世界樹の聖女様とウィンチェスター王家一団様(一部)


「お待ちしていました」


 校門の前。筆頭メイドに連れ添われる中学生女子も、かなりのパワーワードだと思うが――ウィンチェスター王家の紋章入りの馬車、さらに出迎える執事バトラーさんを見て目を丸くする。


「……バトラー、さん?」

「聖女様、お久しぶりです。王太子殿下がこちらで学ばれることになりましたので、不詳私もお供を許されました」


 そう私に向かって、恭しく一礼する。流石は王家つきの筆頭執事だ。何から何まで洗練されている。


 筆頭執事に就くと、これまでの名を捨てバトラーを襲名する。以前の名に未練がないのかと、聞いたことがあった。バトラーさんは、柔らかく微笑んで、答えてくれたことを思い出す。


 ――バトラーの名は何より誉れなのですよ。まして歴史学者すら御伽話と片付けていた聖女様に、こうやってお仕えできる。私は歴代のどのバトラーより幸せ者です。


 銀髪に、片眼鏡。白くなったカイゼル髭が威厳を感じさせつつ、懐が深さに、あっという間き無防備になってしまうような感覚。


 バトラーさんに、エリィまでいる。もう会えないと覚悟を決めたのに。大好きだった人達がここにいる。そう思うだけで涙腺が崩壊する――余裕は与えてもらえなかった。


「……どうして馬車?」

「王家として聖女様をお出迎えするわけですから。最上級で、と陛下からも仰せつかっています」


 陛下、つまりウィンチェスター国王。アスのお父さんだった。思わず頭痛が痛いと言いたくなる私は、きっと悪くない。


「いや、そうじゃなくて……。道路を馬車って……」

「おかしいですな。こちらの国でも、馬は軽車両の扱いと聞きましたが」


 バトラーさん、そもそも軽車両の範疇を越えているから!


「おや、聖女様? うちの馬車をそんじょそこらの馬車と一緒にして欲しくないですぜ」


 そう馭者台から飛び降りできたのは、王家付きぎょしゃ、アルフレッド――アルフだった。


 アルフの言うことは理解する。一角獣は、空を駆けるように飛ぶ。時速300キロは越えるだろう。それでいて、王族の馬車は、さしずめラウンジつきのキャンピングカー。魔導シャフトとコントロールギア、世界樹の葉をふんだんに使用したクッション、魔抵抗制御機構により、ほとんど震動を感じさせないのだ。


「アルフまで、こっちに来たの?」

「御言葉ですが、聖女様。王家の一角獣ユニコーンを御せるヤツは、あっしぐらいですぜ」


「いや、そうかもしれないけれど……陛下は……陛下が困るんじゃ――」

「陛下より拝命しました。王太子殿下の外遊、至高をもって尽くせと。仰せのまま、聖女様のもとに馳せ参じた次第で」


「あ……あのね……。でも、私は、もうこっちの国の人間で……ユグドラシルには何もしてあげられないから――」

「「ぶふんっ」」


 私の言葉を遮ったのは、一角獣のイチとカクだった。なお、このネーミングセンスはアルフによるもので、一角獣たちは今でも不満――とは、気脈を通して聞いた声。それを知ったアルフがショックを受けたことも、今となっては懐かしい。

 ペロンと、二匹が私の頬を舐めた。


「ちょ、ちょっと……」


 ――サクラが言ったんだぞ。

 ――トモダチは、何があってもトモダチなんだよね?


 イチとカクに諭される日がくるとは思ってもみなかった。



「聖女様に深くお詫び申し上げます」


 バトラーさんが、そんな私を見やりながら、申し訳なさそうに頭を下げる。エリィまで、筆頭執事さんに倣う。


「ちょ。ちょっと――」

「いえ、謝罪をさせていただきたいのです。聖女様と守護者の皆様の帰還に浮かれていたのは事実です。についてああだ、こうだと議論している場合ではなかった。その間に、あの底流貴族バカが調子にのって、殿下と自分の娘との婚約を画策するとは、浅ましい……いや、それも予見できていた。予防策を講じなかった我らの――。」


 ぎりっと、悔しそうに唇を噛むバトラーさん。そしてエリィの肩に、私はちょんと触れる。不穏なパワーワードを聞いた気がしたが、今は無視スルーしよう。


「バトラーさん、エリィ。あなた達のお仕事はなに?」

「「へ?」」


 二人が目を白黒させる。私はにっこりと微笑む。しばらく二人は、逡巡していたが、それからすっと表情を引き締めた。


「王家筆頭執事でございます。今は王太子殿下の、お世話を。そして外遊中は、その右腕として使節団を指揮するよう命を受けております」


「王家筆頭メイドです。同じく殿下のお世話を。何より、聖女様のことも含めて、快適な日々が過ごせるよう、厳しく命じられております」

「だったら――」


 ふんわりと笑む。エリィの言い方には、少しひっかるモノがあるが、まぁ今は良い。あの子は頑固だ。ちょっとやそっとじゃ、彼女の信念は崩せない。でも、私を理由に二人の仕事を邪魔したくない。


