閑話:とあるパイセン世界樹の物語①


 ――ママっ……パパ……ひっぐっ、ママぁっ!


 気脈を伝わってくる声は、悲壮感でいっぱいでした。本当にこの子は稀少種イレギュラー。姉様が気にかけるお気持ちも、よく分かります。


「……しっかし、本当に中身はガキんちょなのな」


 そう呆れたように呟くのは、紺野雅春様。私は敬愛を込めて御兄様とお呼びしていますの。彼はああ見えて、鬼族の頭領。まさか音無家にそのこうべを垂らすとは、誰が思ったでしょうか。彼が、音無家に従属したことが、他の妖体あやかし達にも少なからず影響を与えたのは間違いありません。


 ただ、と姉様はおっしゃいます。

 ――勘違いしないように。彼は、お仕事仲間ですからね。


 そう、式神として縛っていない。御兄様ご自身、音無家に従属するつもりは微塵もないようです。契約などなく、お付き合いしている。私が御兄様を物好きだと断じる所以ゆえんです。そんな彼ですから、私も遠慮は一切いたしません。


御兄様。本来、御神木というのは、その土地とともに育まれるものですの。その過程で、半身は精を伴い、気脈を龍脈へと昇華させるもの。あの子のように、膨大な霊力で萌芽させるなんて、本来ありえませんの」


「ほぉん。時間が短いってこと?」


「端的に言えば。彼女は土地に根付いて、まだ幾許も無い状況ですの。でも、土地にとって御神木の存在は、唯一無二。結果、彼女の心音しんおんに左右されると言って、過言ではありませんの。それなのに、あの人達ときたら――」


 水の呪術はまだ良い。エリザベスと名乗った、子守の判断は間違いない。小さき妖体あやかしは、気脈を通して必死に、に呼びかけている。


 ただ、土の呪術を行使した家政は、判断を誤った。

 何より、榊原の陰陽師。礼儀として〝彼女〟と評するが、あのお方の霊力が強すぎる。結果、世界樹は驚き、慄いた。


 だって、先刻まで優しかった人達が、突然、怒ったように感じたから。それだけ、理屈でさとすには、あの子は幼すぎる。


「それは仕方ないんじゃねぇの?」

御兄様……?」


「だって、子育てなんてみんな初めてじゃん。時々、近所のガキを見させられるけどさ、どいつもこいつも同じ手なんか通用しねぇし。まして前例皆無イレギュラーなんだろう? チビお嬢が知っていたとしても、周りが知らなきゃ意味ねーじゃん?」

「……」


「それよりも、そんなにあのガキンチョが気になるのか?」

「はい、ですの」


 そこは小さく頷く。


「御神木が御神木を欲するって、なかなかシュールだな。御神木の先輩パイセンとして放っておけないってヤツ?」」

御兄様?」


 クスリと私は笑みを溢します。


「気脈を制する者は、呪術を――陰陽師を制す。それならば龍脈を制する者は、覇道を制す。古来から、誰もが黄道こうどうを指標に、祭祀を行い、まつりごとの礎としたのは迷信ではありませんの」

「……それが、お嬢とチビお嬢の本意なら、な」


 私を肩をすくめてみせます。

 気脈より、風を拝借。足音を殺し、加速。私の巫女装束がはらりと、風に揺れます。そして御兄様も同様。目指すは、後輩御神木。半身が目指すのは、本体でしょう。なぜなら、彼女にとってのご母堂――榊原櫻の霊力が濃いのもだからです。


 この場所の気脈は、彼女と同様に幼い。

 ママとパパ以外は異物であると、解釈したようです。蔓が、私達を捕らえようと蛇の如く、蠢きますが、それ以上の速度で駆け抜けます。




 ――ママとパパに会いに行くのっ! ジャマする人は大嫌いっ!


 そうですよね。

 その気持ち、痛いほど伝わってきます。

 だというのに。




 幼い気脈は、その土地に貯めた霊力も顧みず、本能に従うかのように、うねり、私達へ青白い霧状の触手をのばしてます。


 御兄様は、私たちへの接続を悉く、そのかいな一振りで、霧散させるのだから、やはり深縹童子こきはなだの名は伊達ではありません。


 気脈は、さらに取り込んだ情報が、無差別に放ってくるのだから、自殺行為も良いところです。こんなことを繰り返していたら、御神木の霊力は、あっという間に底をついてしまうでしょう。

