閑話:とある眷属妖精の物語②
ヒトはその命を燃やし尽くす前に、一生をその目に見るという。
走馬灯とはよく言ったものだ。
影絵がクルクル回る、灯籠。
呪具として、合理的だと思う。
思うに、走馬灯のように過去の情景を見るのは、気脈に
ところで、
樫の木爺さんの眷属?
聖女、桜が爺さんの種を蒔いて、桜那が生まれたのだとしたら。
ボクは、櫻を介して、桜那の眷属とも言えるのだろうか。
(……そう考えたら、こっちの気脈に飲み込まれるのも、悪くないかもね)
あぁ、
――最後に、櫻と会いたかったな。
声にならない、ボクの呟き。
そんな願いに、気脈が応えてくれたのかもしれない。
焚き火の暖かさ、パチンと弾ける火の粉をリアルに感じる。
異世界に居た時――世界樹を救おうと、旅をしていた時だ。櫻が野草と干し肉のスープを作ってくれるのは、野営の定番だった。
櫻は、自分の分を食べるのそっちのけで、ボクのスープを冷まそうと、ミニマグカップに息を吹きかけてくれる。
「……美味い」
ボソリと、アスが呟く。正直、野草のスープだよ? 王宮で出るディナー・フルコースに比べたら、味は落ちるはずなのに、だらしなく笑む唇。まったく自覚ないでしょ? あの時、頬が緩みまくっていたからね。
もっとも、研究室にこもっていた時の食生活は、悪辣の一言に尽きる。滋養強壮のポーションを固めて食する王子なんて、世界広しといえど、アスくらいだから。
櫻が召喚されて一番救われたのは、王子の健康とエリザベスのメイドとしての矜持なのかもしれない。
視界の隅では、ウィリーとメグが節度をもった距離で、スープを啜っていた。櫻とアス、生暖かく見守られているの、まるで気付いていないでしょう?
そして――。
「美味しいけれド……今度、落ち着いたら、美味しいディナーに行きませんカ? 知り合った商会が、素敵なお店を紹介してくれたのデス」
そう言ったのは、世界樹の守護者パーティーの
通常、教会では、良縁を得られなかった貴族の末子や、不始末をしでかした子女が最後に帰依する場所である。もっとも、敬虔な信徒もいるが、基本的には社交界に戻りたい俗物達で溢れている。その中で、一般信徒から枢機卿に上り詰めた彼は、まさに異端だった。
その魑魅魍魎の巣で、イスカリオテ・ダダイは、もっとも精から人気がない僧侶として、有名だった。彼を一言で表現するなら、金、酒と肉欲のナマグサ坊主。彼が守護者パーティーの一員となれたのも、ひとえに発言力を高めたい正教会からの要望でしかない。
結果、彼の行動が、正教会の没落を招くことになるのだが――。
「今は、もう少し地脈を調査したいかな」
真面目な櫻はブレない。聖女として、碌な説明もなく世界樹の森を彷徨うことになったというのに、この子はこの時から変わらず、目の前にひたむきに向き合う。
「……まさか一人で行くとか言わないよな?」
ピクッと、アスの眉毛が動く。本当は自分に指名して欲しい、というのが見え見えだ。あの時のアスは、本当に意気地なしだって今でも思う。
「それなら、拙者がお付き合いいたそう」
話に割り込んできたのは、ダンチョーだった。
「え? 悪いですよ、そんな――」
「なんの。嬢を護衛もつけず一人で出すとなれば、騎士団の名折れ。ここは拙者にお任せあれ」
「元騎士団長さんにお願いするのは……さすがに……」
この時の櫻はまだまだ、態度がよそよそしかったよね。
「櫻、なんなら俺が――」
王子、遅いよ。そして、声が小さい。まぁ、この積み重ねがあって、一年後の王子は世界を飛び出す決意をするワケなのだけれど。
「ダンチョーさん……それじゃ、お願いします」
王子の胸裏など知るはずもなく、櫻はペコリと頭を下げた。
――チッ。
二人の男どもの舌打ちは、ボクが風の精と一緒に打ち消してやったんだ。本当に感謝して欲しいよ。
■■■
『イスカリオテ・ダダイ……っ』
「眷属の妖精様に憶えていただいているトハ、光栄ダヨ」
当のナマグサ坊主は、楽し気に笑みを浮かべている。コイツとの再会、全然嬉しくない。
『お前、自分が作った
「まさカ……?」
クツクツと笑みを溢す。
「むしろ
イスカリオテ・ダダイは、ボクの羽根を掴む。無抵抗にボクは持ち上げられた。こいつの言う通り、ボクの魔力はもう限界だ。枯れた気脈が、防衛本能で精という精を吸い上げている。
「えりゅっ!」
まさかの声に目を向ける。桜那が、その小さな体で立ち上がりボクに呼びかけた。でも指先が振戦し続け、止まらない。魔力の過剰行使。そして枯渇化現象だ。気脈から得ようにも、そもそもこの土地の精は枯渇した。桜那に魔力を上げられる存在は、もうボクしかいない。
そう思った矢先――。
魔力反応。近づいてくるの存在を
どうやら世の中、そう捨てたもんではないらしい。
「エル様!」
「エルちゃん!」
「エル様!」
「眷属様!」
「妖精殿!」
バトラーにママさん、エリザベスにアルフレッド、そしてダンチョーまで。
その彼らの歩みが一瞬、止まる――ダンチョー以外という注釈を付記する必要があれけれど。
ダンチョーは、長剣を抜刀。袈裟切りに切り伏せようと、一気に踏み込む。
「解放、岩戸隠れの符」
イスカリオテ・ダダイは人差し指と中指でお札を摘まむ。ただ、その一言を念じただけで、岩が忽然と音もなく集合。守ろうとするかのように、彼を取り囲んだ。
「む?」
ダンチョーの剣が弾かれる。
「なかなか陰陽師の術も便利デスヨ。ある一定の
「解放、
櫻の幼馴染みが、棒読みで呟く。そんな詠唱では魔術の起動どころか、気脈への
「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」
「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」「解放、焔の符」
はぁ?
