第18話 side:H 興奮と嫉妬心と
「も、やだっ・・・嗣にぃ・・・っ」
車内にゆうくんの声が響く。それは恥ずかしさが大きくてか、二人しかいない空間であっても抑え気味だ。
あれから車内に戻るなり、僕はゆうくんの肩を抱き寄せて、その唇を弄んでいた。僕を押し留めようとする手を握り込みながら、キスを繰り返し、肩を抱き寄せた指先で首筋を撫で上げる。
「ふっ・・・ぁ、やぁ・・・」
甘い声を混じらせるものの、行為自体に慣れていないこともあるのとプラスで人に見られるかもしれない、ということがーー尤も周りは暗いし、車内もライトを点灯していないので余程近づかなければ見える心配もないのだがーーゆうくんを押し留めているようだった。
元々、ゆうくんは生真面目な性質も持ち合わせていて、同年代の子に比べると落ち着いている。僕もはっちゃけたタイプではなかったが、同じ頃はもうちょっと馬鹿をしていた記憶があるものの、ゆうくんにはそれもなく、物静かだ。
片割れのあーちゃんが真逆ではあったので、自然とそれが抑止力となっていたのかもしれない。
そういう子なので、モラルもそれなりに強いと見え、易々とそれは壊れそうにはなかった。
まあ、行為自体を強要して嫌悪感を持たれては元も子もない。
ただ、ゆうくんを絡め取るにはそれなりに意識をさせておく必要があるわけで。
「このまま、ゆうくんに触っちゃ駄目?」
キスの合間、ゆうくんの下唇を軽く噛みながら問いかける。握った手を離して、服の上から脇腹を撫でながら下ろし、上着の裾から手を侵入させる。ゆうくんはビクッと震えて、慌てて僕の手を止めようとした。
「へ、部屋なら・・・そ、の・・・いいから・・・ここは、やだ・・・」
困ったように目元を赤くしながら、ゆうくんが僕へと答えた。
ゆうくんの性格を考えれば、予想をしていた返事。
「じゃあ、我慢しよう。ご飯食べて、お風呂入ってから・・・しようね?朝もそう約束したしね。夜、って」
僕は最後にゆうくんを抱きしめて、頬へと口付けてから解放した。名残惜しかったが、何事も引き際は肝心だ。ゆうくんはひとまず安心したように息を吐いたが、はたと気づくと、
「う、うぅ・・・う、ん・・・。て、てかさ!嗣にぃ、我慢しなかったじゃん?!夜まで我慢してねーじゃん!さっき触ったじゃん!」
と文句を付け加える。可愛い。
あーそういえば。帰るなり、僕はゆうくんを襲ったなぁ。まあ、それは、ね。
「ゆうくんが可愛いから仕方ない」
僕は改めて運転席に座り直し、シートベルトを手に取りつつ、笑う。
「はぁ?!何度も言うけど、触る嗣にぃがおかしいんだからな?!」
ゆうくんがシートベルトを締め、僕の腕を二度三度叩いた。
僕はその手を絡め取り、ゆうくんの指先にキスをする。
「・・・嫌じゃないくせに」
ゆうくんの目が見開かれる。そのまま指先を甘噛みすると、ゆうくんは耳まで赤くさせるほどに狼狽え、手を引かせた。うるさい!と小さく叫んだ後はそっぽを向いてしまった。
車を発進させても、あーだこーだと文句を言っている姿は小動物が威嚇するようで可愛さしかなかった。
※
宿に戻った後は、食事に舌鼓を打った。こちらでは山のものでも海のものでも楽しめる。卓に並べられたものはどれも味も見栄えも良く、ゆうくんもよく食べていた。何度見ても、細い身体に入る量じゃないのが面白い。
僕はそんなゆうくんを見ながら、酒を飲む。こちらも勧めたかったけれど、二十歳前はやはりまずい。そのうち許される時期が来たら一緒に飲みたいな、と思う。・・・というか、酒を入れたゆうくんがどうなるのか実に興味深い。
食事が終わった後は、腹ごなしに周囲を散歩して部屋に戻る。
お互いにスマホのチェックなどをしてから、まずは僕が先に浴室へと向かった。
今日は敢えて、別々に風呂に入ることにしたのだ。
ゆうくんを隅々まで洗って悪戯するのも悪くないがーーそれは明日でも良い。
僕が髪を拭きながら浴室から出ると、ベッドの上でゴロゴロしつつスマホを触っていたゆうくんが、嗣にぃ、と声を発しつつ顔を上げた。
「ゲームは一区切りついた?大丈夫ならお風呂に入っておいで」
「ん。そうする」
「ああ、ゆうくん」
ゆうくんはスマホをサイドテーブルに置いて立ち上がり、僕の前を通って浴室に向かおうとした。・・・のを、片手で止めて抱き寄せる。
「え、ちょ・・・?!」
腕の中であたふたとしながら、ゆうくんは僕を見上げた。その耳元へと、僕は顔を寄せる。いやぁ、可愛い。
「・・・ベッドで待っているね、奥さん。早く出ておいで」
