閑話:とある当主代行の物語①



 ――これは小百合が桜那様と、義姉妹ぎきょうだいの契りを交わしてから、3日後の。淑女の物語でございます。




■■■





「なぁ、お嬢が巫女装束なら、俺もそっち系で良くない?」

「似合っていますけど?」


 一瞥し、音もなく私は微笑みます。タキシードに蝶ネクタイ。見事なドレスコードです。


 眼前に広がるのは、調和の取れた日本庭園。公儀御庭番の局長、本邸ですからミスマッチな感は否めません。ただ、赤龍、青龍それぞれ化けた、朱色の蝶ネクタイ。紺碧のタキシード。その発する妖気は、安倍家の陰陽師を沈黙させるのに十分でした。


 かつ、音無家の鬼――紺野君をお行儀良く、させてくれる二人です。前に来た時は、メイドさんのお胸ばかり、ジロジロ見る紺野君でした。これは慎ましい私への当てつけでしょうか?


 首元の赤龍ネクタイ

 股間をはじめとした人体の急所は、青龍タキシードが。生殺与奪を握られていることを、くれぐれもお忘れなきよう。


「おぉ眼福――んぎゃぁぁぁぁっ!」


 言っている傍から、これです。

 まぁ、彼のこういうところも、澱んだ空気をほぐす清涼剤でしょう。許嫁とジャれるのは、ほどほどにして欲しいと思いますが。


「音無殿、〝が〜でにんぐ〟談義としゃれ込みたいところだが、今宵は審問の儀。厳粛にお願いしたい」


 いつになく、近藤さんの表情が固いのは、彼も言うなれば安倍家の陰陽師。自身の庭に土足で上がり込まれるような真似は、承服しかねるといったところでしょうか。


 中央に近藤さん。上座に私と紺野君。下座には、副局長の土方さん。


 そして縁側より下。そこからが境界線と言わんばかりに、白砂利が敷き詰められた――白洲に、社務長をはじめ、今回の騒動に関わった御庭番衆、庭番見習が正座で座らされていたのでした。

 そのなかには、足利庚君もいるようです。


「ところで、音無殿。今宵は、御神木のお嬢様はお連れしないのか?」

「ふふ。彼女は、お友達ができたんですよ。今日はそちらへ、です」


「左様か。深縹童子こきはなだどうじ殿がいれば、詮無きことということか」


 そう視線を紺野君に向けます。紺野君は、俯いて何かに耐えている様子。霊視で見れば、人型と化した赤龍が首筋に接吻を。青龍はナニやらを弄んで――これ以上は見てはいけません。ちょっと破廉恥です。それなりの霊力がなければ、龍や鬼を可視できないのは道理ですが、視えないからと言って、ナニをしても良いわけではないのですよ、紺野君?


「……俺?!」


 だいたい、龍は嫉妬深いのです。ちゃんと、彼女達のお相手をしないから、公衆の面前で抑えきれないのです。恋する乙女はいつだって情熱的なんですからね。


「……う、羨ましい……」


 なかには霊力だけ高い子だっていますからね。白洲が鼻血で染まりましたが、これはこれで見物でした。






「それでは、これより審問をはじめる」


 近藤さんの宣言に、の空気がぶぅんと、震えます。

 一見、陰陽師達を裁こうとしているように見えますが、とんでもない。

 私達は、近藤さんの箱庭に招かれ――これから裁きを受けるのですから。






■■■






「社務長」

「はっ」


 芹沢さんは、ガラにもなく伏礼しました。それほど、近藤さんが本気を出すことは、御庭番衆にとって恐ろしいということでしょう。


「御庭番衆が管理する御庭に、他家の介入があった。これに相違ないか?」

「はっ。仰せの通りでございます」


 この白砂利が敷き詰められた庭は、俗に御白洲おしらすと呼ばれています。近藤さんのルール通りに裁きを行う。この箱庭では、近藤さんが絶対的な庭師なのです。御神木である、桜那様が欲しい。それが近藤さんの真意でしょう。花や木に対して、時に近藤さんの執着は病的ですらあります。


「異議あります。私は、近藤さんに御神木の観覧を許可されました。それは、当家の御神木である小百合も、また同じこと。何より私達は御庭を踏み荒らす真似は一切しておりませんよ?」

「局長、異議あり」


 社務長、芹沢さんが手を上げました。


「ふむ。述べよ」

「我々は、確かに音無家の式神より、襲撃を受けました。ここにいる、陰陽師達も証言できましょう」

「ほぉ?」


 そう言葉を漏らしたのは、近藤さん――ではなく、紺野君でした。私は、あえて止めません。


 ぱりっ。

 ぱりっ。

 白洲の石が割れます。


 本来はあり得ないことです。近藤さんのことわりを――これは、ルールを打ち砕くこととイコールです。


 この場では、近藤さんに発言許可を求めることことが、最低限の理。それがルールなのです。そのルールを犯せば、処罰が下される。現に、この庭に生える御神木が、葉を揺らし。枝を槍のように、紺野君に突き刺そうとしています。


(まぁ……ムダですけどね)


 刹那、枝が燃えました。

 赤龍が咆哮を上げます。


 ――私の雅春マサ君に誰の許可を得て、触れようとしているのかな?


