世界樹の聖女様と守護者は誓約をかく結ばん



 しゃらん。

 鈴が鳴るように。

 精達が、踊るように跳ねて。


 りん。

 りん

 りん


澄み渡る空気が、気持ちが良い。つい数刻前、怨人えんじんや悪霊がこの土地に憑いていたとは、信じられないくらい、清涼な空気が鼻腔をくすぐる。


(……みんな、うれしそう)


 それは、そうか。御神木が倒れて。それから土地が穢れて。弔いもされず。精はそのまま、この土地に縛りつけられていたのだから。


 妖精とは違い、気脈の精に自我はない。それでも、浅川君と物部君への供給を拒否したことを見れば、よっぽど本能に刻まれるほど、腹に据えかねようで。数日すれば、元に戻るとしても、陰陽師の二人にはかなり、堪えたようだった。


 今もアルフさんが風魔術で、二人の狼狽っぷりを、鮮明に伝えてくれる。


「な、なんだよ、これ?」

「瘴気が消えていく……?」


「榊原は無能じゃなかったのか?」

「それより、なんで俺達、気脈から霊を招聘できない?」


 そういえば、お父さんも似たようなことを言っていた。陰陽師にとって気脈に接続することは、霊を招聘するということらしい。そう考えると、魔術も陰陽道も根幹は一緒――なんて、アスに言ったら、また研究にのめり込みそうだけれど。


怨人えんじんは?」

「筋肉ダルマに減らされ……いや、待って。反応ゼロだ。怨人は駆除された可能性が大……って、何か近づいてきてる!」


「拙者は、サー・ダニエル・チョードゥリーで御座る! 大日本皇国が誇る怨霊師おんりょうじとお見受けする。いざ、尋常に勝負を!」


 ダンチョー。


 アルフさんが行使する風の魔術越しでも、声が大きい。


 狼狽する浅原君と物部君の声すら、ダンチョーの雄叫びに掻き消された。



『ダンチョー、早くない?』


「まぁ、ありゃ……かなりハッスルしてる感じでっせ。陰陽師を聞き間違いしているの、いろいろヒドイと思いやすが」


「大日本皇国とトラブルにならなければ、良いのですが」

「その時はバトラーさんの出番ですね」


「エリィーさん?! 私はただの執事ですからね?」

「というか、殿下? よろしいんですかい? ダンチョー、情報を引き出す前に、駆除する勢いでっせ?」


「そうだな……ほどほどで止めてやらないとな。櫻に矛先を向けた奴らの対処としては、生ぬるいが、今は止む得まい。後で大日本皇国には、厳重に抗議しよう」

「ア、アス?! 私は大丈夫だから! そんな大事にしなくても――」

「櫻、案ずるな。ウィンチェスター王家とさてとして当然の対応だ」


 アスは悪い笑顔を浮かべ、これ以上は受け付けないと言わんばかりに、魔力を編み、気脈へ接続コネクト。一つの精に魔力を譲渡した。


 その子は、嬉しそうにふるんと舞ったかと思えば、気脈の海に潜り込む。気脈から、地脈へ。あっという間に流れ込んで、浅原君と物部君に取り憑いた。


 魔術、トロイの木馬。不用意に接続すれば、情報を搾取される。でも、魔力で容易に遮断できる初歩的な闇魔術だ。


 でも、今の状況で彼らに精に接続しないという選択肢はないはずだ。だって、この一帯の精は、全員、私に味方をしてくれたから。彼らは一時的にだが、気脈に接続することかできない。


 と――思ったよりも早かった。二人が、トロイの木馬に接続コネクトするのを感じる。


「釣れたな」


 アスが悪い顔で笑う。


「エル、ダンチョーに伝えろ。そこそこに追い詰めたら戻ってこい、って。あいつらには、ちゃんと本拠地に帰ってもらわないと、な」


『え、イヤだけど? あの脳筋、一回スイッチが入ったら、人の話、絶対に聞かないじゃん。それにボクは世界樹の眷属であって、王子の部下じゃないから――』


「……俺が接続コネクトした精、菖蒲あやめだったんだけれど。どうやらお前に興味があるらしいんだよね」

『王子、ごめん! すぐに行ってくる!』


 現金なエルは、気脈の中に飛び込んで、視界から姿を消す。

 私達は、顔を見合わせて。

 それから、吹き出すように笑みを溢す。







「「……徹底、撤退だっ!」」


 それから間もなく。

 浅川君と物部君の悲痛な叫びが風魔術を通して、山頂に木霊するように響き渡った。







■■■





 静謐。

 静粛。

 静寂。

 静閑。


 空気が柔らかい。

 アスからもらった分の魔力も含めて、全力で注ぎ込んだ。


 ふわりと、風が頬を撫でる。

 このあたり一帯の精が息を吹き返した。世界樹――御神木が朽ちたとは思えないほど、ココは精が溢れている。




 黄昏。

 夕焼。

 憂歓ゆうかん

 幽寂ゆうじゃく




 土を全員で耕す。御神木がいた場所は、手で。丁寧に、魔力を振り分けながら。


 それから、御神酒おみきを。

 聖女の魔術で、清めた。


 そして、精がそれぞれ気脈から地脈。そして水脈を通り抜け、龍脈で濾過した魔力を注ぎこむ。さらに、ウィンチェスター王家の血を滴らす。正統な世界樹の守護者である。異界こちらであっても、きっと成立すると見込んで、ユグドラシル形式で儀式を行うことを決めた。





 

