閑話:とある眷属妖精の物語②


 ヒトはその命を燃やし尽くす前に、一生をその目に見るという。

 走馬灯とはよく言ったものだ。


 影絵がクルクル回る、灯籠。


 呪具として、合理的だと思う。まじないにおいて、現実と非現実の境界を溶け合わせることは有用だ。五感を敏感にさせることで、普段は見えないものが【視】える。魔術や祭祀では基本の〝いろは〟と言える。


 思うに、走馬灯のように過去の情景を見るのは、気脈に接続リンクした状態なのだろう。異世界ユグドラシルの世界樹、その眷属たるボクが、日本こっちの気脈に飲まれようとしている。


 ところで、日本こっちでボクの扱いは、どうなるうんだろう。

 樫の木爺さんの眷属?


 聖女、桜が爺さんの種を蒔いて、桜那が生まれたのだとしたら。

 ボクは、櫻を介して、桜那の眷属とも言えるのだろうか。


(……そう考えたら、こっちの気脈に飲み込まれるのも、悪くないかもね)


 あぁ、事象イメージが押し寄せてくる。ボクの記憶を読んだのか。自分の魔力が、空に溶けていくのが分かる。


 ――最後に、櫻と会いたかったな。

 声にならない、ボクの呟き。


 そんな願いに、気脈が応えてくれたのかもしれない。

 焚き火の暖かさ、パチンと弾ける火の粉をリアルに感じる。


 焚き火三脚トライポッドに吊された、スープ鍋。

 異世界に居た時――世界樹を救おうと、旅をしていた時だ。櫻が野草と干し肉のスープを作ってくれるのは、野営の定番だった。


 櫻は、自分の分を食べるのそっちのけで、ボクのスープを冷まそうと、ミニマグカップに息を吹きかけてくれる。


「……美味い」


 ボソリと、アスが呟く。正直、野草のスープだよ? 王宮で出るディナー・フルコースに比べたら、味は落ちるはずなのに、だらしなく笑む唇。まったく自覚ないでしょ? あの時、頬が緩みまくっていたからね。


 もっとも、研究室にこもっていた時の食生活は、悪辣の一言に尽きる。滋養強壮のポーションを固めて食する王子なんて、世界広しといえど、アスくらいだから。


 櫻が召喚されて一番救われたのは、王子の健康とエリザベスのメイドとしての矜持なのかもしれない。


 視界の隅では、ウィリーとメグが節度をもった距離で、スープを啜っていた。櫻とアス、生暖かく見守られているの、まるで気付いていないでしょう?

 そして――。


「美味しいけれド……今度、落ち着いたら、美味しいディナーに行きませんカ? 知り合った商会が、素敵なお店を紹介してくれたのデス」


 そう言ったのは、世界樹の守護者パーティーの僧侶プリースト、イスカリオテ・ダダイだった。髪は灰色。ウィンチェスターより東、ロメン帝国出身の孤児で、世界樹ユグドラシル正教会で育てられた。


 通常、教会では、良縁を得られなかった貴族の末子や、不始末をしでかした子女が最後に帰依する場所である。もっとも、敬虔な信徒もいるが、基本的には社交界に戻りたい俗物達で溢れている。その中で、一般信徒から枢機卿に上り詰めた彼は、まさに異端だった。


 その魑魅魍魎の巣で、イスカリオテ・ダダイは、もっとも精から人気がない僧侶として、有名だった。彼を一言で表現するなら、金、酒と肉欲のナマグサ坊主。彼が守護者パーティーの一員となれたのも、ひとえに発言力を高めたい正教会からの要望でしかない。

 結果、彼の行動が、正教会の没落を招くことになるのだが――。


「今は、もう少し地脈を調査したいかな」


 真面目な櫻はブレない。聖女として、碌な説明もなく世界樹の森を彷徨うことになったというのに、この子はこの時から変わらず、目の前にひたむきに向き合う。


「……まさか一人で行くとか言わないよな?」


 ピクッと、アスの眉毛が動く。本当は自分に指名して欲しい、というのが見え見えだ。あの時のアスは、本当に意気地なしだって今でも思う。


「それなら、拙者がお付き合いいたそう」


 話に割り込んできたのは、ダンチョーだった。


「え? 悪いですよ、そんな――」

「なんの。嬢を護衛もつけず一人で出すとなれば、騎士団の名折れ。ここは拙者にお任せあれ」


「元騎士団長さんにお願いするのは……さすがに……」


 この時の櫻はまだまだ、態度がよそよそしかったよね。


「櫻、なんなら俺が――」


 王子、遅いよ。そして、声が小さい。まぁ、この積み重ねがあって、一年後の王子は世界を飛び出す決意をするワケなのだけれど。


「ダンチョーさん……それじゃ、お願いします」


 王子の胸裏など知るはずもなく、櫻はペコリと頭を下げた。



 ――チッ。

 二人の男どもの舌打ちは、ボクが風の精と一緒に打ち消してやったんだ。本当に感謝して欲しいよ。 







■■■






『イスカリオテ・ダダイ……っ』

「眷属の妖精様に憶えていただいているトハ、光栄ダヨ」


 当のナマグサ坊主は、楽し気に笑みを浮かべている。コイツとの再会、全然嬉しくない。


『お前、自分が作った背戒樹モウルドに飲まれたんじゃなかったのかよ?』

「まさカ……?」


 クツクツと笑みを溢す。


「むしろ背戒樹モウルドに飲まれソウになっているのは、眷属殿デハ?」


 イスカリオテ・ダダイは、ボクの羽根を掴む。無抵抗にボクは持ち上げられた。こいつの言う通り、ボクの魔力はもう限界だ。枯れた気脈が、防衛本能で精という精を吸い上げている。


