世界樹の守護者達は日本でも無双する
「櫻、会いたかったわ」
「メグっ」
変わらない。メグ――マーガレット・アンデレは、ずっとこうだった。多くは語らない。でも誰よりも察してくれる。エリィーとともに、ずっと私に寄り添ってくれた親友で。エリィーは立場上、距離を置かざるえなかったが、メグは宰相の愛娘にして、宰相一家は元々、市井の出自。才媛としての資質、生娘の気安さがある。それがメグだった。
「ママ……だぁれ?」
私の後ろに隠れながら、おそるおそる顔を出す。
「はじめまして」
にっこりとメグは笑う。
「エルメールでは確認していたけれど、この子が桜那ちゃん?」
「エルメール?」
何それ? 初めて聞いた。
「あれ、知らない? エルはね、世界樹の眷属だもん。世界樹と聖女を行き来できるのよ。世界をまたいだ妖精は、エルが初めてかもね。エルが届けてくれる
「なに、それ?! 私、聞いてないけど?」
『だって、最初は魔力循環そのものを櫻は拒否していたじゃんか。気脈に
エルにド正論を言われて、ぐうの音も出ない。だって、魔術は日本では相容れないものだと、あえて自分で
「初めまして。私は、マーガレット・アンデレ。親しい人達は私をメグって呼ぶの。よろしくね?」
メグはスカートの裾をつまみ、綺麗にカーテシーをする。いち見ても彼女は、淑女
の鑑。私は、あんな風に一礼できない。
「マーガレットしゃん? でも、お
「綴りをね、略すとメグなの。大丈夫よ、桜那ちゃんは頭が良いから、すぐ憶えられるわ。でも、魔術バカにならないように、教育は慎重にね、櫻?」
「誰が魔術バカだ、錬金バカ」
アスが、ぶすっと頬を膨らませる。王宮では見せない、守護者パーティーで見せる表情だ。
「はいはい、櫻が居るからってアステリアはデレすぎよ」
「「デレ?!」」
つい私のアスの声が重なった。
「なかよし~」
「仲良しですの」
『世界樹先輩もそのうち、慣れるって。あいつら、息を吸うようにイチャつくから用意注意なんだからな』
世界樹コンビの二人は兎も角、エルは言いがかりも甚だしい。私とアスのどこに、イチャつく様子があったのか。
「はいはい、二人が相変わらずということは分かったわ。アステリア……ヘタレね」
メグが悩ましげに、ため息をつく。
「な?! まだ再会して間もなくで、俺にどうしろと――」
「もう、良いわ」
さらっとメグは流した、その瞬間だった。
「む、む、む、ムシをスルナァァアァァァっっ!!」
イスカの怒声が再び、気脈を介して響き渡ったのだった。
■■■
「貴方も、久しぶりじゃない。イスカリオテ・ダダイ?」
「……マーガレット・アンデレっ!」
「状況を整理させてね。櫻を何がなんでも欲しい貴方は、世界樹を
流暢に分析するメグに、イスカは歯軋りを――しているところ悪いが、エルの間違いメールをそのまま読んだらしい。陰陽師は決して祭りの掛け声のような「おんどーりゃ」とは読まない。腹の力が抜けるから、やめて……。
「……気脈の力は削いだ。それなのに、殿下。貴方はなぜ2回も召喚術が使えタ?!」
「あぁ、そんなことか。一回目は、エルに頑張ってもらったのさ」
ニコリともせずに、アスが言う。
『……え? ボクが消えかかったのって、気脈に力を吸われたんじゃなくて、王子のせい……?』
エルが唖然として王子を見る。
「流石、世界樹の眷属。聖女の騎士だ」
『お、お前! クソ王子、ボクは消えかけたんだぞ!』
「櫻がすぐ聖女の魔術で回復させただろ?」
『ふ、ふ、ふざけ――』
「そんなことよりも、2回目の召喚は……どういうことだ? 気脈の閉塞が消えたことも――」
『そんなことって言うなぁ!』
私はエルの頭をヨシヨシ撫でてあげる。後で、エルの好きな鯛焼きを買ってあげようと、心に決めた私だった。
「えぇ、確かに気脈は閉塞していましたの」
「だな」
鬼のお兄さん? も首肯する。
