“六翠 星”は退屈がお嫌い(だからといって、あたしを巻き込まないで)
第3話
ソファで眠るシトに、毛布を掛けると、
洋楽の爆音を流した犯人である、深緑の髪と伊達眼鏡を掛けたインテリ系なイケメンーー星兄を呆れた表情で見つめた。
「星兄って、やることえげつないよね。本当に、警視総監の息子?」
「俺は、ただ、お気に入りの音楽を流しただけだが?それと、親父の肩書など俺には関係ないが、親子という観点に疑問を抱いているなら、DNA鑑定してみるのも面白いかもな」
「いや、そこじゃなくてーー」
シトとの会話を爆音で邪魔する前、あたしがキッチンでお茶を淹れてる時、勝手口から星兄が入ってきたのだ。
あ、星兄と呼んでいるが、実の兄では無く、本名は六翠 星(むすい せい)という。一つ年上なのだが、頼れるお兄様的なポジションだったので、そう呼んでいる。
で。話を戻してーー。
勝手口から入ってきた星兄に、めちゃくちゃびっくりしたのだが(だって授業中だし)。
叫び出しそうだった、あたしの口を押さえた星兄は、シトが飲む湯飲みの中へ、何かの錠剤を入れたのだ。
まさかーー、退屈な日常に飽き飽きして、とうとう犯罪に手を染めたのか?!
あたしの動揺を知ってか、星兄は小声で話しかける。
「阿呆な事を考えるな。最近眠れないらしいからな。ただの睡眠薬だ。たまには、ゆっくりさせてやれ。言っとくが、俺が来てる事と薬の事は黙ってろよ」
何だが、それは人間として良くないんじゃない?と思ったが、後が怖いのでうなづいておく。
そして、当たり前のようにシトはお茶を飲み、そして爆音のお陰で星兄の存在がバレたのだが(えっ、てか黙ってろって言ってたよね?)、シトがブチ切れる直前にその意識もプツリと途切れ、見事夢の世界に旅立ったのだった。
「なんだ、薬のことか?それならきちんとマネージャーに許可を貰っている。むしろ是非にと言われたくらいだ。仕事熱心なのは良いことだが、休息も時には必要だ」
「意外なんだけど......なんだかんだ言って面倒見いいよね」
「そう解釈するか。くるめの頭の中は能天気でいいな。さ、邪魔者が居ないうちに、生徒会室へ行くぞ」
「え?あたしも?」
「当然だろう。むしろお前がいなきゃ成り立たん」
星兄は、生徒会長を務めているのだが、その活動スタイルは変わっている。
基本、星兄は1人で仕事をしたいそうで、生徒会の役員と会って会議するのは1ヶ月に1〜2回程度。
訳を聞けば、「無能な奴等と同じ空間にいることに耐えられない」とのこと。
あたしからしたら、全然無能ではないのだが。
それなのに、あたしに生徒会の仕事を手伝わせるのだ。結構な頻度で。
まぁ主に雑務というか、掃除が多い。何せ、潔癖な星兄は、常に清潔な空間に居たいのだ。
「なんか、もう生徒会に入ろうかな」
見慣れた生徒会室に来ると思う。生徒会役員と同じくらいの頻度で入り浸ってる気がする。
「ダメだ」
星兄は本棚に向かって何かを探しながら、私の呟きに返事をした。
「冗談だよ。優秀な役員の中にあたしがいたら、逆に浮くよ」
「それもあるがーー」
うん。否定しないよね!
