閑話:とある庭番見習の物語③
「それではこれより、審問会を開始する」
公儀御庭番が所有する、社殿の一つ。朽ちた御神木があった、神社の社殿。そこで審問会は開かれることになった。
――俺達、できることはやったぜ?!
浅川の気持ちは分かる。むしろ、俺は何もできず醜態を晒した。懲罰を受けるのであれば、俺だろう。そう、腹をくくる。
社殿の中は、外見とは裏腹に整理されている。当然だ、ここの掃除も、御庭見習の責務の一つなのだ。清潔な場所に霊は宿る。これは陰陽道の基礎だ。
ただ、あれ? って思う。
(……霊がいつもより多い?)
気脈が濃いように感じる。昨日までにはない、静謐な空気のなか、審問会は
事務方トップの社務長はまだ分かる。局長、副局長のスリートップが出席。そして陰陽寮四家の一つ、音無家の当主代理の令嬢が
「音無殿。ご臨席、痛み入る」
社務長が、頭を下げた。口調は機械的。歓迎していないというのが、その
それはそうだろう。陰陽寮、四家。安倍家、加茂家、夏目家。そして音無家。最大勢力の安倍家が御神木の管理を独占している。音無家はネットワークから外れて、自称「世界樹」を有しているが、物の数にも入らない。そんな音無家が、公儀御庭番の審問会に出席することは、異例中の異例だった。
だいたい、巫女装束から彼女自身も陰陽師なのだろう。だが、この世界で、女が中途半端に出られる程、甘くない。
「いえ。御神木に何かあれば、陰陽寮四家は確認の義務がございます。公儀御庭番、局長様におかれましては、小娘の申し出を快くお受けいただき、改めて感謝申し上げます」
にっこり、巫女令嬢は微笑む。
「こちらこそだ。音無殿にはまた茶をたてていただき〝がーでにんぐ〟について、ゆっくり語り合いたいものだな」
「……おい、近藤。今度は俺が、音無殿と試合をする番ぞ?」
「ふふふ、それはまたいずれですね」
こんな穏やかな局長と副局長なんて、なかなかお目にかかれない。ここにいる誰もが、目を点にさせていた。
「
と局長が声をかけた。
「う、うっす……」
パッとしない高校生は、頷く程度。だが、俺達は思わず、霊気を張りめぐらす。音無家が
「やめないか、お前達」
「紺野君もですよ」
音無家の妖は、返答せず肩をすくめた。途端に妖気は消失する。ようやく肩で息をするのは、俺だけじゃない。あの甲冑騎士もバケモノだったが、音無家の妖は、同レベル。文字通りの化け物だった。
思わず、唇を噛む。でも……なぜ?
悔しいと思った。
それは、どうして?
自分のなかの不消化な感情を咀嚼できない。
「流石、階位最上位の鬼、
「しねぇよ」
副局長と、まるでジャレあう鬼を、憎々しく睨みながらも、力が足りないことを実感する。
と社務長が仕切り直しと言わんばかりに、咳払いをした。
「そして、異国ユグドラシルより、聖女真教の枢機卿、イスカ殿だ。病んだ御神木に対しての対処。そのご教授をいただいたことは周知の通り。現在、御庭番の非常勤顧問としてご意見をいただいている。くれぐれも失礼のないように」
社務長の言葉から、彼がもっとも招きたい相手であったことが伺える。確かに、処置なしの御神木から、祈祷の資材が得られるとは、誰も思い至らなかった。それが、まして怨霊や怨人を祓う最短の道になるとは、誰が想像しただろうか。ただ、ウィンチェスターと同郷と知り、僅かに不快感が灯る。
「ご紹介にあずかり、光栄デス。イスカリオテ・ダダイと申しマス。皆様 、どうぞワタシのことイスカとお呼びくださイ」
「イスカ殿。これまで多くのご尽力、感謝する。また多忙の折、大変恐縮だが、出席してくれた各御庭番・組長にも合わせて感謝の意を伝えさせていただく。すでにご承知の通り、当事者であることから一番隊組長、榊原殿にはご遠慮いただいた。その点を踏まえて、皆からは忌憚なき意見をお願いしたい」
社務長の言葉に、俺は唾を飲み込み、覚悟を決めた。
■■■
「……以上が、ことの顛末です」
「あい、分かった。
「はっ」
俺は頷き、正座をする。浅川も物部も同様だ。息を潜めて、沙汰を待つ。御神木より得られる貴重な呪術素材を得る機会を失ったのだ。それは当然で――。
「……お待ちください、どうして彼らが罰せられるのです?」
意外なことに、音無家の令嬢が声を上げる。
「音無殿、これはあくまで公儀御庭番――安倍家の問題です。音無家が求めたのは、情報の開示のはず。発言権は――」
「いや、俺も気になるな」
