世界樹のお友達とオニさんコチラ

 ――聖歌 アヴェ・マリア。



 エルと桜那さなの体がほんのりと光が通って、その体に溶け込んでいく。気脈が薄いから、応急処置程度だが、気脈に呑まれるという最悪は逸した。


「……アス」

「大丈夫だ。櫻は、打ち合わせ通りで頼むよ」


 アスの手が、桜那とエルの髪を撫でる。ボソリ、悪かったな。そうエルに呟く声が聞こえた。


 私は印を結ぶ。

 気脈の枯渇化が著しいし、りゅうの存在まで感じた。不浄の精が一定の場に滞り、循環を滞らせる。澱んだ水がたまれば、植物は腐るように、大地は死んでいく。ココまで、この土地を虐めぬいて、陰陽師達は何がしたいのか、まるで分からない。


(どこまで、できるか――)


 思わず、弱音が漏れそうになる。もともと弱っていた気脈が、今回の騒動で逆戻り以下。これならまだ、核廃棄物を垂れ流された方が、マシというレベルで気脈が悲鳴をあげている。


 私が口ずさむと、耳障りな音が鳴って、耳の奥まで痛い。魔の森で聞いた、死者の行進アンデッド・パレード。骨になってなお、未練にしがみつく、可哀想な人達と同じように、骨を打ち鳴らす乾いた音がする。


「無駄なことは止めたらどうですカ?」


 この特徴的な喋り口調。不自然に隆起した岩石の中から聞こえてきた。


「イスカリオテ・ダダイ!」


 アスが舌打ちをしながら、怒鳴る。やっぱりイスカ――。


「それにしても、揃い踏みデスネ。どうせなら、守護者パーティー全員、連れてくれば良かったのに」

「イスカリオテ・ダダイ! お前、ココで何を――」


「王子ともあろうお方が、察しが悪イ。密売ですよ。背戒樹モウルドは呪具の素材に良いし。こちらの護符は、なかなか活用できそうなんですヨ。例えば……この【土偶の符】なんていかがデスカ?」


 魔力が、岩石に宿る。一瞬で、それは巨大な土偶に変じる。胸元に1枚の符が張られている。


「ゴーレムか?」


 アスが唸る。その短い腕。まるで手首が切り落とされたようだった。その手首から、紅い魔力が灯る。


「殿下!」


 バトラーさんが、土の魔術で壁を張るが、あっという間に瓦解。バトラーさん自身が吹き飛んだ。


「バトラー!」

「大丈夫です。殿下も聖女様も集中を――」


 そう言う、次から次へとアンバランスな土偶の躰から、火焔が飛んでくる。


「素晴らしいでしょう? 護符を詰め込むだけで、魔術大師団を凌駕する成果を見セル。呪具素材なんて、ケチなことを言っている場合じゃナイんですヨ。この国は平和ボケしていなければ、本当に素晴ラシイ」

「戦争を起こすつもりかよ?!」


 アス自身も、防御壁を張る。バトラーさんは土魔術で。そしてエリィは水魔術。そしてお母さんは陰陽道の一つ、【急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう】を唱える。本来は、式神を呼び寄せ、命令を即座に実行させるための呪だが、この人は気脈から得た霊力を、呪で媒介に直接ぶつける希有な人だった。


 そしてダンチョーは、剣一本で、焔を四散させるのだから、やっぱり少し頭がおかしいと思う。(褒め言葉)

 と、そんな応戦振りに、イスカは歪んだ笑みを浮かべる。


「まぁ、ある意味、その解釈で間違いはナイデスヨ」

「……」

「ただ、それは手段でしかありマセン。私の目的は、ですから」


 唇が裂けるくらいの笑みが想像できるくらい、ニタリとイスカは笑う。


「てめぇ――」


 アスが吠える。

 ダメ! ダメだよ。どうして、アスはすぐにイスカと一緒だと、頭に血が上っちゃうんだろう。冷静に、お話をしなくちゃ。私にはイスカは本心で話していない気がするんだ。彼はいつだって……私にも、上辺でしか笑ってくれない。


「それより、良いのデスカ?」


 土偶からイスカの声は響き続ける。


「……なにが?」

「呑気に、気脈に聖歌を捧げたところで、焼け石に水ですよ。だって、私が気脈に毒素を撒きましたからネ」

「な――」


 アスだけじゃない。私も言葉を失ってしまった。イスカが言うのは、気脈を不浄で満たしたということ。可能か不可のかで言えば、可能だ。イスカは世界樹ユグドラシル正教の司祭プリースト。誰よりも清浄と不浄を知るエキスパートなのだ。


「アステリア殿下、私にとって背戒樹モウルドは、ただの手段デス。異世界あっちで居場所を失い、日本こっちで世界樹を失う。そんな聖女に、背戒樹モウルドを与える。それこそが、主の思し召シ」


「何をふざけたことを!」


「殿下、貴方は気脈の回復を待って魔術を仕掛けるつもりでしょうが、私の手札は土偶だけじゃありマセンヨ? 陰陽師諸君をお忘れなきよう」


 ねちゃりとした笑み。


 イスカの言う通りだ。気脈に聖歌を巡らそうにも、滞って進まない。これ以上、無理に魔術を浸透させようとすれば、瘤が破裂して――それこそ、気脈が砕ける。世界樹はおろか【生き物】が息をすることも適わない。