足利庚が無造作に握った、呪符の束。その全てが起動されようとしている。
気脈への接続は不可能。だって、もうこの土地は枯れかけている。だとしたら、何を燃やすか。単純だ、自分の魔力を燃やしたら良い。
ぼっ、と同時に天下。深紅の炎が、札に燃え移る。
「王子、もうムリムリムリムリ。これ、無理だって! 櫻、助けて! これ絶対に無理ゲーだから!」
思わず、八つ当たりと懇願をそれぞれに送る。澱んだ気脈じゃ、どれだけ伝わるか不明だけれど。
でも――ボクのことはどうでも良い。でも、せめて。せめて、桜那だけは助けて欲しい。ただ、それだけを願う。
「エル様、堪こらえて! 桜那様を落ち着かせたら、なんとか……!」
バトラーが震える桜那を見て、言う。でも、もう遅いんだ。気脈は、もう枯れる寸前。ボクも、もう――。
「鬼の子、お前をここで成敗する。覚悟しろ」
ボクらのことは
「庚君、聞いて。その子は鬼の子じゃないの! 庚君、聞いて! だから、違うって言って――」
ママさん、説得は無理だ。明らかに、術で支配されている。それを証拠に、アイツから、あの先生と同じ呪を感じた。
■■■
「あそこだ。追い詰めろ! あの奇怪な樹を切り落とせ! この地の気脈を乱す、
陰陽師達の声が、鼓膜を突き刺す。
もう、ダメだ。
(ごめん、櫻――)
瞼が重い。
気怠い。
桜那が、ボクの名前を必死に呼んでいる気がする。うん、泣かないの。大丈夫、櫻が絶対に来てくれるから。ごめん、上手く聞こえなくて。ごめん、本当にゴメン。
目を閉じかけて。
ボクの頬をくすぐるのは、桜の花弁?
乱舞。
風が吹く。
まるで雪のように、櫻の花弁が舞い散る。
見れば、色を失いかけた緑が、色を濃くしていたのはどうして?
雲が流れる。
早い。
目で追うのが、辛いくらいに、早い。早い。速い。
世界樹の根元を中心に、円が描かれる。
王家、ウィンチェスターを象った印章。世界樹と聖女を象ったシンボルが、光で描かれる。
光が降り注ぐ。
光が繋ぐ。
光が、描く。
二人の人影を、光は描く。
『あ、ぁ――』
ボクは問答無用で、その光に抱きしめられた。
『お願い、桜那を助けてあげて。気脈が、もう――』
ポロポロ、涙が溢れる。世界樹の眷属が泣くなんて、情けない。でも、あの子はずっと櫻とアスを探し回ったのだ。あの子はまだ何も知らない。自分の限界を超えて探し回って。お願い、たくさんの愛情がないと、花も妖精も育たないから――。
「まかせて」
世界樹の聖女、榊原櫻。
そして守護者、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターが、立つ。
ボクの聖女様は確かに、そう誓ってくれたんだ。
________________
【作者からのお詫び、読者の皆様へ】
世界樹と背戒樹。この設定。
朽ち、墜ちた世界樹を背戒樹と呼んでいたわけですが。
モウルドとは、英語で「カビ」のことです。
このエピソード以前の背戒樹の表現も、今話に習いたいと思います。
なお今回の作者からのお知らせは、修正完了後に削除する予定です。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
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