 この声をお聞かせできなくて、残念。

 そして聞けた子は僥倖でしたね。だって、耳を焼かれちゃいましたから。


「汝に、問う」


 パリン。

 パリン、パリン、パリン。

 白洲の小石が次から次へと砕けていきます。


「御神木の観覧を許しておきながら、俺達に【焔の符】を向けたのは、何故だ?」


 これは詭弁です。しかしながら、私達にとっては必要な言霊です。


 なぜなら、御庭番衆は、桜那様の所有権を要求するのは目に見えていましたから。

 イスカ師の画策も同様でしょう。


 この御白洲の場に彼がいないのは……近藤さんの【理】のなかで、平等な裁きなど、はなからするつもりはないからです。


 ならば――許可をしておきながら、我が御神木に火をくべようとした。その行いを、この【理】のなかで正す。それが紺野君がこね回した詭弁です。ただし、そこに【理】が通れば、それは【真言】と成り得るのです。


「決して、音無家の御神木に護符を向けたわけでは――」


 ぱりん、また石が割れて。

 池の水が吹き出て、社務長の口を覆いました。そのまま、巨大な水泡は、社務長の口から離れようとしません。青龍による、水の呪。御庭番衆の皆様は、音無家を少し、舐めすぎたようです。


 我が家は【音に無し】【音を為し】【音が成す】故に音無です。真言の言霊を前に、私達を論破できると、本気で思ったのでしょうか?


「庭番の長、その許しもなく、発言をするのは不敬ではなかったのか?」


 紺野君は唇を歪ませ、笑います。まさに鬼の嗤い。もう充分でしょう。私達は、桜那様の生活を守る交渉の舞台に、ようやく立つことができるのです。


「かなわんな。これ以上、庭を荒らされたら大損害だ」


 近藤様が、小さく息をつかれました。これは、どうやら許容していただけるようです。


「荒らすなんて、人聞きが悪い。御庭番衆の皆様の視点での論理、そして私達の論理を聞いたうえで、近藤様がご判断されるてこそ御白洲。ただ繊細な御庭に、少しだけうちの鬼の妖力は強すぎたようですね」


「龍も連れて、よく言う。見ろ、トシがウズウズしているじゃないか」


 局長様は悩まし気に唸ります。見れば、嬉々とした目で、紺野君を見る副局長――学校では教頭の土方さんでした。二匹の龍が、むすっとしたのが分かります。でも安心してください、貴女達の恋のライバルには絶対になりませんからね。


「……あい分かった。もともと、総理より両国の友誼の証として、ウィンチェスターからは魔石の輸出を。大日本皇国からは、御神木の挿し木を譲渡する段取りになっている。だが、それ以上は譲渡するつもりはない」

「そうですか、それを聞いて安心しました――」


 それなら、交渉の余地がある。でも、ココからが寛容。ウィンチェスターの殿下と櫻さんが望むのは、桜那さんですから。本腰をいれて交渉を――そう思った瞬間でした。


 風が渦巻きます。

 白洲の石を巻き込み、陰陽師達を吹き飛ばします。


 白洲に描かれた光の陣。それは背戒樹と聖女を象った、ウィンチェスターの印章でした。


 ごくり、と。

 思わず、私は唾を飲み込みます。


 これほどまでの霊力――あちらでは、魔力と呼ぶ――その力に、流石の私も冷や汗が流れます。





■■■






「突然の訪問、先触れもなく失礼する。どうしても、お話をしておきたかったもので」


 誰もが、目を見張ります。

 結界で閉ざされた、御庭番衆の本邸を、魔術で壊すこと無く侵入する輩がいるなど、誰が信じられるでしょうか。


 ウィンチェスター王家、王位継承第一位。

 アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスター。あちらでの魔術研究、第一人者。改めて、その卓越した魔術を、こは肌で感じることができました。では、どうこねくり回しても、転移なんてできるはずもありません。


「……我が王子に魔術を向けた非礼は、この非公式の会合で手打にしていただけないかしら?」


 ウィンチェスター王家、宰相の愛娘にして軍師の異名をもつ、マーガレット・アンデレ。


 この三日間に、我が国と締結した条約の全てに、彼女が絡んでいるのです。マーガレット様を表現するの言葉として「才媛」一言では、とても足りません。


 そんな彼らを憎々し気に見る視線を、私は感知してしまいました。






 ――鬼めっ。





 足利庚が、呪詛のように呟いた言葉すら、ウィンチェスターの王子様は涼し気に受け流していたのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る