 そして、眠りから目を覚ましたかのように、陰陽師達が符を掲げる。

 桜那は苦しそうに――でも、弱音を吐かず。私のスカートの裾を掴む。

 エルはそんな桜那を守ろうと、前に立ち塞がった。


「それでは、この穢れた世界樹に浄化の炎を捧げマショウ」


 霊力が、ふだにこもる。


 陰陽師それぞれ、その目は焦点が合っていない。ただ、その瞳孔は炎に良く似た、深紅に染まって。


「鬼ヲ駆除スル」


 そう庚君が呟いた瞬間だった。






■■■






御兄様、呼ばれました! 出番ですの!」


 巫女装束の幼女が飛び出してきた。


「あいよ! ぼーっとしてたら、ちょっと痛いぜ? 集合してくれるから、格好の的ですよね、っと!」


 右腕がまるで、鬼のかいな。青年はなんてこともないように、その腕を振る。その刹那、筋肉が膨張した。まるで丸太のように膨れ上がった腕が、陰陽師達をなぎ払う。


「……音無家ノ?!」


 イスカが狼狽した隙を、巫女装束の少女は見逃さない。

 すっと、私の前に立つ。


「櫻!」


 アスが警戒して声をあげるが、私は彼女から邪気を一切、感じない。むしろ、懐かしさすら感じてしまうのは、どうしてか。


「そのままで聞いて欲しいの」


 少女は懇願する。私は小さく頷く。


「音無家の世界樹、小百合と申しますの。私に、桜那様とお友達になることをお許しいただけませんか?」


 思い詰めた顔で言ったかと思えば、そんなこと……?

 印を結びながらも、体の力が抜けそうになる。


「そんなことではありませんの。契りは、私達にとって、とても重要なこと。命にも関わりますの。軽はずみに、交わして良いものでは――」



 ――でも貴女は、桜那とお友達になってくれるんでしょう? 桜那が喜ぶのなら、私が止めるのは違うと思うの。


 気脈を通して伝え、そう微笑んでみせた。


「……あの時のお姉しゃん?」


 桜那が目をパチクリさせる。


「憶えていてくれましたの? そうです。貴女の道案内をした、しがない世界樹ですの」


 しがない世界樹って表現、初めて聞いたかも。


「お姉しゃんは、優しいから大好だいしゅき」


 桜那がコテンと震える体をこらえて、彼女に抱きつく。


「私もですの。私の初めのお友達になっていただけたら、本当に嬉しいですの」


 小百合ちゃんは、桜那を抱きしめる。

 その瞬間だった。


 瘤が、消えた。

 跡形もなく。


 光が走る。

 気脈を隅から隅まで。

 至るところを。


 竜穴と呼ばれる、気脈が溢れる入り口から、精達が溢れる。

 小百合ちゃんが、私を見る。

 気脈を通して、彼女が私に語りかけた。





 ――聖女様に世界樹の加護があらんことを。どうか、桜那様と、この土地をお救いください。




 そんな風に託されたら、私ができることは一つしかない。この土地の気脈を守ることは、桜那を守ることにつながるから。



 ――聖歌、アメージング・グレース。

 私が歌うと、この土地の精も。エルも。そして、小百合ちゃんまで、続く。

 見よう見まねで、歌にならない桜那は、とりあえず置いておくとして。


 バトラーさん、エリィさん、アルフ、イチとカク、そしてダンチョーも当たり前のように続いてくれた。



(……お母さんまで?)



 光という光が、雨のように。風のように。光の礫となって、降り注ぐ。その光の中で、アスはそらに魔術言語を記していく。


 弧を描く。

 円になる。

 それが、魔法陣となる。

 





(この模様って……召喚陣?)





 アスは指を宙に滑らせる。


 その度に、文字が浮かんで、そして消え。浮かんでを繰り返し続ける。

 その中に【アンデレ】という字を私は確かに見たんだ。






「我、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターの名において、汝を召喚する。我が望みに応え、聖女の希望となれ。世界樹に誓うその名は、マーガレット・アンデレ」





 私は唖然とする。

 聖女の魔術を使用した直後の倦怠感もあるが、まさか、その名前をもう聞くことになるとは思わなかった。


 光が集う。

 光が収束し、人の影を描いたかと思えば――螺旋状に回転していく。とても目を開けられない。そんななかでも、なんとか目をこらす。 


 でも、私が異世界に召喚された時に感じた不安定さは、一切ない。

 光が回転し、収束し、そしてヒトの輪郭を描いて。








■■■







「……確かにそっちに行こうと思っていましたけど……アステリア? 【30秒後に召喚スル。スグ準備シロ】はあまりじゃなくて?」

 そう彼女はぼやく。





「あ……ぁ……」


 私は言葉にならない。

 嬉しくて。


 また会えたのが、嬉しすぎて。

 考えるより早く、すでに体は行動に移していた。


 桜那は笑うかもしれないけれど。

 やっぱり、もう会えないととめていた私には、この再会が嬉しすぎたんだ。

 気付けば私は、彼女を抱きしめ――そして、抱きしめられていた。






■■■






「まぁ」


 困った素振り、一割。でも、それ以上に全力で受け止めてくれたのが分かる。


「お久しぶりね、櫻」


 そう、微笑んだのは――。

 マーガレット・アンデレ。


 ウィンチェスター王家で鉄の宰相と言われたアンデレ卿の愛娘。

世界樹の守護者パーティー、その錬金術師。そして世界樹の軍師ストラテジストという異名をもつメグが、私を優しく抱きしめてくれた。

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