閑話:とある眷属妖精の物語①


桜那しゃなは絶対に、ママとパパのところに行くのっ!」

『分かった、そこは分かったから!』


 何度目かの押し問答。何度か、戻ろうとなだめてみたが、まったくダメ。エリザベスが清らかな水の魔術でシャボン玉を作ってみせたまでは良かった。問題はバトラーだ。有能な執事も、子育ての経験は妻任せ。子ども心が全然分かっていない。心細い子に、どうして岩壁で囲もうとするのか。


 ――おかしいですね。魔術師団の見習少年術師は、これで泣く子も黙るのですが。


 バカなんじゃないの?

 あいつら、筋金入りの魔術バカじゃん。だって、あの王子に憧れて魔術師団に入るような、逸材だよ? 根性すわっているヤツらと、生後間もない世界樹を一緒にするなってば。

 でも、トドメをさしたのは、実は櫻ママだったりするんだよね。


 ――桜那ちゃん、お家に帰りましょう?


 ママさんが、優しく語りかけたまでは良かった。

 でも、必死になりすぎて魔力――こっちでは霊力だっけ。無意識に溢れ出す、高純度の魔力に、桜那はすっかり怯えてしまっていた。


 ――おかしいわね。櫻は桜那ちゃんぐらいの時、コレで喜んでくれたんだけどなぁ。


 ドン引きだよ。魔力循環不全があったとはいえ、やはり櫻は聖女の器だったということなのだ。普通は感知できたら、この魔力はビビるから。


 でも桜那は、大好きなママ(櫻)とパパ(王子で本当に良いの?)の行く手を阻む障害と認識したらしい。




 ――みんなぁぁぁぁっっ! だいっきらいっ!






 あぁ、今思い返しても恐ろしい。バトラーが作った土壁が、まるで砂細工であるかのように、一瞬で壊されたのだ。


 魔力が蠢く。

 気脈が歪む。


 精という精が、桜那の元に集まる。信じられるか? 水の精が集まって、さながらトランポリンのような弾性を作りあげる。魔力で、水をゴム状にするという発想は、どこから得たのか。


 風の精は、桜那の足へ。不可視のシューズになって、今か今かと、待機している。


(ウソでしょ?)


 ボクは風の精に、なんとか頭を下げて、その輪の中にいれてもらった。上位の妖精が精に頭を下げるというこの事実、屈辱すぎる。でも、四の五の言っている場合ではないのは、明らかで。


 そして冒頭に戻る。


「……もママのところに行くにょ?」

『まぁ、ね』

「えりゅも、ママのこと大好だいしゅきなんだねぇ」


 お願いだから、それを王子に言わないでおくれ。君のパパは、筆舌に尽くし難いほど、櫻が絡むと面倒くさいから。


「えへへ、桜那もママのこと大好だいしゅき。じゃぁ、えりゅ、行くよ?」

『うん……』


 あぁ、イヤな予感しかしない。


「エル様、後で追いつきますので!」

「なんとか耐えて! エルちゃんっ!」


 バトラーや、ママさんの声を聞きながら。ボクは目を閉じる。水の精によるトランポリン。風精霊の補助。考えられることは、一つしかない。バトラーが位置情報取得G.P.Sの魔術をボクに付与するのが――ギリギリ、間に合った。


「いっくよーーーーーーーーーーーーーーー!」

『世界樹の眷属にして良い仕打ちじゃないよ、桜那?!』


 そう、あえて音で。オノマトペで表現するのなら。



 ――ちゅどーーーーーーーーーーーーーーーんっっっ!!

 そんな音とともに、ボクと桜那は空へと舞い上がったんだ。






■■■





 世界樹と聖女は、本来、強い結びつきをもつ。でも、桜那の場合は、まだその紐付けを学ぶまでに至っていない。そんな桜那が、目指すべき場所は、櫻とアスとの結びつきが強い、世界樹本体だと想像がつく。


(……それにしても)


 ボク自信、樫の木爺さんしか世界樹を知らないのは、致命的だと今さらながら思った。


 そういえば、と今さら思い返す。


 世界樹の種を櫻に託すにあたり、爺さんはボクに同じコトを何度も繰り返して言っていたっけ。今となっては、花の蜜をすするのに夢中になっていないで、ちゃんと聞いておくべきだったと後悔する。


 爺さんはなんて……言って……たしか……。




 ――お嬢とともに、たくさん愛してやるんじゃぞ。

 ワオ! なんてシンプル!


(クソも役に立たない情報をありがとう!)