そう言ったのは、副局長だった。
「なぁ、芹沢? お前、病んだ御神木を救う手立てはない、と。被害を最小限に抑える手法として、素材を刈り取ることが、最短の道。そう言ったよな?」
「……そ、そうだ。イスカ殿のご助言をいただいて」
「はイ。我が国では、魔の森と呼ばれる、世界樹が病んだ場所があります。そこは、素材の宝庫。そこで魔物や素材を刈り取ることが、魔の森拡大を防ぐ手段なのデス」
「いや、それは良いんだ」
副局長は、足を崩し、片膝をついて。それから面倒くさそうに、顎を乗せた。
「……問題は、御神木の芽が吹いた、ということだ。単刀直入に言えば、病んだ御神木にこだわる必要がなくなった。この庭番見習達は、あの霊山を守るのに、懸命に頑張った。事実はそれだけじゃねぇか? こいつらに何の責任があるんだ? それとも俺たちに開示していない情報でもあるのか?」
「そんなものは……ない……」
社務長は言葉を詰まらせる。俺は副局長の言葉に、胸が熱くなる。
「ですガ、明らかに我が国の世界樹の種が蒔かれたようデス。
「空気は静謐、清浄。だが結界が張られ、御神木には触れられないか――」
「ワタシとシましては、一度、サクラ・サカキバラに祓いの儀式をお願いしたい。社務長サマには、ご了解を得て――」
それは願ったりも叶ったり、と俺は思った。櫻が、本当に取り替えっ子でないか、鑑定してもらえたらと思うし、何よりウィンチェスターの呪符を抹消できる可能性がある。
でも、枢機卿の言葉と共に、俺の期待を打ち消したのも、副長だった。
「それは、無理な話だ」
「なぜデス」
なぜ? それは俺も聞きたい。
「単純なことだ。榊原櫻は、ウィンチェスター王家より第1王子の婚約者であること、正式に通達を受けている。ようは、イスカリオテ殿。あなたの国の問題だ。そちらで
つまり、お前らでなんとかしろってコトだ。枢機卿は、顎を撫でながら熟考の構え。ココで答えを出すつもりはないらしい。
一方の俺は、視界が真っ暗になることを感じる。甲冑の騎士も言葉にしていたが、考えることを脳が拒否する。今一度、錆び付いた刃で、胸元を抉られた気分だ。
(櫻が、ウィンチェスターの婚約者……?)
言葉にするだけで、息が止まりそうになる。
「局長様、よろしいでしょうか?」
音無家の令嬢は空気を無視して、また無神経に言葉を紡ぐ。
「後日、新たな御神木を拝謁したいのですが。それは可能ですか?」
「音無家にそんな権限は――」
今に食ってかかりそうな社務長を、手で制止したのは局長だった。わずかの霊力で、社務長を黙らせる。
「無論、可能だ。ただ、結界が厳重に張られ、我々も触れることがかなわんのだ。本当に近くを見るだけになるが、よろしいか?」
「だって若い御神木には、そうお目にかかれませんから。紺野君もそう思いませんか?」
「この場で、俺に振る?」
俺は、正座をしたまま、前に這う。
「……恐れながら、申し上げます!」
「お、おい!
「局長の御前で、それはちょっと無礼すぎ――」
「良い」
穏やかに、局長の声が響く。
ただ、それだけなのに。
ずんずん、頭が重い。
気圧に押され、自分の意図に反し
「ほぉ?」
局長の目が俺に向く。
「あい、分かった。申してみよ」
「……はっ」
そう言いながらも、霊力で俺を抑えつける力は緩まない。これは試されているのだ。庭番見習――つまり
――まず、自分を基準に世界を見るクセを
あぁ、甲冑の騎士の言う通りだ。発言をしたいのなら、強くなくちゃいけない。見習のままじゃ、話すら聞いてもらえない。
(強くなる、もっと強く。独りよがりじゃなくて、もっと強く。でもその前に――)
「……俺は、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターが、その名を偽った【異界の鬼】なのではないかと、愚考しております」
「「ほぉ?」」
局長と――そして、
この結論に間違いはないと思っている。
櫻は、やっぱり櫻だと思った。取り替えっ子なんかじゃない。誰よりも優しくて、でも人と関わることを、すぐに諦めてしまう。そして、一歩がなかなか踏み出せない。自己肯定感の低さは、本当に俺が知る櫻だと実感する。
そんな、あいつだから、俺が守ってやらなくちゃダメなんだと思う。
――櫻は、俺が守るから。
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