“二橙 萌”は料理上手(一流シェフ。敵いません)

第4話

ようやく星兄から解放されて、迎えた放課後。

あの後の星兄は、あたしの真っ赤な顔を見てから終始機嫌が良く、勉強をいつもより優しく教えて貰った。


しかし、疲れた。脳がこれ以上の勉強はノー、と言っています。




「くるめー、何してるの?」



視線だけ声の方にやれば、ライオンヘアのオレンジの髪が見えた。ああ、多分ーー二橙 萌(にとう ぼう)だろう。

彼もまた、『セブンモンスターズ』の1人。あたしと同世代組の1人である。




「何って、疲れすぎて、休憩中」



「あーそっか。授業大変だもんね。お疲れ様」



萌はあたしの髪をポンポンと撫でる。同い年ではあるが、こういう風に妹扱いされるのは解せぬ。



「萌こそ、どうしたの?」



「もー忘れたの?今日は買い出しの日だよ」



その言葉に、はっと、身体を起き上がらせる。



「しまった!いそがなきゃ!ーーーーと、その前にその重箱、寮に置いてかなきゃね」



萌の手には五段の重箱がある。言っておくが、全て萌の分の弁当である。萌は、背が高くスリムで、モデルのような体型だが、超大食いなのである。

太らない体質って素晴らしい。




「そうだね。じゃあ、オレ、弁当箱置いてくるから、あ、ついでにくるめの鞄も置いてきてあげる。くるめは、ゆっくりおいでよ。裏門で待ち合わせってことで」



明るい笑顔を私に向けると、ダッシュで教室を出て行った。



萌は『セブンモンスターズ』の中で1番、紳士的というか、あたしの中ではまともな人物だ。


ということで、お言葉に甘えてノロノロと準備をしながら、今日の晩ご飯何かなぁと、呑気に考えながら、裏門へ向かう。



学園には寮生の為に食堂という名のレストランみたいなモノがあるが、我が特別寮は基本的には自炊だ。

なぜなら、萌が作る料理はどれも絶品で美味い。三ツ星シェフ顔負けではないだろうか。



萌自体、料理作るのは好きだし、大食らいという理由もあるので、寮では自ら率先してやってくれる。あたしも手伝うが、もっぱら皿洗いとか、少し料理のアシスタントをする程度だ。

そんな、萌は食材にもこだわりがあるらしく、週に数回、買い出しに行く。


まぁ、それも多少の家庭環境が影響している気がする。

萌の家は、日本の食品の約9割を占める大手食品メーカーの会社である。



ようやく、裏門にたどり着けば、既に萌が立っていた。


いや、早っ!!



「えぇ?萌早くない?」


「うん。だって、女の子を待たすわけには行かないでしょ?」



うわ、紳士!アイツらに、是非とも見習ってほしい!



「はい。じゃあ行こう」



そうして右手を差し出した萌。



「いや、いくらなんでも、まだ学園だし」


「でも、誰もいないよ?買い物行く時は手を繋ぐ約束でしょ」



と、萌は素早くあたしの左手を取ると、そのまま恋人繋ぎをする。

なぜ、その繋ぎ方なのか。萌曰く「簡単に外れないでしょ」らしい。


あたしは溜息を零しながら、萌についていく。



萌が料理を作る時に出した条件はこうだ。


一緒に買い物に行くこと。

手を繋ぐこと。


まぁ、当時は中学生に上がったばかりだし、それだけ?と拍子抜けしたものだ。


それが、高校生になってくると、なんだが、手を繋ぐことが恥ずかしい。他の条件にしないかと提案したら、暫く料理を作ってくれなくなって、みんなからは大ブーイング。

一応みんなは、その条件のことは知らない。

萌曰く「そんなことしたら、オレ殺されるから。2人だけの秘密ね」とのこと。


料理を作ってくれなくなるのは困るので。というか余り得意な分野ではないので、学園外なら良いよという条件を足して、渋々了承したのだ。



「今日は何にするの?」



大量の食材を購入して、片手には買い物袋、片手には萌の手という形で帰路につく。



「んー。今日はシンプルにハンバーグにしようかなぁ」



「おお!いいねぇ!萌のハンバーグ超美味しくて好きなんだよね」



「ねぇねぇ、『ハンバーグ超美味しくて』の部分を抜いてもう一度言ってくれる?」



「萌の好きなんだよね?」



「『の』を『が』にして、最後疑問形にならないで言って」



注文が多いんだけど。



「萌が好きなんだよね」



「うん。オレも好き」



そして、ギュとされる手。なんだこの、甘々な雰囲気は。



「なんだが、嬉しそうだね萌。そんなにハンバーグが好きなの?」



残念そうな顔をする萌。え、何、何でそんな顔されなきゃいけないわけ?



「うん。嬉しいよー。ハンバーグ好きだから」



投げやりな返事が返ってくると、見えてきたのは学園の裏門。あたしは手を離そうとするが、萌は拒むように、さっきより強く握る。



「ダメ。まだ学園の外だもん。あの門を潜ったら離す」




そして、少しゆっくり歩く萌。

どんだけ手を繋いでいたいんだよ。




「萌って、たまに子供みたいにだよね」



「お互い様だと思うよ。くるめも鈍くて困るもの」




そして、門の前で止まる萌。

え、入ろうよ。食材早く冷蔵庫の中に入れなきゃ。



「なんかさ、2人で料理作ってるとさ、オレ達って夫婦みたいじゃない?」



え、話し出したけど、それ歩きながらじゃダメなの?



「萌、早く中に入ろうよ」



「ね、くるめはどう思う?」



ちょっ、これ回答しないとテコでも動かないという意思ですか。



「ーーそうだね。萌みたいな旦那さんは素敵だと思うけど」



「そっか。じゃあさ、このまま、2人で駆け落ちしちゃおっか」



何がじゃあさ、なのだ。どこに納得いく点があった。



「萌、駆け落ちっていうのはさ。今までの生活を捨てるってことだからね?例えば、萌は食べることが好きだけど、お金が無いから、豊かな生活は送れない。食費を抑える為に、好きなだけ食べれないからね!ご飯は1人一杯!お腹空いても我慢しなきゃいけないんだよ?出来る?」



「えっ!!やだ!!」



即答かよ。たくさん食べれないのがそんなに嫌か。



「駆け落ちってそんなに危険なものだったんだ。知らなかった。あ、なんだかお腹空いてきた。早く作ってご飯にしよう!」




急に元気を取り戻した萌。

生活基準は食なのか。



まぁ何にせよ。



駆け落ちは甘くはない。

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