 子育てには愛情が必要だもんね。でも、この眷属にも愛を差し伸べてくれないかな。


 現状整理。


 クルクル回転しながら飛んだボク達だったが、樹木がクッションとなってボクらを受け止めてくれた。うん、ムチャクチャ。気脈の精の力を無駄遣い、甚だしい。櫻の魔術で、ようやく息を吹き返した土地に対して、あまりに無頓着だ。このまま気脈の精を酷使したら、あっという間に木は枯れ、土が腐ってしまう。


 幼い世界樹に言っても詮無きことと思いながらも、この状況に頭痛しかない。


 さらに、敵意剥き出しの魔力を多数確認。この中に、数人、櫻の学校で確認をした奴らがいた。察するに、日本こっちの魔術師――陰陽師か。


(……ボクら、囲まれているじゃん!)


 どこか、手薄なところは――と気脈を辿ると、一点。魔力が乱れた場所があった。ココを切り抜けるしかない。位置情報G.P.Sを逆探知。流石、アレフレッド。ボクの魔力情報をもとに、最短ルートで駆けてくる。イチとカクも感じる。となれば、ココでグズグズしているよりは、包囲網を突き抜けて、世界樹を目指した方が良い。


『桜那、行くよ。まだ、いける?』

「もちりょん!」


 そう言いながらも、体がフラフラしておぼつかない。やぱり、自覚なしか。そういうところ、本当にチビっ子だなって思う。


 ボクはなけなしの魔力をかき集めた。気脈の精が尽きかけている。からっぽの気脈には、悪霊が集うのは目に見えている。そうなったら、桜那が背戒樹に堕ちるまで、いくばくの時間もない。


(ごめんよ)

 精達に囁く。


 意志をもたない精に語りかけるなんて、ボクも櫻に感化されすぎだ。それでも桜那を背戒樹にさせるワケにはいかない。なんなら、ボクの魔力を転換しても良い。


 ボクは精を呼び集める。



 ――風が集まる。

 ――旋風つむじかぜ。螺旋を描いて。弧を書き。ボクらに結界を刻む。


 ――風が桜那の髪を掻き上げた。

 ――あやうく、ボクは飛ばされそうになって。なんとか、桜那にしがみつく。


 ――が、避ける。桜那からの命令コードだと、精達が勘違いして受け取ったは申し訳ないと思うが、これも眷属の特権だ。今は猶予がない。桜那の魔力が尽きる前に手を打たないと。


 ――最短ルートで。

 ――桜那キミのところに行こうっ!





 ずんっ。

 風が、ボクらを包み込んだかと思えば。刹那、弾丸となって、ボクらは飛び出す。




 ――ずどぉぉぉぉぉぉぉんっっっ!



 耳が痛い。

 桜那を傷つけないように、ボクの魔力で包み込む。あぁ、躰が半透明になる。本当に魔力が尽きかけている――。


 と、鬼神オーガの腕が陰陽師を吹き飛ばすのが見えた。


(……こっちに鬼神オーガが?)


 検証している時間はない。残った魔力を振り絞り、桜那を飛ばす。世界樹まで行けば、なんとか――。






■■■





 ことん。

 ボクと桜那の体は、力なく落ちた。最後に、精達が桜那をフォローしてくれたのは助かった。この不時着で、彼女が怪我をしなかったことに、ほっと安堵する。


 世界樹は、昨日よりも力強く咲いて――桜の花弁を舞わせていた。ボクは残りの力を振り絞って、顔を上げる。


 聖女の魔術、世界樹の恩寵アメージング・グレイスを櫻が歌っているのが、かすかに聞こえる。


 あぁ、瞼が重い。桜那にいたっては、意識を手放してしまっている。でも、世界樹ココまで来た。後は櫻とアスに託して――。





「これハこれハ。世界樹の眷属サマでは、ないですカ」


 聞き覚えのある声に、ボクは目を剥く。


『なんで、お前が……』


 ボクの質問など、どうでも良い。そう言いた気に、あいつは嗤う。舞い散る桜の花弁を指先でつまみ。そして、握りつぶす。花弁は、砂塵となって消えた。

 アイツは、その傍に陰陽師の見習いを従える。


「……鬼の娘、見ぃつけた」


 その手には、護符。陰陽師が好む、符術の一つ【焔の符】だった。足利庚あしかがこうと呼ばれた、庭番見習は、他には目もくれず、食い入るように桜那を見つめる。その言葉の一音一音に、呪詛をこめながら。


「相変わらず、青い選択をされル。最優先事項を見誤れバ、本当に貴重なモノを失うというのニ」


 ボクは、朦朧とする意識の中、彼を見やる。


『なぜ、お前が、ココにいる?!』


 その質問にイスカリオテ・ダダイはただ、笑みで返す。







 かつて、世界樹の守護者パーティーで、僧侶プリーストとして旅に同行しながら、背戒樹の元凶であった僧侶。世界樹ユグドラシル正教会を破門されたイスカリオテ・ダダイは、以前となんら変わらない、穏やかな微笑を日本こちらでも浮かべていた。

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