 浄化。

 上昇。

 奏上。

 献上。







 守護者が、聖女の手を取る。

 そう、これは、世界樹をめぐる儀式。守護者と聖女が世界樹に向けて誓約する儀式だった。


 片膝を突いたアスが、掌に口付けをする。

 ただ、それだけなのに。


 体の芯まで熱い。

 何回されても、まるで慣れない。


 きっと顔が真っ赤だと思うけれど――夕焼けがきっと、カモフラージュしてくれる。


 エリィーが、グラスに御神酒おみきを注ぐ。異世界ユグドラシルでは水の代わりに酒を飲む習慣がある。儀式では、世界樹の芽を醸造した御神酒がつきものだった。


 まず聖女わたしが口をつける。

 酒精が、体を駆け巡るのが分かる。私、悪い子だ。


 次に守護者アスが、同じ飲み口で飲む。グラスに口紅がつくから分かりやすい。


(……どう考えても、コレ間接キスだよね?)


 そんな想いは、心の中に封印する。これは儀式、そう思うしかない。

 バトラーさんが、私の前に立つ。


 時に、教会の神父もこなし。時にウィンチェスター王家の文官を束ね、かと思えば、商業ギルドの顧問や魔術師協会の理事も務めているのだから、バトラーさんは本当に何者なんだろう。


「それではこれより、ユグドラシル式にて世界樹、誓約の儀をり行います。聖女、サクラ・サカキバラ。貴女あなたは病める時も健やかなる時も、世界樹と共に過ごすことを誓いますか」


 私は、一瞬、目が点になる。これ……結婚式の誓いの言葉に似ている気がするのは、気のせいだよね?


(集中、手中。儀式に集中)



 ――種を蒔く者には、責任が伴う。土を耕し、水を撒き。それだけでは、芽は吹かない。それほどまでに、世界樹の芽を萌芽させることは難しい。


 お爺ちゃんの言葉を、反芻しながら、私は誓約のため魔力を込める。


「ち、誓います」


 どもりなりながらも、なんとか言葉を紡ぐことができた。


「守護者、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスター。貴方は病める時も健やかなる時も、世界樹と共に過ごすことを誓いますか」


「誓います」


 アスは迷いがない。二人の掌を合わて、まるで1枚の皿のようにして、バトラーさんから世界樹の種を受け取る。


 それを私達は、丁寧に素手で蒔いていった。


 種が土に――御神木の堆肥で耕された土に、触れた瞬間だった。

 精が祝福するように、光輝き、そして舞って。


 土を被せても、その光は消えることなく、仄かに灯り続けるその光景は――異世界ユグドラシルでの、まさに世界樹の森を彷彿させる。















 精が乱舞しながら、目一杯の祝福を大地に捧げる。


 御神木キミが眠る、この場所で。

 土から新芽が、突き出たように見えたのは――流石に、目の錯覚だ。


 陽が落ちて、精達の舞踏会で目がチカチカするなかで。

 思わず、目を閉じた。






 なんとなく、キミが咲かせた桜の花を

 もう一度、見たくて。






 もう一度、目を開ければ。

 桜の花びらが舞う。

 目の前で、アスは満面の笑顔を浮かべ――私の手を引く。





「……アス?」

「弔いを手伝うって、言ったでしょう?」

「こ、この花はどうして……?」


 桜の花弁まで、舞い散る。その一枚が、私の手のひらに、ひらひらと舞い降りた。


「な、なんで……? だって、この花は――」


 異世界ユグドラシルには存在しないから。


 私はアスを見ようとするが、視界が霞んで、思うようにならない。


「だって、櫻の名を冠する花なんだろう? こっちに来たら、真っ先に調べてみようと思っていたんだ」


 そう微笑む。

 あ、ダメだ。


 アスの顔が本当によく見えない。目を開ければ、光と花弁の乱反射ワルツが眩しすぎて、目が開けられない。

 


 ――御神木はソメイヨシノ。



 アスには一言も言っていなかったはずなのに。調べるだけでは飽き足らず、魔術で再現するのは、本当にアスらしいけれど。


 どうしよう。

 有り難うって、言いたいのに。

 嬉しいのに、上手く言葉にならない。




「無理に言葉にしなくて良いから」


 ふわりと私は包み込まれた。

 花の香り。


 それよりも甘い、アスの匂い。

 そして、ランプのように淡く灯す精達。それから、懐かしいキミの残渣を、曇った視界越しに、確かにたから。






 とめどなく、溢れる感情が止まらなかった――。







▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥ ▧ ▦ ▤ ▥



🦋世界樹の眷属、エルからのお願い🦋




日本こっちのお友達は、お酒を飲むの、二十歳を過ぎてからなんだって。ちょっとくらい、良いと思うけどね!」

「ダメだよ!」

「でも櫻さ、飲酒したじゃん? 14歳だよね?」

「あ……う……それ、は……」

「ま、御神酒に酔う前に王子に酔っていたけどね」

「エルっ!」

「櫻のお顔、まっかっか~ お酒でものみました~?」

「飲んでないから!」

「お酒は、二十歳を過ぎてから~。ごきゅごきゅごきゅ。ぷっは~」

「あ……でも、エルって何歳なの?」

「にっひっひ。世界樹の爺ちゃんより、ちょっと若いくらいかなー♪」






大日本皇国では、未成年の飲酒は法律で禁止されていますが、儀式の御神酒はその限りではありません。


でも、一般市民の皆さん。飲酒は二十歳になってからで🍶

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