「俺が、好きなようにこき使えん。座れ」
星兄の視線が、2人掛けのソファが向かい合う場所を指す。
「ーーあたしは、こき使われるの好きくないんだけど。てか、授業はいいの?」
「あんな退屈な授業に出る価値はない。出るくらいなら生徒会の仕事をしてた方がまだマシだ」
うわっ、言ってみたいわーそんなセリフ。
「そーですか。けど、あたしには大事な授業なんで行ってきても良いよね」
ハイレベルな授業に必死に食いついている身なのだ。じっちゃんの孫という理由だけで強制連行されたが、それでも一応、申し訳ない程度には頑張ろうと思っている。
「今更戻ったところで、無駄なことだ。それよりも、もう直ぐ試験が近い。俺がテスト範囲の勉強を教えた方が有意義だと思うが」
そう言って、星兄が出したのは、去年の過去問だ。
あたしが、テストの平均点をギリギリ超えられているのは、全て星兄のお陰なのだ。何より教科担任より分かりやすく教えてくれる。
「うっ......!否めない......」
「だろう?」
星兄は僅かに口角をあげ、ニヤリと笑った。
「というかさ、気になってたんだけど、なんで、あたしが、寮に戻ってたの知ってたの?」
教科書を広げながら、ふと疑問に思った事を尋ねた。
別に星兄に連絡をしたわけでもないのに。
「ああ。偶々、授業を抜け出した時に、必死に寮に走っていくお前を見たからな。どうせ、シトに呼び出されたんだろうなと。2人きりにさせるのは不愉快だから俺も向かったわけだ」
「まさか、不愉快だから睡眠薬入れたわけじゃないよね......」
「ああ勿論。不愉快だったが、建前があれば問題ないだろう?偶々、マネージャーにも会ったしな」
「さいですか......てか、睡眠薬を持ってた事にびっくりしたんだけど」
「何かあった時に便利だろう?今日のように」
さも当然のような口振りだが、一体どこの世界の常識ですか。
「それより、くるめは危機感が足りん。今のように、男と2人きりになるのは避けた方がいい」
「えぇ?勝手に状況がそうなるわけで、別にどうこうなるわけじゃないし、ヤツらだし」
「それがダメだと言ってる。現にシトに抱かれていただろう」
「抱かれてっ!?言い方!!きちんと、断った上で抱きついてきたの!ちゃんと、ぶん殴って引き剥がそうと思ったから!」
「じゃあ、練習をしよう」
「はっ?練習?」
向かい合わせで座っていた星兄は、あたしの横に密着するように座った。
「うへぇえ?ちょっ、近い!何するつもり?!」
「男に迫られても、きちんと対処する練習だーーくるめ」
「ぎゃあああああ!」
やめて!耳元で甘ったるい声で呼ばないで!気味が悪い!
「必要?必要なの?その練習?!今?」
「今、必要だからやるんだ」
ツツツーっと、私の首筋をなぞる手を掴む。
「星兄!やめて、勉強、勉強教えてよ」
「これも勉強だ」
違う!絶対違う!ーーって、ちゅって、今首筋舐めた?!
「ちょぉっーーと!星兄!アウト!アウトです!犯罪です!」
「いい匂いがする、くるめが悪い。その口も、『星兄』と呼ぶ声も、サラサラな栗色の髪も、全部。俺を悪くさせる。触れたくなる」
尚も迫る星兄。その目には獰猛さが窺える。コイツ、マジだ。マジで襲おうとしている。
あたしは、空いてる手で、ノートを掴むとその顔面に押し付ける。
「はい!おしまい!」
「邪魔だ」
いともたやすく、星兄の手ではたき落とされる。
ヤバイ。
これはもう、しょうがない。
「ーー超スーパーローリングアタック!!!」
「ーーなっ!!」
プロレス技ーー相手を転がして引き剥がす技を、あたしは見事に決めたのだ。
その際、ソファーから落っこちて、身体を強打したが、致し方ない。
若干、痛そうにする星兄。大丈夫!あたしも痛い!お互い様でしょ!
「はい。見事に迫りくる男を振り払ったでしょ!勉強、テスト勉強を教えてください!」
自分でも分かる位、その顔は真っ赤に違いない。
教訓。
星兄は変態。セクハラにはプロレス。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。