耳朶をひと舐めして顔を離す。ゆうくんはみるみると顔を真っ赤にさせて、僕から慌てて離れた。
「なっ、こ、この・・・!色ボケ・・・!」
耳をおさえながら、ゆうくんは浴室へと足早に去っていく。
僕は笑いながら、その後ろ姿を見送ると、ベッドへと座り、一息ついた。
しかし色ボケねぇ・・・いやー本当に・・・言われた通りで、道徳観なんて吹っ飛ばしている、僕は。
逃げたあーちゃんの心配がないわけではないが、連絡もあると聞いたし、薄情にもそれ以上は追求していなかった。本来は妻となるべき大事な子のはずなのだが・・・僕はどうしてしまったのか。それよりもゆうくんを、と駄目な考えばかりが先にいっている状態だ。
自分で自分の行動がアレなのは十分に理解しているつもりなのだが・・・どうにも抑制が効かない部分があって、呆れるばかりである。
旅行は三泊四日予定。それが終われば日常だ。僕の休みはもう少し残ってはいるが、ゆうくんの入学式は間近で、今回のことを母に話すというイベントもある。
母のことは然程気にしてはいない。それなりに責められるだろうが、僕の手元にゆうくんが残っていることは大きく左右する。それもなかったら、半殺しは免れないな。物理はないにせよ、社会的に精神的に。この辺、ゆうくんには感謝しかない。
ああ、それよりも。
出勤に通学ともなると、こうやってじっくりとゆうくんを触れないかもしれない。・・・由々しき事態だ。出勤前と帰宅後のキスは絶対にしたい・・・いや、するべきだ。新婚なのだし、当然の権利とも言える。
新婚の性的接触はどれくらいが普通だろうか・・・毎日、は流石に多いか。ゆうくんはあまり体力がないので、その点も考慮する必要性があるな。
・・・・・・うーん、立派に色ボケだ。ゆうくんの指摘を思い出して、苦笑する。
そんなことを色々と考えたりしていると、時間は流れて、ゆうくんが浴室から出てきた。若干長めであったり出てくる際に物を落としていたりとして、笑いが溢れる。動揺してるな、あれは。入る前の囁きは効果抜群のようだ。
部屋は少し前に電気を落としていて、サイドテーブルの上にあるテーブルランプだけにしてあった。ゆうくんは、躊躇いながらもゆっくりとこちらへ来て、僕の前に立つ。
「つ、嗣にぃ・・・そ、の・・・本当に、す、るの・・・?」
僕へと投げかけてきた小さな声は、嫌悪感ではなく恥ずかしさが滲み出ていた。頬の赤さも風呂で温まっただけではないようだ。僕がゆうくんの手を取ると、その身体が僅かに揺れた。
「おいで」
答える代わりに手を引いて、ゆうくんを僕の膝の上に座らせる。腕の中にゆうくんを抱き、髪へと口付けを落とした。
「・・・嗣にぃ・・・」
不安と羞恥にか、ゆうくんの眉は寄っていた。
僕とのこういう行為に、まだ戸惑いがあるのだろう。
そりゃあ、そうだ。当たり前の話だ。僕は本来、彼の姉の夫になるはずの人間で、イレギュラーな事態でゆうくんは代役をしているだけにすぎない。
それも僕の頼みで仕方なく。そこには片割れの贖罪という気持ちもあるだろう。
なのに、手まで出されている。
いっそ、ゆうくんがこういうことも楽しめるような性格であれば良かったのかもしれないが・・・無理な話だ。可哀想だな、とは思う。僕みたいな、まだ自分自身の気持ちさえよくわからない、こんな勝手で不道徳な人間に捕まってしまい。
「ゆうくん・・・」
髪から、耳へとキスをしていく。
まあ・・・可哀想と思ってはいても、触れてしまった今、逃してやれないし逃しはしない。ゆうくんの生活を掻き乱して僕のものにしてしまうかわりに、存分に大事にしてあげよう。これから先ずっと。
ゆうくんは、俯いて息を詰めていたが、顔を上げて僕の方をじっと見た。
「・・・嗣にぃ・・・」
「ん?」
僕が首を傾げると、ゆうくんは一度視線を外して、目を伏せる。緩く息を吐き出すと、再度僕を見た。
「嗣にぃ・・・」
おずおずとではあったが、ゆうくんが僕の唇へとキスをしてくる。
「・・・っ・・・」
それはただ触れるような、軽いものだ。そんなキスを僕の唇の上に数回繰り返して、ゆうくんが抱きついてきた。
う、わ・・・これは・・・、かなり、まずい。かなり。
まさかそう来るとは思ってもみなかった。
顎や頬にしてきた時でも随分と驚いたが、それくらいならば『親愛の情』くらいの認識でもありえる。
ーーゆうくんはもしかして、僕を好きなのだろうか?
ーーいやいやいや、ちょっと都合よく考えすぎか?
ーー今から何をされるのかわかってる?
