閑話:とある当主代行の物語①
――これは小百合が桜那様と、
■■■
「なぁ、お嬢が巫女装束なら、俺もそっち系で良くない?」
「似合っていますけど?」
一瞥し、音もなく私は微笑みます。タキシードに蝶ネクタイ。見事なドレスコードです。
眼前に広がるのは、調和の取れた日本庭園。公儀御庭番の局長、本邸ですからミスマッチな感は否めません。ただ、赤龍、青龍それぞれ化けた、朱色の蝶ネクタイ。紺碧のタキシード。その発する妖気は、安倍家の陰陽師を沈黙させるのに十分でした。
かつ、音無家の鬼――紺野君をお行儀良く、させてくれる二人です。前に来た時は、メイドさんのお胸ばかり、ジロジロ見る紺野君でした。これは慎ましい私への当てつけでしょうか?
首元の
股間をはじめとした人体の急所は、
「おぉ眼福――んぎゃぁぁぁぁっ!」
言っている傍から、これです。
まぁ、彼のこういうところも、澱んだ空気をほぐす清涼剤でしょう。許嫁とジャれるのは、ほどほどにして欲しいと思いますが。
「音無殿、〝が〜でにんぐ〟談義としゃれ込みたいところだが、今宵は審問の儀。厳粛にお願いしたい」
いつになく、近藤さんの表情が固いのは、彼も言うなれば安倍家の陰陽師。自身の庭に土足で上がり込まれるような真似は、承服しかねるといったところでしょうか。
中央に近藤さん。上座に私と紺野君。下座には、副局長の土方さん。
そして縁側より下。そこからが境界線と言わんばかりに、白砂利が敷き詰められた――白洲に、社務長をはじめ、今回の騒動に関わった御庭番衆、庭番見習が正座で座らされていたのでした。
そのなかには、足利庚君もいるようです。
「ところで、音無殿。今宵は、御神木のお嬢様はお連れしないのか?」
「ふふ。彼女は、お友達ができたんですよ。今日はそちらへ、です」
「左様か。
そう視線を紺野君に向けます。紺野君は、俯いて何かに耐えている様子。霊視で見れば、人型と化した赤龍が首筋に接吻を。青龍はナニやらを弄んで――これ以上は見てはいけません。ちょっと破廉恥です。それなりの霊力がなければ、龍や鬼を可視できないのは道理ですが、視えないからと言って、ナニをしても良いわけではないのですよ、紺野君?
「……俺?!」
だいたい、龍は嫉妬深いのです。ちゃんと、彼女達のお相手をしないから、公衆の面前で抑えきれないのです。恋する乙女はいつだって情熱的なんですからね。
「……う、羨ましい……」
なかには霊力だけ高い子だっていますからね。白洲が鼻血で染まりましたが、これはこれで見物でした。
「それでは、これより審問をはじめる」
近藤さんの宣言に、庭の空気がぶぅんと、震えます。
一見、陰陽師達を裁こうとしているように見えますが、とんでもない。
私達は、近藤さんの箱庭に招かれ――これから裁きを受けるのですから。
■■■
「社務長」
「はっ」
芹沢さんは、ガラにもなく伏礼しました。それほど、近藤さんが本気を出すことは、御庭番衆にとって恐ろしいということでしょう。
「御庭番衆が管理する御庭に、他家の介入があった。これに相違ないか?」
「はっ。仰せの通りでございます」
この白砂利が敷き詰められた庭は、俗に
「異議あります。私は、近藤さんに御神木の観覧を許可されました。それは、当家の御神木である小百合も、また同じこと。何より私達は御庭を踏み荒らす真似は一切しておりませんよ?」
「局長、異議あり」
社務長、芹沢さんが手を上げました。
「ふむ。述べよ」
「我々は、確かに音無家の式神より、襲撃を受けました。ここにいる、陰陽師達も証言できましょう」
「ほぉ?」
そう言葉を漏らしたのは、近藤さん――ではなく、紺野君でした。私は、あえて止めません。
ぱりっ。
ぱりっ。
白洲の石が割れます。
本来はあり得ないことです。近藤さんの
この場では、近藤さんに発言許可を求めることことが、最低限の理。それがルールなのです。そのルールを犯せば、処罰が下される。現に、この庭に生える御神木が、葉を揺らし。枝を槍のように、紺野君に突き刺そうとしています。
(まぁ……ムダですけどね)
刹那、枝が燃えました。
赤龍が咆哮を上げます。
――私の
この声をお聞かせできなくて、残念。
そして聞けた子は僥倖でしたね。だって、耳を焼かれちゃいましたから。
「汝に、問う」
パリン。
