第17話 side:U 夜景と気持ちいいことと

「ゆうくん、ゆうくん」


遠くで俺を呼ぶ声が聞こえて、目を開ける。何度か瞬きをしてから、目の前に嗣にぃの顔があることに気づいた。

うおおおおおおおおお、ビックリした!起き抜けのイケメン、まだ慣れないんですけど・・・。何とか叫び声は抑えつつ、視線を動かして自分の状況を把握する。

おーあー・・・腕の中ー・・・。そして窓の外は真っ暗だ。何時間寝たのか、俺よ。


「・・・・・・嗣にぃ・・・・・・」


名前を呼ぶと微笑んで頬に口付けられた。

なんかね、ここ数日で思ったんですけどね、めっっっっっっっっっっっっちゃキスするんですよね、この人。

よく唇が腫れないもんだ・・・今までの彼女ともこんな感じだったのだろうか?


「ごめんね。このまま寝かせても良かったんだけど・・・せっかくだしね。起きれる?」


あーねー・・・。あの後。イかせられた後。余韻でぼーっとしている俺を、


『ゆうくん服を着替えようか?このままだと風邪をひきそうだしね』


なんて、テキパキと手際良く動いて、俺を綺麗にして着替えさせてくれたのは、誰でもない嗣にぃだった。そうしていると今までの憧れのお兄さんなのになー、とされるがままに任せながら、疲れで眠くなってきた頭で考えていたのだが・・・どうやらそのまま寝落ちしてしまったらしい。


「お昼に外に出たのもあるけど・・・ゆうくん、イった後は眠くなっちゃうみたいだね」


可愛いねぇ、と繋げながら今度は目元に口付けられた。

え、ねえ、それ可愛いか?!ほんっと、この人の『可愛い』わからない・・・。

そもそも俺は割と淡白だ、と思う・・・多分。

自慰をするほどに興奮を覚えることもあまりなかったし、生理的な勃起もどうやら寝てる間におさまっていて、朝に勃つこともほとんどない。

そんな俺であったので、昨日から結構立て続けに性的事象に遭遇してまうこと自体が衝撃なわけで。ましてや人の手でとか、全く慣れない達し方をしているので、結構、疲れてしまうらしかった。他にも色々とされますしおすし・・・。


「・・・嗣にぃ、色々とするじゃん・・・俺、初めてだし・・・他の人ともこんなに、してたの・・・?」


顔中にキスを繰り返す嗣にぃの肩を押しつつ、俺は小さく溜息を吐いた。

嗣にぃは俺の言葉にキスをやめて、首を傾げた。うーん、と唸ってから首を横に振る。


「ないなぁ。こんなに触ってキスするのは、僕もゆうくんが初めてかもね」


と、宣う。

マジか。ぜってー嘘だろ。めっちゃ慣れてる感じするし。・・・あー、でもね!『ゆうくんが初めて』とか言われたら地味に嬉しくて浮かれちゃうチョロい俺ですよ、と。仕方ないので俺は、俺を喜ばせてくれたご褒美に嗣にぃの頬に口付ける。

ちょーーーっとだけ、自分からすることにも慣れてきた・・・気がする。まだ二度目だけどね!


「ゆうくん」


あ、これご褒美になるのか?勝手にご褒美とか考えていたが・・・ならないかもな。

しかし、嗣にぃは俺へと微笑んで、額へとキスを返してきた。

そのまま、また唇を塞いで来ようとしたのだが、それはご遠慮頂いた。

不満顔で俺へと「なんで?」と聞いてきたが、そうそう気持ちよくされちゃこっちの身が持たないんだよ!ちょっとはお分かりください!



それから。

俺たちは夜景を見に、外に出かけた。

夜にもなったし、向かう場所は山の上らしく、お互いに着込む。

目的地までは車で行くが、降りた時の防寒対策だ。

嗣にぃに買ってもらったコートは薄手に見えて、暖かいし、マフラーも巻いてくれた。なんたら巻ーー覚えきらなかったーーとかいう、お洒落な巻き方だ。

空港で俺と自分の分のマフラーを買っていた時は、春先なのに?と思ったがこの為だったか・・・エリートサラリーマンともなると、気付きが違うわ・・・。

ちなみに俺もマフラーを嗣にぃに巻いてやった。巻き方なんて知らないので、ぐるぐるに巻いただけだが。

俺もあさも適当に生きてきたので、お洒落には無頓着だ。

うーん、こういうのを覚えておいたら攻略ポイントが貯まるのだろうか?ネクタイとか。あ、ネクタイは奥さんっぽいし、結べたら良くないだろうか?!

