世界樹の聖女様と殿下は、遅刻が確定です。
中学生。ただし、プロフィールを、 書くとしたら、職業欄には聖女。さらに備考欄には世界樹の母と書かないといけないという現実に、私の思考が追いつかないけれど。
異世界召喚をされたという事実を除けば、私は他の子と何ら変わらない、普通の中学生なのだと、声を大にして言いたい。
無遅刻・無欠席が、私の唯一誇れる点だった。それが、聖女召喚で一年間の休学。この中學2年で、挽回をしないといけないのに――まさかの2日目から、遅刻。
アスのように才覚を持ち合わせていない私は、努力をするしかない。それだって、2年を切った高等學校進學試験を考えたら、憂鬱しかない。
この學校、生徒の大半が、陰陽師系に進むだろう。無能と言われた私には、それも適わない。せめて、中學1年で陰陽道の適応が見い出せたら。もしくは、勉学でTOP50程度にランクインできたら。
陰陽系私立中學から、公立高校に進学するのことは、こんなにも道のりが厳しい。それ以下のランクの學校を考えたら、遠方の学校で寮暮らしを考慮しないといけない。
「……ら、さくら? 櫻?」
アスに呼ばれていたことに気付く。
少し、語気を強く呼んだのか、教室に向かう途中の階段で、アスも声が谺した。
「ぁ――」
私の呟きが静かに響く。私の耳の奥底で、いつまでも反響しあって。アスの声は、消えてくれない。
もう、今さらだ。
授業が進んでいる、この時間に。
私は、いまだ校舎の一角で、アスの声に溶かされかけている。変に否定をしても仕方がない。認めよう、私はアスの声が好きだ。
(声だけ?)
違う。
アスの全部が、好きで好きで仕方ない。でも、住む世界が違う。だから、ちゃんと諦めたのに。この【魔術オタク】は、私の覚悟なんて、予想の数億光年飛び越して、
素直に、この気持ちを伝えたら。
アスはどんな顔をするのだろう。
ココでは、王族と一般人。無責任に、この気持ちを伝えられない。
「櫻」
もう一度、呼ばれる。その度に、トクトク心臓が胸を打つ。
「……アス?」
「昨日は、ちゃんと言う余裕がなかったけれど。その制服、似合っている」
階段で反響するアスの声。
「えっと……? アス?」
「……聖女の正装は綺麗だと思っていたが、學校の制服は愛らしいな」
「み、みんな着ているじゃないっ! 私だけじゃないよ!」
それこそと着崩して、前田さんのように垢抜けた子だっている。私は、入学式の直後に召喚をされたから、勝手が分からない。中學2年だというのに、まるで1年生のような堅苦しさがあるって、自分でも思う。
「他? 別にどうでも良いが」
「この魔術オタク。そんなこと言われたら、他の子が悲しむじゃない。もっと、関心を――」
「関心は寄せているつもりだ。この国の風習も、学んでいこうと思っている。でも、一番は櫻だ。俺にはそれ以上、ない」
「また、そんなこと言って――」
「エリザベスに、きつく言われたからな」
「エリィーさんに?」
私が尋ねると、アスはコクンと頷いて、苦笑する。
「大切なことは、言葉にしないと伝わらない。魔術で伝えたつもりでいるなってな」
アスの言葉を聞きながら、エリィーさんらしいって思う。アスはどこか
「でも、アスの大切なことって?」
聞いて、思わず後悔する。それが私以外のことだったら。そして、それは十分にあり得る。だって、彼はウィンチェスター王家、王位継承者第一位の身なのだから。
「そんなの決まってるじゃないか」
アスが私を覗きこむ。
(……え?)
