閑話:とあるパイセン世界樹の物語①
――ママっ……パパ……ひっぐっ、ママぁっ!
気脈を伝わってくる声は、悲壮感でいっぱいでした。本当にこの子は
「……しっかし、本当に中身はガキんちょなのな」
そう呆れたように呟くのは、紺野雅春様。私は敬愛を込めて
ただ、と姉様はおっしゃいます。
――勘違いしないように。彼は、お仕事仲間ですからね。
そう、式神として縛っていない。
「
「ほぉん。時間が短いってこと?」
「端的に言えば。彼女は土地に根付いて、まだ幾許も無い状況ですの。でも、土地にとって御神木の存在は、唯一無二。結果、彼女の
水の呪術はまだ良い。エリザベスと名乗った、子守の判断は間違いない。小さき
ただ、土の呪術を行使した家政は、判断を誤った。
何より、榊原の陰陽師。礼儀として〝彼女〟と評するが、あのお方の霊力が強すぎる。結果、世界樹は驚き、慄いた。
だって、先刻まで優しかった人達が、突然、怒ったように感じたから。それだけ、理屈で
「それは仕方ないんじゃねぇの?」
「
「だって、子育てなんてみんな初めてじゃん。時々、近所のガキを見させられるけどさ、どいつもこいつも同じ手なんか通用しねぇし。まして
「……」
「それよりも、そんなにあのガキンチョが気になるのか?」
「はい、ですの」
そこは小さく頷く。
「御神木が御神木を欲するって、なかなかシュールだな。御神木の
「
クスリと私は笑みを溢します。
「気脈を制する者は、呪術を――陰陽師を制す。それならば龍脈を制する者は、覇道を制す。古来から、誰もが
「……それが、お嬢とチビお嬢の本意なら、な」
私を肩をすくめてみせます。
気脈より、風を拝借。足音を殺し、加速。私の巫女装束がはらりと、風に揺れます。そして
この場所の気脈は、彼女と同様に幼い。
ママとパパ以外は異物であると、解釈したようです。蔓が、私達を捕らえようと蛇の如く、蠢きますが、それ以上の速度で駆け抜けます。
――ママとパパに会いに行くのっ! ジャマする人は大嫌いっ!
そうですよね。
その気持ち、痛いほど伝わってきます。
だというのに。
幼い気脈は、その土地に貯めた霊力も顧みず、本能に従うかのように、うねり、私達へ青白い霧状の触手をのばしてます。
気脈は、さらに取り込んだ情報が、無差別に放ってくるのだから、自殺行為も良いところです。こんなことを繰り返していたら、御神木の霊力は、あっという間に底をついてしまうでしょう。
剥き出しの気脈に触れながら――ただ、悪いことばかりではありませんでした。
■■■
――これは勅命である。
あれは、公儀御庭番の社務長。
――確かに、拝命いたしました。
あの時の、庭番見習ではないですか。
声が、ぶれる。
音が揺れる。
どうやら、気脈はもう保ちそうにありません。
――貴方の言うことは正シイ。アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターは、鬼であり、悪魔であり、魔王デス。幼キ勇者ヨ。貴方に聖女様の加護があらんコトを。
この言葉使いは、聖女真教の枢機卿なる、
もう少し、情報が欲しいのですが、気脈からの声は途絶えました。どうやら、本当に霊力が尽きたようです。まさに子どもの癇癪のようで――。
■■■
「――おいっ、チビお嬢っ! これはちょっと、マズいぞ!」
鬼様が――いえ
「御神木の嘆きに、悪霊が呼び寄せられたようですの。これは
「呑気な解説は望んでねぇ!」
そう言いながらも、鬼の
「
「いい加減、その呼び名やめない?」
「
「音無家が、安部家にケンカ売っても良いのかよ?」
「私は御神木ですから。ヒトの政には興味はありませんの」
「俺も鬼だから、どうでも良いけどな!」
「お姉様に怒られない程度に、殺さず生かさずでお願いしますの」
「時間を稼いで、霊力も枯渇させろって? チビお嬢、鬼だろ」
「鬼は
「うるせぇよ!」
そう言いながら、準備万端と言わんばかりに、御兄様が深縹色に――深く濃い、妖力を練り上げていきます。
と――私は、空を見上げます。
御神木まで、あと少しの距離。
すると、どうでしょう。
すっかり霊力が尽きて澱んだ大地に。
色を失いかけた緑が、少しずつ色を取り戻しているかのように見えました。
ひらひら。
桜の花弁が舞います。
御神木が、花を咲かせ――三分咲き。
これが意味をすることを思い巡らし、私はさらに駆けようとして――御兄様に背負われたのでした。
おんぶという、お子様扱い――暴虐に私は思わず抗議の声をあげます。
「
「気脈の霊力が尽きたんだろ? いかにチビお嬢といえ、余所の領域ではムリだろ。仰せの件も全て達成する。だから、まかせろ」
「……それなら、せめて……お姫様抱っこを所望しますの」
「両手、塞がるじゃん」
「それなら、やはり小百合とお呼びください。私は成長していますの。いつまでも小さな淑女じゃないんですの」
「あと、何年待てば良いんだよ?」
「樹齢300年ほど」
「阿呆かっ」
そうじゃれ合いながらも、御兄様は、明らかに統率が取れていない、陰陽師の群れに突っ込んでいきます。集団の分断――各個撃破も、用兵の基礎。鬼の頭領ならではの発想でしょう。
御神木周辺で【焔の符】を起動させようとは、なんて不届き者なのでしょうか。その護符それぞれを、鬼の爪で裂くのを見やりながら。私は、気脈を読むのに集中します。
空に線が。円を。
弧を描かれるのを見やりながら。
舞い散る、花弁を気にもとめない陰陽師達に安堵します。どうやら、私の干渉に、気脈が応えてくれたようです。彼ら陰陽師は一時的に、霊力で探知することができなくなりました。
(……これは
気脈を、私は確かにつなげました。後は、任せましたからね。
――どうか、ご武運を。
________________
【とある世界樹パイセンの呟き】
2024年、最後の更新が私の独白で終わるのは、大変恐縮ですの。
ここまで物語を綴れたのも、応援してくださった皆様のおかげです。
ただ、ご覧のように、幼き世界樹はまだまだ未熟。
どうか、創造の女神に愛された星の貴石を奉納していただき、世界樹の成長をご祈願くださいませ。
現在、奉納いただいた貴石は106コ。
どうやら、枯れ果てる結末だけは回避できそうですが、予断を許さない状況。
合わせて、皆様からの力ある祝詞もお待ちしていますの。
2025年が、皆様にとって素晴らしい1年でありますように。
それでは、お目汚し、大変失礼いたしましたの。
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