次々に思考が乱れた。その間にも、ぐ、っと急激に下腹へと熱が籠る。
いやぁ、本当にまずいぞ、これは。ゆうくんをイかせるくらいでやめておこうと思ったのだが、既に僕のものは反応しかけている。
こんな触れるだけのキス一つで、だ。
もう気持ちにしろ、性欲にしろ、自分自身に驚きしかない。
「ゆうくん・・・こっち向いて?ちゃんと、キスしよう?」
僕の肩へと顔を埋める可愛い子の耳元に囁く。ゆうくんは、僕の肩へと額を擦り付けた後、顔を上げた。
「・・・ぅ、ん・・・」
小さく小さく頷いてから、また僕の唇へと自分のそれを重ねてくる。
ンンンンンンンンンン・・・!あーー!駄目だ!スマートに触るつもりが、がっつかないで大人の触れ方をするつもりが!我慢ができないな・・・!
触れてきた唇を塞ぎ、何度も角度を変えて口付けを深くしていく。
「んっ・・・ぅふ、ぁ・・・っ、ぁ、つぐに・・・っ」
途中途中で僕の名を紡ぐ様にも、興奮した。舌を差し入れて歯列を舐め上げる。ゆうくんの舌を繰り返し舐めていると、その舌が遠慮がちに絡んできた。
いや、もう・・・まずいよ、ゆうくん、それは。
ここ数日、ゆうくんの唇を塞いできたが、それらは僕からであり、ゆうくんからではなかった。それなのに、今。キスをしてきただけではなく、舌を絡ませてくるだなんて・・・!
「んんっ・・・ふっ・・・は、ぁっ・・・」
夢中になって、僕はゆうくんの唇を貪る。書いて字の如く、貪り続けた。
絡んできた舌を捏ね回して、互いの唾液を口内で混ぜる。溢れそうなそれを、ゆうくんが飲み込むのが、また、僕をそそる。
「ゆうくん・・・」
キスの合間に名前を呼ぶと、とろんとした眼差しが、向けられる。
堪らないなぁ、これ。再度深く口付けながら、ベッドの上に押し倒した。
顔を離すと、僕の下でゆうくんは浅く息を繰り返す。
「おれ、こんなんじゃ・・・他の人と、つきあえなくなる・・・」
困ったように、頬を赤らめながら、睫毛を伏せた。
うん?付き合うとは・・・。この子、今、なんと言った?
ゆうくんの言葉に、胸がザワっと荒ぐ。
「・・・誰と・・・?」
聞き返した僕に、ゆうくんは首を傾げる。
「・・・嗣にぃ以外の、ひと・・・?」
え、ゆうくんが?僕以外とーー付き合って、こんなことをするということか?
は?ハァ?意味がわからない。ありえないだろう、それは。
許せないし、・・・不快だ。
見上げてくるゆうくんの首筋に顔を落として、僕は齧り付いた。不快さをゆうくんに押し付けるが如く。
「ひぅっ・・・っ・・・あっ、嗣にぃ、いたい・・・っ」
歯の間にある薄い皮膚を、強めに噛む。皮膚が裂ける程ではないが、そこには間違いなく痕が残るだろう。噛んだ場所を強く吸い上げる。顔を上げて目元に、キスをした。
「ゆうくんには、僕がいるし、僕以外は駄目だよ」
もう一度、目元にキスをする。
そうしながら、あー、これ、は・・・嫉妬、だなと理解した。ゆうくんは誰と付き合うなんて話はしないし、そんな相手がいるわけでもないだろう。いわば架空の人物だ。ただそれだけの話で、一瞬、苛立ちで胸が荒立つ。
ーーなるほど、これが、嫉妬か。
可笑しな話だが、27にもなって初めて経験する感情だ。
今まで関係した美しい人達には、こんな感情を覚えたことはなかった。
「・・・あ、嗣にぃ・・・」
しかし、他の人、ね。僕は今の所、ゆうくんにとって移ろい易い存在なのだろう。ただの幼馴染であったわけだし。
ただそれは・・・要するに、これは僕だけだと教え込めばいいだけの話だ。
戸惑いが映る瞳に、安心させるように口端へと口づけながら、浴衣の上からゆうくんの身体を弄る。まずは、身体で色々と覚えてもらおう。
太腿から下腹を撫でて、浴衣の裾から手を差し込む。
「あっ・・・!」
びくっとゆうくんの身体が跳ねた。内腿を撫でて、ゆうくんの股間に指先を伸ばして、気付く。
「・・・ゆうくん、下着、つけてない?」
「・・・っあ、そ、その・・・っ」
ゆうくんの浴衣の下には、布は何もなかった。指ざわりの良い肌があるだけだ。
その事実に、耳まで真っ赤にして、ゆうくんは顔を背ける。
先ほどまでの初嫉妬はどこにやら。代わりに、僕の中には興奮と些細なサディスティックな気持ちが生じていた。
「ゆうくん」
まだ恥ずかしさが残るゆうくんは、名前を呼んでもこちらを向かなかった。しかし、僕が浴衣の中から手を出すと、窺うように、こちらを見る。
僕はにっこりと笑って、ゆうくんの唇に、ちゅ、と口付けた。
「自分で脱いで見せて・・・?」
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