背戒樹(セカイジュ)の聖女様
――ほぉ。珍しく嬢が我儘なお願いをなど言うから、何かと思えば、そんなことか。
――そんなことって……世界樹の種だよ?
――儂にとっては同じことよ。世界樹の種は、時に
ふぉふぉふぉ、笑ったのは世界樹の森、浅層の案内人、
口の悪い冒険者達には、樫の木ジジイなんて呼ばれていたけれど、私の中では
まさか思うわけないじゃない。
この気の良い魔物が、世界樹そのものだなんて。
そりゃ、騎士も冒険者もどんなに頑張っても、この
――お爺ちゃん、良いの?
――良いも悪いもないて。枯れかけた儂に水をやり、土を耕し養分を。瘴気を祓い、そして接ぎ木をしてくれたのは嬢ではないか。世界樹が森を育むには時間がかかる。まして犯された土地ならなおさら。儂だけでは、朽ちるに身を任せるしかなかったのだからの。
――でも、それは……たくさんの人が力を貸してくれたから……。
――嬢、憶えておくのだ。一人の力できることは限られている。嬢が、ウィンチェスターのクソ
だから。
お爺ちゃんの声が、寂しそうに揺れる。
――種を蒔く者には、責任が伴う。土を耕し、水を撒き。それだけでは、芽は吹かない。それほどまでに、世界樹の芽を萌芽させることは難しい。単純に言えば、純粋な魔力が必要だ。健やかなる時も、悩める時も、どんな日々でも。あのクソ倅と寄り添う覚悟が必要だ。分かるかの?
お爺ちゃんの真剣な声に、私はコクコクと頷く。
アスを置いて、
アスが
――まぁ、あのくそ倅の覚悟だけは、認めてやっておくれ。
お爺ちゃんは、カラカラと笑う。
それから、パラパラと、私の掌に種を落とした。
――この子をよろしくの。
お爺ちゃんは、にこやかに笑う。
これが、
■■■
「この先、馬車じゃキツいですね」
アルフさんが唸る。
それは、そうだろう。狭い石階段を見やりながら、思う。
「……ここからは大丈夫です。なんとか、頑張ってみます」
瘴気が濃くなっている。エルにもココで待っていてもらおう――。
『はいはい、また一人でろくでもないコト考えない。櫻は聖女なんだから、こんな瘴気をとったと吹き飛ばす。気脈が薄いのと、魔力を収束させることは、櫻ならあまり関係ないでしょ? 世界樹の聖女が、世界樹の眷属であるボクを守れないワケないよね?』
エルが悪い笑顔を浮かべる。
「それに、馬車が通れないだけで
「まさか、聖女様。この階段を徒歩で上がろうなんて思っていませんよね?」
エリィさんは柔和な笑顔。でも、絶やさない笑顔が何より怖い――というか、過保護すぎるってば。
「イチ、貴方は聖女様を。カク、貴女はエリザベス嬢をお願いします。君とエリザベス嬢の水魔術の相性は良い。できますね?」
――もちろんっ!
――ちゃんと淑女として扱ってくれるバトラー、大好きだよ。
「あぁっ! こんなことなら、ダンチョーにもついてきてもらえば良かったぜ」
「アルフ。それは言っても詮無きことですよ」
私は、バトラーさんのエスコートでイチの背に跨がる。イチがわざわざ、屈んでくれたから、問題なく乗ることができたが――予想外の言葉に、滑り落ちそうにった。気転を利かせてバランスを取ってくれたイチは、本当に優しい。
「へ……? まさか、ダンチョーまで来てるの?」
「聖女様、そりゃ当たり前だぜ」
「何せ、王太子殿下の外遊ですからね。先代騎士団長が、護衛にもっとも相応しいでしょう」
「殿下の魔術を加味したら、明らかに過剰戦力ですけどね」
アルフさん、バトラーさん、エリィさんが当然のように頷いているが、これで世界樹の守護者――勇者パーティーのサポートメンバーが、勢揃いである。過剰戦力にも程がある。
「バトラー、右30℃に、非友好勢力と思わしき一団から、矢と思わしき攻撃が来るぞ。およそ30秒後だ」
「それだけあれば、十分です。感謝します、アルフ」
アルフさんは、騎士団の斥候とポーターに従事していた人だ。アレフさんとエリィさんが一家に一台欲しいと言ったのは、世界樹の守護者パーティーの軍師兼錬金術師令嬢。
バトラーさんは、その手に風の魔術を宿す。ジャスト30秒後、全ての矢を叩き落とした。
「……紙?」
バトラーさんが眉をしかめる。紙の矢はか……ふにゃりと曲がり――。
『バトラー、油断はダメだよ。その矢、弱っちいけど、魔力らしきモノが込められているから!』
「承知しました、エル様!」
再度、バトラーさんが魔力をかけた瞬間だった。矢が狙いを定めたかのように、浮き上がる。
私は、魔力を収束させる。
この淀んだ場所でも、精は残っている――というよりも、どうしてだろう。気脈が、私を支えようとしてくれている気がするんだ。
この場の精を完全に、こちらに誘導する。それだけで、弱い瘴気溜まりは弾けた。
「ウソだろ……霊力の浸透が鈍った――? 榊原、こんな芸当ができたのかよっ!?」
舌打ちする声が聞こえるが、
イチが私を乗せて、全速疾走。衝撃は全然、感じない。魔の森を駆け抜けた時に比べたら、余裕の安全運転だ。
エリィーさんを乗せたカク、そしてアルフ、バトラーさんが続く。
「な、なんだ、あれ?!
その狼狽する声に聞き覚えがある。確か、
「両サイドに伏兵を感知。ただ、このスピードで突き抜けた方が吉だぜ!」
「山頂は、どうなっていますか?」
「神殿のようなモノがあるな。開けているぜ。そこで、各個撃破が良いんじゃねぇ?」
「エル様、瘴気は如何ですか?」
『山頂に、かなり巨大な瘴気溜まりが……いや、待って。あれ、
風が唸る。
私は
(……ごめんね、無理なことを言っているって、自分でも思うけど。私を助けて――)
――聖女様のお願いなら、是非もなし、だね。
イチが加速する。
石階段が崩れる落ちるのも、ものともしない。
瘴気の風を突き破って。
エリィーさんと、カクが瘴気を水魔術で清めているのが見えた。
最上段――やっと、帰ってきた。
■■■
『これは、ひどいね……』
エルが呻く。
私としては、想定内だった。
樹齢1000年を越えた、あの子が倒れた、あの日のまま。
魔力を通さなくても、視えるぐらい瘴気溜まりが、連鎖して
人影――
でも、それよりも。
かつて見た、山肌に立った住宅街は、そこに影も形もない。
眼下に剥き出しの岩肌を見て、目眩をおぼえる。
一年間の空白の間に見舞われた、西日本大震災。最後にあの子を見送った一週間後。私が異世界に召喚された直後、この災害は起きた。
――適切に
アスの言葉が頭の中に響く。
(……私のせいだ)
私が召喚されたから――この震災は引き起こされたんだ。
昨日で一年。そう淡々と
倒壊した家が放置されている現状が、未だ供養されていないことを物語る。
(……もう少しだけ、待っていて)
かつて御神木と言われた、
拒絶するかのように、瘴気が私の手に喰いつこうとした。
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