第3話 お礼の言葉


「わぁ……魚がいっぱい」


 透明な流水の中で魚が流れに逆らって泳いでいる。光が銀色の鱗が反射し水面に歪められボクの瞳に届く。


「何か手があるって言ってたけどどうするの? 素手じゃ捕まえられないだろうし……釣竿もないよ?」


「ふっふっふっ。ここはお姉さんに任せておきない! 翼は使えたから、女神の力も一部は使えるはず……!!」


 セリシアは翼を光の粒子に戻し、それを手元に集め一冊の本にする。ペラペラとページを捲っていき、本の中に手をまるで池に突っ込むように挿入する。


「じゃっじゃーん!」


 彼女は誇らしげに取り出した物を持ち上げ掲げる。

 それは木の柄に石でできた先端部分で造られたモリだ。切先はかなり鋭利で容易に鱗を貫けそうだ。


「お姉さんが獲ってくるから待っててね!」


 彼女は既に誇らしげな表情を浮かべモリを構えて川の方に近づく。


「狙いを定めて……うわっ!!」


 可愛らしい声を出し狙いを定めてモリを投げる。しかし石につまづいてしまいそれは明後日の方向に飛んでいき、大きく弧を描いて水に真っ逆さまに落ちていく。

 

「うへぇ……服に泥が……」

 

 セリシアの白い服には泥がついてしまっており、ところどころ汚れてしまっている。

 

「大丈夫?」


「う、うん……魚を獲るって難しいんだね……」


「えっ、いやあの……モリは水の中に入って使うんじゃないかな? 少なくとも川の中に潜ってやるんじゃ……」


「えっ!? そうなの!?」


 どうやらセリシアは全知全能というわけではないようだ。元女神様だがどこか抜けている。


「うん……ちょっと貸してみて。できるかどうか分からないけど」


 ボクは彼女にもう一度出してもらったモリを受け取り、服をパンツ以外全て脱いでから川の中に入る。

 ほどよく冷たく心地良い温度だ。それに外から見た通り澄んでいて水の中で目を開けても痛くない。


 魚……いた……大きいのがいいよね。


 綺麗な川だからか魚はたくさん泳いでいる。いっぱい食べれた方が良いのでボクは一番大きな、両手で収まらないほどの大魚を狙う。


 お腹……空いた……


 水の中でも聞こえるほどグゥ〜と腹の音が鳴る。自然と視線が狙いを定めた大魚に引き寄せられる。

 ボクはそこまで食い意地が張っている方ではない。施設でもあまり食べさせてもらえないしお金もないのでそういうことはあまり考えないようにしていた。なのに異世界に来てからやたらお腹が空き食欲が抑えられない。


 食べたい……早く……!!


 手に力が入り目が血走る。ボクは地面を強く蹴り、水中の中とは思えないほどの推進力を発揮し、逃げる隙など与えず大魚の腹にモリを突き刺す。


「獲った!!」


 ボクは水面から飛び上がり大魚を外気に晒す。


「おぉやるね! じゃあ早速料理しましょうか!」


 セリシアは本から枯葉や枯れ枝を出し、手から小さな火の粉を出して着火する。


「魔法……? こっちにはそういうのあるんだ」


「異世界には地球にはないマナっていう特殊な粒子が大気に漂っててね。そのおかげで魔法を扱えるの。

 まぁ今の私だと火属性魔法は火の粉を出すのが限界だけれどね……」


「火属性?」


 ボクは何も知らない魔法というものに好奇心を掻き立てられる。


「そう。魔法は属性ごとに大まかにだけど分類されていてね、火、水、風、土、雷、光、闇があるの」


「そうなんだ……」


 ボクはその火属性魔法で付けられた焚き火に近寄り濡れた体を温める。


「魚はこっちで捌いておくから休んでて」


「うん……捌けるの?」 


「そ、それくらいできるよ!」


 先程の頓珍漢なモリの使い方から心配はあったが、彼女は手際良く食器や調理器具を用意して大魚を捌き焼いてくれる。


 あの本とセリシアの言葉から……知識はあるけど実体験は少ないってことなのかな? 神様は極力世界には干渉しないって言ってたし。ボクと同じで右も左も分からないのかな……


 そんな状態だというのにボクの不安を煽らないためか、強がり頼り甲斐があるように虚像を見せているのかもしれない。


「はい! できたよどうぞ!」


 ボクの体が乾き服を再び着たところで料理が出来上がったようで一皿渡してくれる。


「ごめんね。女神の力はほとんど使えなくて、物をたくさん出すことすらできなくて……簡単な味付けしかできなかったけど不味くはないと思うから!」


「美味しさなんていいよ……それよりありがとう」


 ボクは彼女の近くに腰をかけるついでにそのままもたれかかる。


「……へ?」


 今まで抱きつく度嫌がられていたので、いきなりの態度の変わり様にセリシアは感情の整理ができず間抜けな声を漏らす。


「正直一人で心細かったから……だから……ありがとう。これからもずっと一緒に居てね」

 

「……うん!」


 それから若干甘い味のする魚焼きを頬張るのであった。

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