世界樹のお友達とオニさんコチラ
――聖歌 アヴェ・マリア。
エルと
「……アス」
「大丈夫だ。櫻は、打ち合わせ通りで頼むよ」
アスの手が、桜那とエルの髪を撫でる。ボソリ、悪かったな。そうエルに呟く声が聞こえた。
私は印を結ぶ。
気脈の枯渇化が著しいし、
(どこまで、できるか――)
思わず、弱音が漏れそうになる。もともと弱っていた気脈が、今回の騒動で逆戻り以下。これならまだ、核廃棄物を垂れ流された方が、マシというレベルで気脈が悲鳴をあげている。
私が口ずさむと、耳障りな音が鳴って、耳の奥まで痛い。魔の森で聞いた、
「無駄なことは止めたらどうですカ?」
この特徴的な喋り口調。不自然に隆起した岩石の中から聞こえてきた。
「イスカリオテ・ダダイ!」
アスが舌打ちをしながら、怒鳴る。やっぱりイスカ――。
「それにしても、揃い踏みデスネ。どうせなら、守護者パーティー全員、連れてくれば良かったのに」
「イスカリオテ・ダダイ! お前、ココで何を――」
「王子ともあろうお方が、察しが悪イ。密売ですよ。
魔力が、岩石に宿る。一瞬で、それは巨大な土偶に変じる。胸元に1枚の符が張られている。
「ゴーレムか?」
アスが唸る。その短い腕。まるで手首が切り落とされたようだった。その手首から、紅い魔力が灯る。
「殿下!」
バトラーさんが、土の魔術で壁を張るが、あっという間に瓦解。バトラーさん自身が吹き飛んだ。
「バトラー!」
「大丈夫です。殿下も聖女様も集中を――」
そう言う、次から次へとアンバランスな土偶の躰から、火焔が飛んでくる。
「素晴らしいでしょう? 護符を詰め込むだけで、魔術大師団を凌駕する成果を見セル。呪具素材なんて、ケチなことを言っている場合じゃナイんですヨ。この国は平和ボケしていなければ、本当に素晴ラシイ」
「戦争を起こすつもりかよ?!」
アス自身も、防御壁を張る。バトラーさんは土魔術で。そしてエリィは水魔術。そしてお母さんは陰陽道の一つ、【
そしてダンチョーは、剣一本で、焔を四散させるのだから、やっぱり少し頭がおかしいと思う。(褒め言葉)
と、そんな応戦振りに、イスカは歪んだ笑みを浮かべる。
「まぁ、ある意味、その解釈で間違いはナイデスヨ」
「……」
「ただ、それは手段でしかありマセン。私の目的は、櫻ですから」
唇が裂けるくらいの笑みが想像できるくらい、ニタリとイスカは笑う。
「てめぇ――」
アスが吠える。
ダメ! ダメだよ。どうして、アスはすぐにイスカと一緒だと、頭に血が上っちゃうんだろう。冷静に、お話をしなくちゃ。私にはイスカは本心で話していない気がするんだ。彼はいつだって……私にも、上辺でしか笑ってくれない。
「それより、良いのデスカ?」
土偶からイスカの声は響き続ける。
「……なにが?」
「呑気に、気脈に聖歌を捧げたところで、焼け石に水ですよ。だって、私が気脈に毒素を撒きましたからネ」
「な――」
アスだけじゃない。私も言葉を失ってしまった。イスカが言うのは、気脈を不浄で満たしたということ。可能か不可のかで言えば、可能だ。イスカは
「アステリア殿下、私にとって
「何をふざけたことを!」
「殿下、貴方は気脈の回復を待って魔術を仕掛けるつもりでしょうが、私の手札は土偶だけじゃありマセンヨ? 陰陽師諸君をお忘れなきよう」
ねちゃりとした笑み。
イスカの言う通りだ。気脈に聖歌を巡らそうにも、滞って進まない。これ以上、無理に魔術を浸透させようとすれば、瘤が破裂して――それこそ、気脈が砕ける。世界樹はおろか【生き物】が息をすることも適わない。
そして、眠りから目を覚ましたかのように、陰陽師達が符を掲げる。
桜那は苦しそうに――でも、弱音を吐かず。私のスカートの裾を掴む。
エルはそんな桜那を守ろうと、前に立ち塞がった。
「それでは、この穢れた世界樹に浄化の炎を捧げマショウ」
霊力が、
陰陽師それぞれ、その目は焦点が合っていない。ただ、その瞳孔は炎に良く似た、深紅に染まって。
「鬼ヲ駆除スル」
そう庚君が呟いた瞬間だった。
■■■
「
巫女装束の幼女が飛び出してきた。
「あいよ! ぼーっとしてたら、ちょっと痛いぜ? 集合してくれるから、格好の的ですよね、っと!」
右腕がまるで、鬼の
「……音無家ノ?!」
イスカが狼狽した隙を、巫女装束の少女は見逃さない。
すっと、私の前に立つ。
「櫻!」
アスが警戒して声をあげるが、私は彼女から邪気を一切、感じない。むしろ、懐かしさすら感じてしまうのは、どうしてか。
「そのままで聞いて欲しいの」
少女は懇願する。私は小さく頷く。
「音無家の世界樹、小百合と申しますの。私に、桜那様とお友達になることをお許しいただけませんか?」
思い詰めた顔で言ったかと思えば、そんなこと……?
