世界樹のパパは有能です。
常磐色に魔力が輝く。
浅葱色の霊力が鈍く唸る――呪法の一つ南無阿弥陀仏、その導入【南無】を教頭先生は立ち上げたのだ。
【
教頭先生は、その初歩の【南無】でアスに立ち向かおうとしている。気脈が薄い日本では、確かにアスが不利だった。一方のアスは、気脈の魔力を練り上げただけ。でも、私は見た。聖属性以外の全ての属性が練り込まれていることを。
私は、前に出る。
「……櫻?! バカ! 術が発動したのになんて無謀なことを――」
「これだから、無能は。分をわきまえず、なんと愚かな」
眼鏡をくいっと指で押し上げながら呆れた口調で呟いた教頭先生に、アスが目を剥く。簡単にしか言っていなかったが、私の
(……そんなことで怒らないの)
それでも、私がやることは変わらない。
「聖歌111番、
私は口ずさむと、気脈の精が一緒に合わせてくる。本当に良い子達だって思う。魔力に変換した音色が、あたり一帯を包み込んでいく。乱舞する精が、アスが
「……バカか、やはり無能は――」
教頭先生が呟いた瞬間だった。教頭先生を、気脈の精が黒板へ抑えつける。
「お前ら、分かってるじゃん」
「ちょっと、アス?!」
私の制止は何のその。ニヤリと笑って、アスが気脈に
精達が嬉々として跳ね回って、光を明滅させ、チョークを持ち上げる。
――バカ。
教頭先生の額に、乱暴にチョークで、そんな文字が書かれたのだった。
■■■
「これって……」
案内されたのは校長室。来客とは、応接スペースで歓談するのが決まり、という教頭先生の説明は分かる。それは良い。
ただ――彫像のように、校長室の隅で凍りついている、校長先生を見て、思わずぎょっとした。
「……氷像にした殿下の腕前が気になっていたのだが、なかなかどうして素晴らしい呪法です。
「取り繕うな、気味が悪い。紳士的に見せて、本性は野獣のクセに」
「まぁ、陰陽師の端くれなれば」
「あれは全力じゃないんだろう?」
「……学校を破壊したとなっては、流石に局長と陰陽寮本部の苦言は免れませんからね。呪法の初段を殿下がどう捌くかで、見極めることは可能だ。しかし、まさか無能が――」
教頭先生の言葉が、止まる。
いや、停止させられた。
アスは怒気を膨らませただけ。
その感情に、反応したのは、気脈の精達だ。教頭先生の周囲だけ、酸素が急激に薄くなる。もちろん、余所から空気が流れ込まないように、結界で囲うという徹底ぶり。
「あ、あがっ、う――」
「教頭殿、いや御庭番の副局長殿、だったか。分をわきまえないのは、貴方だったな。我が世界樹の巫女が、御神木が失われた土地に、種を蒔き芽を吹かせた。この意味が分かるか。この地の精は等しく、櫻の眷属だ。我らが聖女の御前である。頭が高い」
アスの言葉が合図であるかのように、精が教頭先生を圧する。まるで土下座をさせられたかのように、床を舐めさせられた。
「あ、アス。ちょっと、待って!」
「櫻、慈愛の心も結構だが、あいにく俺は聖職者じゃない。お前を害しようとする輩である以上、俺は容赦できない」
「あぁ……害するなんて……そんな……」
必死に口をパクパクさせている。精に向けて、懇願する。ふよふよと浮いた精は仕方ないと言わんばかりに、教頭先生に酸素を送り出した。
「そうか?
――
――カシコマリマシタ。
――沖田を最前線に戻すためなら、俺はなんだってするぞ。
教頭先生と横峰先生の声が気脈から聞こえてくる。気脈の精から再生させたのはアスの魔術。教頭先生は、目を大きく見開く。
――能。
気脈に保存された、過去の教頭先生が呪法が込めた。能面の能。能舞の能。応能の能。役割を演じる。役割を舞う。淡々と、足音も立てずに。疑いもせずに。昨日までの横峰先生は、確かに私を生徒として認識していなかった。
今日の横峰先生は、明らかに私を【榊原櫻】として見てくていた気がする。マッチングアプリ等、色々と問題発言はあったけれど。
これは……そういうことなの?
気脈が、浄化されて。
アスは藻掻く教頭先生の前に立つ。
「お前らの価値観で、我が伴侶を計るな。お願い事をしに来たとでも思ったのか? 個別授業? くだらん。それなら相手の魔力を感じ取ってから言え。気脈を制する者が魔術を制すのは、基礎中の基礎だろう」
ぐっと、教頭先生の髪を掴んで、顔を無理矢理、持ち上げる。アスがとんでもないことを文中に混ぜた気がするけれど、今は無視。スルー。スルースルースルー。
「これはお願いじゃない。我が聖女に無礼を働いた、大日本皇国に対しての、賠償請求だ」
アスは冷たく、教頭先生を見やる。
「一つ、世界樹の子と聖女は魔力的にも、密接的な相互関係にある。彼女の同行を許可すること。陰陽師系進学校では、式神として確保した玄武を通学させた前例が過去にある。問題はないだろう?」
「それは……私の一存では……」
「決めろ。あんたが、公儀御庭番の副局長なんだろう? まさかこの期に及んで、局長の裁決がないと動けないとか言うなよ?」
「あ……が……あ――」
「アスっ!」
精達が空気の密度を減らすのを見て、私は思わず声を上げた。その刹那、風の精が渦巻き、ごーごーと烈風が音を掻き消す。あくまでアスは、私に口出しをさせないつもりだ。それだけ、事態は緊急を要していることを意味する。
汚れ役は全て、被る。アスはそう思っている節がある。そして私は、短絡的で大局を見ることができていない。何が、聖女だ――思わず、唇を噛みしめる。この事態が、私の視界の狭さを雄弁に物語る。
「もう一つ。正体不明の
「なにを……バカな――」
「アス?!
私は思わず、気脈に
こうやって現実を見たらどうだ。
私のことも、桜那のことも。
政治レベルから俯瞰して、アスは守ろうとしてくれていた。だったら――私はできることを全力でするだけだ。
桜那と思わしき魔力が、
「安心しろ、櫻。エルも、御母堂も、バトラー達もいる。ダンチョーも向かわせた。後はクソの役に立たない陰陽師どもを退かせて、桜那を迎えに――」
そう安心させるように、私に語りかけた瞬間だった。
気脈が歪む。
気脈が乱れる。
気脈が揺れた。
そう。例えるなら。音声が混線したかのように、色々な人の声が一度に、飛び込んできた。
■■■
――王子、もうムリムリムリムリ。これ、無理だって! 櫻、助けて! これ絶対に無理ゲーだから!
エル?
――エル様、
バトラーさん?
――鬼の子、お前をここで成敗する。覚悟しろ。
――庚君、だから違うって言って……
お母さん?
――あそこだ。追い詰めろ! あの奇怪な樹を切り落とせ! この地の気脈を乱す、
声が重なる。掛け合い、気合い、鼓舞する声。そして、泣き声――。
■■■
――ママっ! パパっ!
嗚咽まじりの声。
気脈越しに私の耳を突き刺したその声が、私の感情を掻き乱す。
そして――。
ずんっ。
腹の底まで震わすような、異音が響く。
この瞬間――幼い世界樹を中心に、気脈が
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