パリン、パリン、パリン。
白洲の小石が次から次へと砕けていきます。
「御神木の観覧を許しておきながら、俺達に【焔の符】を向けたのは、何故だ?」
これは詭弁です。しかしながら、私達にとっては必要な言霊です。
なぜなら、御庭番衆は、桜那様の所有権を要求するのは目に見えていましたから。
イスカ師の画策も同様でしょう。
この御白洲の場に彼がいないのは……近藤さんの【理】のなかで、平等な裁きなど、
ならば――許可をしておきながら、我が御神木に火をくべようとした。その行いを、この【理】のなかで正す。それが紺野君がこね回した詭弁です。ただし、そこに【理】が通れば、それは【真言】と成り得るのです。
「決して、音無家の御神木に護符を向けたわけでは――」
ぱりん、また石が割れて。
池の水が吹き出て、社務長の口を覆いました。そのまま、巨大な水泡は、社務長の口から離れようとしません。青龍による、水の呪。御庭番衆の皆様は、音無家を少し、舐めすぎたようです。
我が家は【音に無し】【音を為し】【音が成す】故に音無です。真言の言霊を前に、私達を論破できると、本気で思ったのでしょうか?
「庭番の長、その許しもなく、発言をするのは不敬ではなかったのか?」
紺野君は唇を歪ませ、笑います。まさに鬼の嗤い。もう充分でしょう。私達は、桜那様の生活を守る交渉の舞台に、ようやく立つことができるのです。
「かなわんな。これ以上、庭を荒らされたら大損害だ」
近藤様が、小さく息をつかれました。これは、どうやら許容していただけるようです。
「荒らすなんて、人聞きが悪い。御庭番衆の皆様の視点での論理、そして私達の論理を聞いたうえで、近藤様がご判断されるてこそ御白洲。ただ繊細な御庭に、少しだけうちの鬼の妖力は強すぎたようですね」
「龍も連れて、よく言う。見ろ、トシがウズウズしているじゃないか」
局長様は悩まし気に唸ります。見れば、嬉々とした目で、紺野君を見る副局長――学校では教頭の土方さんでした。二匹の龍が、むすっとしたのが分かります。でも安心してください、貴女達の恋のライバルには絶対になりませんからね。
「……あい分かった。もともと、総理より両国の友誼の証として、ウィンチェスターからは魔石の輸出を。大日本皇国からは、御神木の挿し木を譲渡する段取りになっている。だが、それ以上は譲渡するつもりはない」
「そうですか、それを聞いて安心しました――」
それなら、交渉の余地がある。でも、ココからが寛容。ウィンチェスターの殿下と櫻さんが望むのは、桜那さんですから。本腰をいれて交渉を――そう思った瞬間でした。
風が渦巻きます。
白洲の石を巻き込み、陰陽師達を吹き飛ばします。
白洲に描かれた光の陣。それは背戒樹と聖女を象った、ウィンチェスターの印章でした。
ごくり、と。
思わず、私は唾を飲み込みます。
これほどまでの霊力――あちらでは、魔力と呼ぶ――その力に、流石の私も冷や汗が流れます。
■■■
「突然の訪問、先触れもなく失礼する。どうしても、お話をしておきたかったもので」
誰もが、目を見張ります。
結界で閉ざされた、御庭番衆の本邸を、魔術で壊すこと無く侵入する輩がいるなど、誰が信じられるでしょうか。
ウィンチェスター王家、王位継承第一位。
アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスター。あちらでの魔術研究、第一人者。改めて、その卓越した魔術を、こは肌で感じることができました。今の陰陽道では、どうこねくり回しても、転移なんてできるはずもありません。
「……我が王子に魔術を向けた非礼は、この非公式の会合で手打にしていただけないかしら?」
ウィンチェスター王家、宰相の愛娘にして軍師の異名をもつ、マーガレット・アンデレ。
この三日間に、我が国と締結した条約の全てに、彼女が絡んでいるのです。マーガレット様を表現するの言葉として「才媛」一言では、とても足りません。
そんな彼らを憎々し気に見る視線を、私は感知してしまいました。
――鬼めっ。
足利庚が、呪詛のように呟いた言葉すら、ウィンチェスターの王子様は涼し気に受け流していたのでした。
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