時の合図だ。
あたしが目を開けるのと同時に「ちっ」っと色の舌打ちが聞こえた。
「ごめん、色!急いで行かないと!」
「残念だわ。褒美はまた、今度にするわね」
「う、うん!また今度ね」
一体何をするつもりだったのか。褒美が欲しいような遠慮したいような気持ちで、テラスから出て行く。
その際、ちらりと見た色は、何やら上を見上げて、何事かを呟いていたが、その声は小さく、あたしにまでは届かなかった。
「ーー本当に不愉快な音だな。いつも、わたしの邪魔ばかりして」
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