 剥き出しの気脈に触れながら――ただ、悪いことばかりではありませんでした。





■■■





 ――これは勅命である。

 あれは、公儀御庭番の社務長。


 ――確かに、拝命いたしました。

 あの時の、庭番見習ではないですか。


 声が、ぶれる。

 音が揺れる。

 どうやら、気脈はもう保ちそうにありません。


 ――貴方の言うことは正シイ。アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターは、鬼であり、悪魔であり、魔王デス。幼キ勇者ヨ。貴方に聖女様の加護があらんコトを。


 この言葉使いは、聖女真教の枢機卿なる、異世界ユグドラシルからの客人。


 もう少し、情報が欲しいのですが、気脈からの声は途絶えました。どうやら、本当に霊力が尽きたようです。まさに子どもの癇癪のようで――。






■■■







「――おいっ、チビお嬢っ! これはちょっと、マズいぞ!」


 鬼様が――いえ御兄様が唸ります。


「御神木の嘆きに、悪霊が呼び寄せられたようですの。これは怨人えんじんを作られるまで、時間の問題と思われますの」

「呑気な解説は望んでねぇ!」


 そう言いながらも、鬼のかいなで悪霊を、即座に退散させていくのだから流石としか言い様がありません。


御兄様」

「いい加減、その呼び名やめない?」


御兄様なら……庭番見習程度、造作ないでしょう?」

「音無家が、安部家にケンカ売っても良いのかよ?」


「私は御神木ですから。ヒトの政には興味はありませんの」

「俺も鬼だから、どうでも良いけどな!」


「お姉様に怒られない程度に、殺さず生かさずでお願いしますの」

「時間を稼いで、霊力も枯渇させろって? チビお嬢、鬼だろ」


「鬼は御兄様ですの」

「うるせぇよ!」


 そう言いながら、準備万端と言わんばかりに、御兄様が深縹色に――深く濃い、妖力を練り上げていきます。


 と――私は、空を見上げます。

 御神木まで、あと少しの距離。


 すると、どうでしょう。

 すっかり霊力が尽きて澱んだ大地に。

 色を失いかけた緑が、少しずつ色を取り戻しているかのように見えました。





 ひらひら。

 桜の花弁が舞います。


 御神木が、花を咲かせ――三分咲き。


 これが意味をすることを思い巡らし、私はさらに駆けようとして――御兄様に背負われたのでした。


 という、お子様扱い――暴虐に私は思わず抗議の声をあげます。


御兄様っ!」

「気脈の霊力が尽きたんだろ? いかにチビお嬢といえ、余所の領域ではムリだろ。仰せの件も全て達成する。だから、まかせろ」


「……それなら、せめて……お姫様抱っこを所望しますの」

「両手、塞がるじゃん」


「それなら、やはり小百合とお呼びください。私は成長していますの。いつまでも小さな淑女じゃないんですの」


「あと、何年待てば良いんだよ?」

「樹齢300年ほど」

「阿呆かっ」


 そうじゃれ合いながらも、御兄様は、明らかに統率が取れていない、陰陽師の群れに突っ込んでいきます。集団の分断――各個撃破も、用兵の基礎。鬼の頭領ならではの発想でしょう。


 御神木周辺で【焔の符】を起動させようとは、なんて不届き者なのでしょうか。その護符それぞれを、鬼の爪で裂くのを見やりながら。私は、気脈を読むのに集中します。




 空に線が。円を。

 弧を描かれるのを見やりながら。


 舞い散る、花弁を気にもとめない陰陽師達に安堵します。どうやら、私の干渉に、気脈が応えてくれたようです。彼ら陰陽師は一時的に、霊力で探知することができなくなりました。




(……これは先輩パイセンからの特別サービスですの)


 御兄様の言い方を借りれば、こんな台詞になるのでしょうか。

 気脈を、私は確かにつなげました。後は、任せましたからね。















 ――どうか、ご武運を。







________________




【とある世界樹パイセンの呟き】


2024年、最後の更新が私の独白で終わるのは、大変恐縮ですの。

ここまで物語を綴れたのも、応援してくださった皆様のおかげです。

ただ、ご覧のように、幼き世界樹はまだまだ未熟。

どうか、創造の女神に愛された星の貴石を奉納していただき、世界樹の成長をご祈願くださいませ。


現在、奉納いただいた貴石は106コ。

どうやら、枯れ果てる結末だけは回避できそうですが、予断を許さない状況。

合わせて、皆様からの力ある祝詞もお待ちしていますの。




2025年が、皆様にとって素晴らしい1年でありますように。

それでは、お目汚し、大変失礼いたしましたの。




 

 

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