印を結びながらも、体の力が抜けそうになる。
「そんなことではありませんの。契りは、私達にとって、とても重要なこと。命にも関わりますの。軽はずみに、交わして良いものでは――」
――でも貴女は、桜那とお友達になってくれるんでしょう? 桜那が喜ぶのなら、私が止めるのは違うと思うの。
気脈を通して伝え、そう微笑んでみせた。
「……あの時のお姉しゃん?」
桜那が目をパチクリさせる。
「憶えていてくれましたの? そうです。貴女の道案内をした、しがない世界樹ですの」
しがない世界樹って表現、初めて聞いたかも。
「お姉しゃんは、優しいから
桜那がコテンと震える体をこらえて、彼女に抱きつく。
「私もですの。私の初めのお友達になっていただけたら、本当に嬉しいですの」
小百合ちゃんは、桜那を抱きしめる。
その瞬間だった。
瘤が、消えた。
跡形もなく。
光が走る。
気脈を隅から隅まで。
至るところを。
竜穴と呼ばれる、気脈が溢れる入り口から、精達が溢れる。
小百合ちゃんが、私を見る。
気脈を通して、彼女が私に語りかけた。
――聖女様に世界樹の加護があらんことを。どうか、桜那様と、この土地をお救いください。
そんな風に託されたら、私ができることは一つしかない。この土地の気脈を守ることは、桜那を守ることにつながるから。
――聖歌、アメージング・グレース。
私が歌うと、この土地の精も。エルも。そして、小百合ちゃんまで、続く。
見よう見まねで、歌にならない桜那は、とりあえず置いておくとして。
バトラーさん、エリィさん、アルフ、イチとカク、そしてダンチョーも当たり前のように続いてくれた。
(……お母さんまで?)
光という光が、雨のように。風のように。光の礫となって、降り注ぐ。その光の中で、アスは
弧を描く。
円になる。
それが、魔法陣となる。
(この模様って……召喚陣?)
アスは指を宙に滑らせる。
その度に、文字が浮かんで、そして消え。浮かんでを繰り返し続ける。
その中に【アンデレ】という字を私は確かに見たんだ。
「我、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターの名において、汝を召喚する。我が望みに応え、聖女の希望となれ。世界樹に誓うその名は、マーガレット・アンデレ」
私は唖然とする。
聖女の魔術を使用した直後の倦怠感もあるが、まさか、その名前をもう聞くことになるとは思わなかった。
光が集う。
光が収束し、人の影を描いたかと思えば――螺旋状に回転していく。とても目を開けられない。そんななかでも、なんとか目をこらす。
でも、私が異世界に召喚された時に感じた不安定さは、一切ない。
光が回転し、収束し、そしてヒトの輪郭を描いて。
■■■
「……確かにそっちに行こうと思っていましたけど……アステリア? 【30秒後に召喚スル。スグ準備シロ】はあまりじゃなくて?」
そう彼女はぼやく。
「あ……ぁ……」
私は言葉にならない。
嬉しくて。
また会えたのが、嬉しすぎて。
考えるより早く、すでに体は行動に移していた。
桜那は笑うかもしれないけれど。
やっぱり、もう会えないととめていた私には、この再会が嬉しすぎたんだ。
気付けば私は、彼女を抱きしめ――そして、抱きしめられていた。
■■■
「まぁ」
困った素振り、一割。でも、それ以上に全力で受け止めてくれたのが分かる。
「お久しぶりね、櫻」
そう、微笑んだのは――。
マーガレット・アンデレ。
ウィンチェスター王家で鉄の宰相と言われたアンデレ卿の愛娘。
世界樹の守護者パーティー、その錬金術師。そして世界樹の
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