っ!」


 まさかの声に目を向ける。桜那が、その小さな体で立ち上がりボクに呼びかけた。でも指先が振戦し続け、止まらない。魔力の過剰行使。そして枯渇化現象だ。気脈から得ようにも、そもそもこの土地の精は枯渇した。桜那に魔力を上げられる存在は、もうボクしかいない。


 そう思った矢先――。


 魔力反応。近づいてくるの存在を位置情報G.P.Sが検知。

 どうやら世の中、そう捨てたもんではないらしい。


「エル様!」

「エルちゃん!」

「エル様!」

「眷属様!」

「妖精殿!」


 バトラーにママさん、エリザベスにアルフレッド、そしてダンチョーまで。

 その彼らの歩みが一瞬、止まる――ダンチョー以外という注釈を付記する必要があれけれど。


 ダンチョーは、長剣を抜刀。袈裟切りに切り伏せようと、一気に踏み込む。


「解放、岩戸隠れの符」


 イスカリオテ・ダダイは人差し指と中指でお札を摘まむ。ただ、その一言を念じただけで、岩が忽然と音もなく集合。守ろうとするかのように、彼を取り囲んだ。


「む?」


 ダンチョーの剣が弾かれる。


「なかなか陰陽師の術も便利デスヨ。ある一定の技能スキルで高度な術を扱えるのデス。例えば、こんなこともできます。選ばれし、勇者ヨ。キミの力を見せてあげなサイ。キミが精緻を築き、


「解放、ほむら


 櫻の幼馴染みが、棒読みで呟く。そんな詠唱では魔術の起動どころか、気脈への接続コネクトも――。



「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」

「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」







 はぁ?


 足利庚が無造作に握った、呪符の束。その全てが起動されようとしている。


 気脈への接続は不可能。だって、もうこの土地は枯れかけている。だとしたら、何を燃やすか。単純だ、自分の魔力を燃やしたら良い。

 ぼっ、と同時に天下。深紅の炎が、札に燃え移る。


「王子、もうムリムリムリムリ。これ、無理だって! 櫻、助けて! これ絶対に無理ゲーだから!」


 思わず、八つ当たりと懇願をそれぞれに送る。澱んだ気脈じゃ、どれだけ伝わるか不明だけれど。

 でも――ボクのことはどうでも良い。でも、せめて。せめて、桜那だけは助けて欲しい。ただ、それだけを願う。


「エル様、堪こらえて! 桜那様を落ち着かせたら、なんとか……!」


 バトラーが震える桜那を見て、言う。でも、もう遅いんだ。気脈は、もう枯れる寸前。ボクも、もう――。


「鬼の子、お前をここで成敗する。覚悟しろ」


 ボクらのことは全無視オールスルー。桜那をその焔で焼き尽くそうと、焦点を定めている。イスカリオテ・ダダイの狙いは、分かりやすい。ここを背戒樹モウルド――魔の森にするためだ。その方が呪具に使用できる素材を得られる。経済を回すことができる。それが、イスカリオテ・ダダイの指針ポリシーだから。


「庚君、聞いて。その子は鬼の子じゃないの! 庚君、聞いて! だから、違うって言って――」


 ママさん、説得は無理だ。明らかに、術で支配されている。それを証拠に、アイツから、あの先生と同じ呪を感じた。






■■■





「あそこだ。追い詰めろ! あの奇怪な樹を切り落とせ! この地の気脈を乱す、妖体あやかしの本体だ。護符を起動させろ。燃やし尽くせ! 【焰の符】なら腐るほどあるっ!」


 陰陽師達の声が、鼓膜を突き刺す。

 もう、ダメだ。


(ごめん、櫻――)


 瞼が重い。

 気怠い。


 桜那が、ボクの名前を必死に呼んでいる気がする。うん、泣かないの。大丈夫、櫻が絶対に来てくれるから。ごめん、上手く聞こえなくて。ごめん、本当にゴメン。


 目を閉じかけて。

 ボクの頬をくすぐるのは、桜の花弁?


 乱舞。

 風が吹く。


 まるで雪のように、櫻の花弁が舞い散る。


 見れば、色を失いかけた緑が、色を濃くしていたのはどうして?

 雲が流れる。


 早い。

 目で追うのが、辛いくらいに、早い。早い。速い。





 世界樹の根元を中心に、円が描かれる。

 王家、ウィンチェスターを象った印章。世界樹と聖女を象ったシンボルが、光で描かれる。


 光が降り注ぐ。

 光が繋ぐ。

 光が、描く。

 二人の人影を、光は描く。



『あ、ぁ――』

 ボクは問答無用で、その光に抱きしめられた。


『お願い、桜那を助けてあげて。気脈が、もう――』


 ポロポロ、涙が溢れる。世界樹の眷属が泣くなんて、情けない。でも、あの子はずっと櫻とアスを探し回ったのだ。あの子はまだ何も知らない。自分の限界を超えて探し回って。お願い、たくさんの愛情がないと、花も妖精も育たないから――。

 



「まかせて」




 

 世界樹の聖女、榊原櫻。

 そして守護者、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターが、立つ。





 ボクの聖女様は確かに、そう誓ってくれたんだ。







________________



【作者からのお詫び、読者の皆様へ】


世界樹と背戒樹。この設定。

朽ち、墜ちた世界樹を背戒樹と呼んでいたわけですが。


背戒樹モウルドと区別したいと思います。

モウルドとは、英語で「カビ」のことです。


このエピソード以前の背戒樹の表現も、今話に習いたいと思います。


なお今回の作者からのお知らせは、修正完了後に削除する予定です。

ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。



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