閑話:とある第一王子の物語①


 櫻と再会できたことは良かった。俺を、他人の空似と思い込もうとしたのは、解せないけれど――いや、それだけ櫻にとって、こっちの世界に戻ることは、全てを諦める覚悟だったんだと思う。


(……だが、それ以外は最悪だ)


 校長室と言う割には狭い、書斎を見遣りながら思う。書斎兼応接室という貧相な作りに対して、どうこう言うつもりはない。ただ、その質の低さが、この学校のレベルを表している気がする。


 歴代学校長の写真を並べているが、偉大な教師というならともかく、一教職員を偶像化する意味がわからない。


 何より、書棚である。学術書はおろか、魔術書もない。それどころか、他の書籍から魔力を微塵も感じることができないのだ。通常であれば、術者の端くれであれば、かすのような


 探査をかければ、『創立100年記念誌』だったり『政治パーティー重要者リスト』に『裏口入学名簿』など。まだ、自国の堕落貴族の方が〝高貴なる者に伴う義務ノブレス・オブリージユ〟を理解している気がする。


「学校長、あえて名乗るまでもなく大日本皇国政府から通達があったと思うが、アステリア・ユグドラシル・ウィンチェスターだ。ウィンチェスター王家、王位継承権第一位の身だ。今後ともよろしく頼む」

「は、はひぃっ」


 ――しまったぁっっ。対応を教頭に任せれば良いと、ちゃんと通達書を読んでいなかったぁぁっっ!


 気脈を通して、溢れる心の叫びまで醜い。俺は思わず、眉をひそめる。


 これまでも異世界についての認識はあった。迷い人、転正者、盗人。言い方は様々。だが古代魔術時代、世界樹を癒やす聖女を、異郷より招いたという古文書からも、これまでも少なからず交流があったことは、古文書から読み解くことができた。


 ユグドラシルでは、世界樹を癒やすために異世界あちらからの聖女を欲した。


 地球と呼ばれる異世界あっちは、呪術の素材として、ユグドラシルの資源を求めた。

 これも教会が、一部貴族と結託して行ってきたこと。


(……本当に世間知らずだったな)


 書の外に読み解くことが大事だと痛感している。

 そうでなれば、もう櫻の手を取ることは叶わなかった。


 でも――もう良い。


 こうやって、世界と世界は接続コネクトできたのだ。まずは、それぞれの国が培った文化を学び、双方の発展及び課題解決に寄与する。それが、両国の友好条約締結の骨子だ。


 ようは、我が国の魔術。大日本皇国が誇る陰陽道。それぞれが、情報交換をし、共同で技術開発を行っていく。俺の留学は、その一歩――というのは、たてまえだ。


 この国で櫻が生まれた。

 そして、聖女はこの国に帰ることを望んだ。様々な因果があったとしても、それが最終的に彼女が下した決断だと、頭の中では分かっている。


 櫻の意志を無視して、攫ってしまおうなんて思わない。


 だって、それなら俺が異世界こつちに来たら良い。

 そう思っていたが――。


「なぁ、校長殿。貴方は、こちらで言うところの呪術師……陰陽師を育成する養成機関のトップという認識で良いのだな?」

「も、も、もちろんですっ!」


 ――小僧、最大派閥・安倍派にケンカを売ろうっていうのかっ! 陰陽師は使う側じゃっ。脱税がたまたまバレてやむえなく天下り、校長なんかに甘んじているが、次の選挙で今度こそ儂は返り咲き、天下を――。



「つまり金を払って、守ってもらう側か。別にそれを責めようとは思わない。それで、この学校のカリキュラムはどうなっている?」

「はひっ?」


「あぁ、別に律儀に声に出さなくても良い。お前の声も性根も不快だ……ふん。一年は共通科目。二年からは、選択科目制。三年から、特進クラスと称して、陰陽道か普通かにクラス分けか。緩い気もするが、魔術学院もたいして変わらないか」


 嫌悪しかないので、校長の脳内を探査サーチする。学校関係者のはずなのに、記憶領域メモリーを占有しているワードが金ばかりとは、これ如何に。さらに嫌悪感が増す結果となった。


「ほぇ?」

「校長殿に命令お話したかったのは、榊原櫻のことだ」

「……さか、き? あぁ、この学校には不釣り合いな落第生か。去年、まるまる休学していたな。親の七光りという言葉が似合う生徒はあやつぐらい――ひぎっ、痛い! 痛ひゃい! 痛いっ!」


 なぜ、こいつレベルの生き物が櫻を貶めるのか。まるで意味が分からない。思わず、人体の急所の一つ、心の臓を魔力で鷲掴みにする。


 ――そういえば、榊原の再検査をどうとか、教頭が言っていたな。落ちこぼれだが、見てくれは悪くない。それなら儂自ら身体測定を……この手で触らないと、分からぬことが多いからな――。



 とくん。

 俺の心音が跳ねる。

 主に、憤怒で。


「お前が櫻に触れる、だと?」

「はひっ……?!」


 びしりっ。

 一瞬で、温度が下がる。


 つい力を込めすぎてさまった。校長の全身が瞬く間に氷で覆われ――氷像と化す。

 何の抵抗も感じなかった。


 この国の魔術教育は本当に大丈夫なんだろうか? 魔術を憶えていない我が国のわっぱすら、魔術抵抗アンチロックできるというのに。櫻も来た当初は魔術に対して無抵抗だったが、最近じゃ魔術抵抗アンチロックが強くなりすぎて、なかなか幼女化をさせてくれない。



(……結構、可愛いのにな)


 無意識に、心の中で呟くいていると、断末魔の叫びでもこんなに醜い顔にはならないだろう学校長の表情を視界に入れてしまった。


「……そういえば、肝心なことを聞き忘れたか」


 つい粉砕したくなる衝動を、なんとか抑える。別にこの国と戦争がしたいワケじゃない。一応、理性がちゃんと仕事をしてくれた。むしろ仮死状態で留めた自分を褒めたたえたいと思う。それでも、櫻から小言をもらう未来しか見えないけれど――そう思うだけで、頬が緩むのはどうしてか。


 それにしても――。


「……この街だけ、世界樹を感じないのは、どうしてだ?」


 俺たちの世界樹とは違い、異世界こちらでは、小さな世界樹がそれぞれの街とネットワークを築いていた。


 校長の記憶領域メモリーには、世界樹の情報ところか、呪術に関する知識もまるでなくて、参考にならない。

 だから気脈に乗せた魔力をさらに奥へ。淀んでいるとはいえ、この学校は気脈の接続起点アクセスポイントになっている。


 だから、地脈へ。そして、さらに深い龍脈に魔力を委ねてみるが、やっぱりた結果は変わらない。





 ――どの世界樹も完全に根腐れしている。そして、この街には世界樹が存在しない。




 それは、精も淀むはずだ。

 これだけ氣も土も腐っていたら。

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