「帰ると決めたのは、私だよ。貴族さん達に言われたことは関係ないの。アスがその方が幸せになれるって、そう思ったから」


 二人が目を大きく見開いた。。

 大丈夫、私はちゃんと笑えている。だって、自分の意志で日本こっちに帰ったんだもん。予想通り、帰ってきても、〝ココ〟には何もなかったけれど。


 貴族さん達が言うことは、間違っていないと思ったんだ。


 アスは異世界ユグドラシルですべきことがある。

 やっと世界樹の花をもう一度、咲かせることができたんだから。次にアスがすべきことは、その恩恵を皆さんに返すこと。その為には、世継ぎを残すことも含まれている。


 ちゃんと、飲み込んだ。

 全部、仕方がないって。

 だから、私、こっちに帰るって決めたから――。





「聖女様のお気持ち、肝に銘じます」


 バトラーさんが、恭しく礼をする。うん、バトラーさんならそう言ってくれると思った。もういなくなった元聖女に気を遣う必要なんかないんだ。そうじゃなくても、みんな忙しい。アスが旅行や留学だけで、この国に来るわけがない。まして召喚は、気脈の均衡を崩す。そう言ったのも、アスだから。



 エリィさんが言う。バトラーさんは咎めない。私との関係をよく知ってくれているから。異世界あっちでのお姉ちゃん。それが私にとってのエリィさんだ。


 と、一瞬のうちに引き寄せられて――。

 気付けば私は、エリィさんに抱きしめられた。


「へ?」


 意味が分からなくて、今度は私の方が目を白黒させてしまう。


「今だけは不敬をお許しくださいね?」

「不敬だなんて思ったことないよ――」


「サクラがどうして自信なさそうにしているのか。今日だけで、よく理解できました」

「……え?」


「殿下が言われた通りです。貴女は幸せになる義務がある。こっちに棲む輩が無理というのなら、殿下や私達は躊躇いません」

「特に殿下はそうですね」


 バトラーさんが楽しそうに笑む。


「え……バトラーさん、肝に銘じたって……」

「えぇ、銘じました。聖女様をとことん幸せにする義務が、世界樹の民にはあるということを」


 バトラーさんがニッと笑む。

 私が狼狽していると、私の肩に止まってずっと黙っていたエルが、ようやく羽根をばたつかせた。






『まぁ、今さらだよね。みんな、聖女様に恩返ししたい連中ばかりだし。それだけ、櫻がユグドラシルでしてきたことは、安くないってことだよ』







■■■






「本当に、こっちの方向で良いんですか?」


 伝声管からアルフの声が聞こえてくる。馬車の中は、本当に駆動しているのかと思うくらい静かだった。一般道を馬車が走っている光景はシュールだが、他の人には高級リムジンが走っているように見えるらしい。


 アス曰く気脈が薄い地球こっちでも通用する、ユグドラシルの魔術は本当に恐ろしい。もともと世界樹が病んで、加護が墜ちた地でも魔術を行使できるように、研究が進んだ経緯がある。気脈が薄くても乱れても、ローコストで魔術を行使するのは、ユグドラシルでは当たり前の技術だった。


「……これ、どちらかというと。気脈の乱れというより、瘴気ですね」


 バトラーさんの呟きに、私は冷や汗が流れる。あの場所に、妙に抵抗を感じたのは、錯覚じゃなかったんだ、と妙に納得する。気脈が病んだ末期症状を瘴気と呼ぶ。世界樹が病む一端は、ココから始まる。

 だからといって、行かないという選択肢はない。


(……だって、約束したから)


 ぐっと、拳を固める。


「あ、あの……ここから先は、私一人で大丈夫だから――」

「何を仰っているんですか」


 とエリィさんが呆れ顔で私を見る。


「聖女様をお一人で行かせるわけがないじゃないですか、寝言は寝てから言ってください」


 エリィさん、容赦がない。


「それに、一角獣ユニコーンもいる。エル様の加護をいただけたら、瘴気を払いながら進むことも易い。そうだろ、アルフ?」

「へい。エル様の加護がいただけるのなら、造作ないことですぜ」


『そりゃ、任せてよ』


 エルが脳天気に笑んだかと思えば、ダンスをするように空中をステップ。銀粉がまるで、雨のように降り注ぐ。それだけで、ヒリヒリと肌に感じた圧迫感が消えていく。



 申し訳ない、という感情が拭えない。ウィンチェスター王家の面々を、私用に付き合わせしまった。


 それでも「ごめん」と言うのは違う気がする。

 カバンの中に忍ばせた、種に触れる。


(……大丈夫、まだ枯れていない)


 浅はかだったと思う。行けなくはないと思った。これは聖女なんてもてはやされた、私の思い上がりだ。


 でも、去年よりも淀んで――瘴気が増えている。これは、私一人じゃ無理だった。





 瘴気を払いながら、進む馬車のなか。私はようやく言葉を紡ぐことができたんだ。







■■■






「……もう少しだけ、私を助けてください」






 深々と頭を下げて――それから、恐る恐る顔を上げてみれば。

 満面の笑顔が、私を包み込んでいた。 

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