そんな思わせぶりにしないで欲しい。そんな風に言われたら、期待しちゃう。ダメだよ、アス。ちゃんと、諦めさせて。これ以上、アスを近くに感じたら。私、きっと抑えられな――。
アスが口を開こうとした、その刹那だった。
校内のスピーカーが、一斉に警報音を鳴らす。各教室、廊下、校庭に設置されたスピーカーが、一斉に出した警報音で耳が痛い。
これは高度警戒レベルであることを、意味している。
『校内の公儀御庭番及び庭番
■■■
「やかましいことで」
「やかましいって……これ、
「やっと、この国の魔術が見られるのか。それは興味深い」
「アス?!」
ジロリと私は睨む。本当にこの【魔術バカ】は、魔法や呪術が絡むと、見境がなくなるんだから。
「そんなに、興味深いならそっちを見学に行ったら良いじゃない! アスのバカっ」
私は、そっぽ向く。なんて大人げない、って。自分でも思うけれど。
「……ん? 櫻は何か、勘違いしていないか? この国の陰陽道はいつでも学べる。この事象だって、後で精査したら良い。俺には、櫻より重要な案件なんてない」
くいっと、頬に手を添えられ。逸らした視線が、無理矢理、修正される。
「あ、アス?」
「前なら、何度も言わせるなと伝えていたかもな。今は、分かってもらえるまで、何度でも伝えるから。俺に櫻以上の重要な案件なんか、ないからな」
「あ、う、アス! 待って、その――」
私が反論するより早く。複数の足音が、静寂を突き破る。考えてみれば当然だ。緊急怨霊速報が発信されたんだ。公儀御庭番に属する生徒会執行部、それ以外の庭番見習達が、火急で現地に駆けつけるは当然のこと。
案の定、階段上から浅原君、物部君。そして昨日、私に絡んだ前田さん達が駆け下りてきた。
庭番見習だ。
アスがその流れに私がさらわれないようにと、肩を抱いて引き寄せる。
彼女はそんな私とアスを見て、何か言いたそうだったが、そのまま駆け下りていった。
そして、遅れて
気脈が澱む。どう考えても、庚君は、アスに対して敵意を。そして呪詛を叩きつけていた。アスは、それを涼しい顔をしてやり過ごす。聖女と一緒にいるだけで、
(……って、私の思考、アス化してない?)
睨みあう2人のせいで、気脈が揺れる。好戦的な精が集まり始め、空気がピリピリと肌を刺激する。
「……良い身分だな」
「王族だからな」
「……」
ちっと、舌打ちをして。それから、庚君は私を見る。絞り出すように、呟く。警報音に掻き消されたが、風の精が音を絡めとり、私に届けてくれた。
――絶対に、俺が櫻を救うから。
これは、どういう意味なんだろうか?
まるで、私が
「……
警報がけたましく鳴り響くなか。
1年ぶりに再会した幼馴染みが何を考えているのか、私にはよく分からなかった。
________________
閑話:とある第一王子の物語②
呆然としている櫻を尻目に、俺は影へと呼びかける。他の男に、意識をもっていかれたのは癪だが、そこに心を乱されている場合じゃない。
「ダンチョー。いるか?」
「御意。こちらに」
声だけが、反響する。魔術が使えないダンチョーは、影や色に同化する魔術も、もちろん行使できない。
ただ、彼は【氣】を扱うことにかけて、ウィンチェスター随一と言える。彼の使う【氣】の応用【絶】はそこに居ながら、魔力感知でも知り得ない。
魔術に遠い男が、一番気脈に近いのだ。彼の【絶】を見破るのは、弟子の聖女・櫻のみ。俺が、魔術のみに傾倒しなくなった、理由の一つだ。
魔力を完全に封じられた階層で、魔術師は役立たずでしかない。あの時、魔術はあくまで手段だと、ほとほと痛感したのだ。
「あいつらを追え」
「さすがに承服しかねるで御座るよ。拙者は、殿下の護衛であることをお忘れか?」
「懸念の陰陽師が不在で、誰を護衛するんだよ? それより、気脈がおかしい。いきなり不安定なになった」
「それは同意いたす。まるで
「櫻も、また循環不全かな? これぐらい、あいつも察知するだろうに。もしくは鈍ったか?」
「どこかの殿下にあんなに心をかき乱されたら、気脈に
「……なんだって?」
「なんでも御座らんよ。確かに、拝命いたした。だが殿下、ご無理はされるなよ?」
そう苦笑して。それからダンチョーの声はかき消えた。
行ったらしい。終始、気配を察知できなかったのは、やはり流石だ。
(櫻――)
今は声をかけるのが、憚れた。
櫻が思い悩む、その姿を見たら、胸が焦げつくけれど。
今は、雑念を振り払って、先を思い巡らす。俺には櫻のように、人の心を動かす言葉はかけられない。たた、先を見越し、必要な魔術を使うだけ。
あくまで
彼女の懸命な声。
土地が腐るがまま。どうしようもないと、諦めた民がもう一度鍬を握ったのは、聖女の言葉があったからだ。
その言葉には、確かに
(……そんな櫻だから)
多分、最後まで旅をすることができた。
庇護され育った王族には、緩くない旅路。それだって、彼女が小さな躰で、懸命に歩み進めたから。どうして、王子の俺が泣き言が言えようか。本質の俺は意気地なしだ。
そして、旅が終わったら伝えようと用意した言葉は、未だ言えないままでいる。
だから、なおさら。
櫻が
腹が括れた。
櫻が笑ってくれるのなら、どんな手だって惜しまない。
俺にとっては、櫻が全てだ。
恋した相手のために異世界を渡った
――
この誓い、そんなに易くないと。
もう一度、櫻に誓うために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます