第10話(リベラsaid)

邪教徒の襲撃を振り払った後の静けさは、何とも言えない不快感を残した。散らばった敵の気配が完全に途絶えたことを確認しても、胸の奥にはまだ薄い棘が刺さったような感覚が残っている。

少し無理をしたせいか、身体が重い。だけど、それを悟らせるのは面倒だ。


「……大丈夫だった?」


短く声をかけると、透空とあは頷きながらも不安そうに僕を見ている。


「リベラ、無理してない? さっき……」


彼女の言葉を遮るように、僕は顔を背ける。


「そんなに心配するくらいなら、もう少し用心深く動いたらどうだい?」


半ばからかうように言うと、透空は反論しかけて黙り込んだ。その反応を見て、肩の力を抜く。彼女に必要以上の負担をかけるつもりはない。


「……散歩、続ける?」


透空がこくりと頷くのを確認して、歩き出す。邪教徒が散っていったこの場所を離れるのは賢明だ。だが、少し歩いた先で、透空がふと塔を見上げて立ち止まった。


「リベラ、あそこに登ってみたい。」


「……へえ。」


塔の高さを見上げながら、僕は首を傾げた。疲れているのに、そんなことを言い出すとは。透空の顔には疲労の色よりも好奇心が浮かんでいた。


「まあ、勝手にすれば。怪我だけはしないでね。」


軽く肩をすくめて了承すると、彼女は少し嬉しそうに笑って先を行く。僕はその後を、いつもよりゆっくりとした足取りで追った。

塔の頂上にたどり着いたとき、透空は感嘆の声を上げた。


「すごい……! 遠くまで見えるね!」


彼女の無邪気な声に、僕は適当に相槌を打つ。


「そんな高い場所から転ぶのだけは勘弁してね。」


冗談交じりに言った僕の言葉が現実になるなんて、

この時の僕たちは想像すらしていなかった。

石が崩れる音と共に、透空の体が視界から消える。僕は瞬間的に駆け出した。


「……!」


塔の縁に駆け寄り、落ちていく彼女を視界に捉える。周囲の空気が歪むような感覚。彼女の手を掴むには距離が遠すぎる。


僕は軽く息を吐くと、一応消していた背中の翼を解放する。純白の羽が広がり、大きく羽ばたいた。

風を切り、透空の元へ急降下する。彼女が驚きと恐怖に目を見開いている。僕は何も言わずにその腕を掴み、しっかりと抱きかかえた。


「……つかまえた。」


透空を抱き抱えたまま、ゆっくりと地面に降り立つ。背中の翼を消し、彼女をそっと地面に降ろした。


「リベラ……今のは……?」


震える声で聞いてくる透空に、僕は情報を与えすぎないように答える。


「大したことじゃないよ。ただの…特技みたいなものさ。」


まだ必要以上のことを言うつもりはない。僕は短く息を吐き、いつも通りを装った。


「それより、無事でよかったね。怪我はない?」

彼女が首を振るのを見届けてから、僕は周囲を見渡す。邪教徒が再び現れる可能性は低いけど、ここに留まる理由も特にない。


「さあ、行こうか。」


僕が軽く手を差し出すと、透空は少し戸惑いながらもその手を取った。彼女の手がわずかに震えているのを感じながら、僕は再び歩き出した。

元いた世界に帰らなきゃいけないのは変わらないけど、この生活もなかなか悪くない。

そんなことを思いながら、遠くに見える街を目指して進んでいく。

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