「ですから、私は桜那様とお友達になったのですの」
「でしゅの」
桜那は混ざらないで。余計に収拾がつかなくなる。
「意味が分かラナ――」
「あら? イスカリオテ・ダダイ様は、
「は……?」
イスカと一緒に目を丸くする。これまでの情報を照らし合わせると、小百合ちゃんは、陰陽寮四家、音無家の世界樹ということになる。
「音無の土地の精を、桜那様にお貸ししましたの。
そう面と向かって褒められると、照れちゃう。
「……そういうコト、カ」
イスカは言葉を、吐き出す。
「ダガ、その程度でチャンスを得たと思うのは、間違いダ」
イスカが笑む。それが合図かのように、庚君達、御庭番衆が灯の灯った、護符をちらつかせた。
「ヤレ」
イスカの命令に一気に――火が消える。
「……ハ?」
イスカは唖然とし、私はほっと胸を撫で下ろす。
――時間を稼いでね。
ぎゅっと、抱きしめられながら、メグはそう囁いた。それから、エルメールで指示を飛ばす。
防御なんて、到底無理。守備力ゼロ。通さないのは、気体のみの結界だ。精を保護する時に使う、初級結界である。そこに、メグが丸薬を落とした。効能は酸素のみを吸収する。二酸化炭素で急成長する、錬金素材――特殊薬草の栽培に必要不可欠な、丸薬だった。
私はそれを見て、事前に
「聖歌123番、ねむれよいとしご」
私は口ずさむ。小百合ちゃんは、私を真似て、一緒に。桜那も、そんな私達を見ながら、たどたどしく、歌う。
気体を通さない結界は、音も通しにくい。
その結果――。
庚君が一番、最初に欠伸をした。次々と、欠伸が重なっていく。一人一人、脱力していく。歌い終わって見やれば――陰陽師達は、一人残らず夢の国に誘われしまっていた。そして、桜那も。
私は、桜那を抱きしめる。
隣の小百合ちゃんと、顔を見合わせて、お互い、クスリと笑い合った。
「櫻っ! 私がいることを忘れてナイカ!」
残された土偶が雄叫びを上げる。もちろん、忘れているワケがない。アスが、土偶の前に冷ややかな視線で立っていた。
「……王子っ。余裕のつもりカ? 気脈が未だ弱いこの土地で、アステリアの魔術が通用するとでも思っているノカ? 甘い、甘い、お前ハ――」
「甘いのはお前だよ、イスカリオテ・ダダイ」
アスは土偶の表面に手を置く。それだけで、パラパラ、地肌が落ちていく。
「安全圏から、
そう、イスカは最初からこの地にはいなかったのだ。慎重派のイスカらしいと思う。
「ほざケっ!」
イスカの土偶が、焔の護符を解放しようとする刹那、それは起きた。
「震えろ、風の精よ。世界樹の守護者にその力を示せ」
アスが呟いた呪文はそれだけ。風属性による震動を起こす魔術だ。効果は、ただ震わすだけ。地属性と併用することで、魔術・
「血迷った――か?」
流石のイスカも、異変に気付いたらしい。
香が焚かれていた。
正確には、香炉ではない。薬草管理で錬金術師が活用する、除湿炉である。ただ、メグが作った炉は特別製。植物が萎び、肌が荒れるレベルで水分を奪う。
「ようやく理解したか」
アスはニッと笑う。
「どうだ、イスカリオテ・ダダイ? うちの聖女様も軍師様も怒らせるたら怖いの、思い出したか?」
アスは、ニッと笑って土偶に魔力を流し込む。
(……私も?!)
アスが、私をどんな目で見ているのか、少しだけ理解した気がした。
ムッとした私は、少しだけ気脈に干渉し、土偶の魔力を遮断する。いわば、ちょっとした八つ当たりである。
「「うちの
意図せず、私とアスの声が重なって。
問答無用で土偶の魔力を散らした――その刹那。
パラパラと、砂になって巨大土偶は崩れ、静かに山の砂へ還っていく。
後には静寂が――桜那の寝息だけが、私の鼓膜を震わせるのみだった。
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