よし向こうに帰ったら特訓しよう。


あまり街灯もない、暗がりの山道を車は進む。

当たり前だが山道なので、周りは木々が鬱蒼としていた。無論、ひらけている場所もあったけれど・・・普段、こんな道を通ることは少ないので、正直、怖い。

白い服の女性とか居たらやだなー・・・なんて思っている時だ。


「怪談話でもしてあげようか?」


運転をしながら、嗣にぃが軽口を叩いてくる。

おーおーおー?!俺に喧嘩売ってんのか、この男?!いいじゃないか!受けてたとうじゃないか?!俺の果敢さに下を巻くがいい!


「結構です、いらないです、勘弁してください」


丁寧に三段活用(違う)でお断りする。俺はあさと違って日常に刺激を求めていないのだ。・・・性的な刺激ならちょっと最近濃厚すぎるけれど、吝かではない。若いのでね!

嗣にぃが隣で可笑しそうに笑うのが腹立たしいったら。どうせ怖がりですよ、と外を見ていると、視線の端に何か掠めた。

ひぇっ・・・!すわ幽霊か?!と再度見直すとそこには、


「鹿!嗣にぃ、鹿がいる!」

「え、ちょっと待ってね」


山道には鹿がいた。野生のものを見るのは初めてだ。

奈良や宮島にいる観光地の半野生鹿は見たことがある。あとは動物園だ。

後続の車がいなかったこともあり、車を少し戻して、道路の端に停めてくれた。

見かけた鹿は闇の中、親子連れでのんびりと歩いている。

こちらが車内で、車自体から距離があるせいかこちらに驚いた様子もなく、時折、こちらをじっと見ていた。


「初めて見た・・・」

「街中には出ないからねぇ。いいものを見たね。幽霊は見れなかったけど」

「い、ら、な、い、で、す!」


区切り区切り言ってやった。相変わらず、嗣にぃは笑っている。

都会でないような出会いに喜んでいたというのに・・・くっそー。それでもわざわざ戻って見せてくれるあたり、優しいわけで。


「・・・戻ってくれて、ありがとう」


俺が礼を言うと、嗣にぃは頭をポンポンと撫でてきた。

ほんの3日前くらいはこれくらいの接触しかなかったのになぁ、不思議なものだ。まー、今ではまずいくらいの近さだけども。

鹿がいなくなると、車がまた発進する。既に近くだったこともあったのか、目的地には時間を要することなく辿り着いた。駐車場には、数台車が停まっている。

車を降りて、嗣にぃと展望台へと向かう。さりげなく、嗣にぃは俺の手を取り繋いだ。


「日本の夜景百選にはいるらしいよ?」

「え、そうなんだ?・・・う、わ・・・すごい・・・」


手を引かれ、連れられて出た展望台から広がる夜景は、きらきらとあちらこちらが輝いて綺麗だった。ただの夜景ならば、関東でも高いところに行けば見れる。それこそ一年を暮らす予定の嗣にぃのマンションは高層階だ。

しかし、山の上から見ると趣が全く違う。夜景の後ろに広がる海は夜なので暗いが、光とのコントラストが絶妙で見応えのある光景だ。


「綺麗だね。・・・そこの手すり、あーちゃんなら登りそうじゃない?」


嗣にぃが、手すりを指差した。手すりは細くもないが太くもない。俺は絶対にしないが、嗣にぃが言うようにあさなら登りそうだ。


「あー・・・するよ、絶対に。あと、絶対に手すりから乗り出す」


子供の頃から、あさは良く動き回る。それは育ってからも変わらず、何度もハラハラさせられた。いつの間にか変なところに立ってたり入ってたりするんだよなぁ・・・あいつ。体幹が良いのもあったのだろうし、運が良いこともあってか、落ちたことはないけど。でもよく怪我はしていた。治療役はいつだって俺だ。


「あさ・・・どこにいるんだろう・・・」

「寂しい?」


いつだって一緒だった片割れ。結婚することで今まで通りには行かないと思ってはいたが・・・まさか姿をくらますとは思っても見なかった。おっかしいなぁ。嗣にぃは優良物件なのに。

俺は、嗣にぃの問いかけに、その人を見上げてから、頷く。


「まあ、ね。元気そうだから、いいけど・・・」

「昼乃さんには連絡あるんだよね?」


俺は頷く。そう、あさは日に何回かは母さんに連絡を寄越すらしい。それは母さんからのメッセージで俺も知っているし、嗣にぃにも教えた。ただ場所は相変わらずわからない。普段は機械音痴のくせに、こういうときだけGPSを切ってやがるのだ。事件性がないことや、間違いなく本人からの連絡ということでーー何せ自撮りを添えてくるらしい。なんちゅーやつだ・・・ーー身の心配はないけれど・・・。


「ばかなやつ・・・嗣にぃ、置いて逃げるとか・・・」


俺も置いていくとか。意味がわからない。はー・・・やだやだ。せっかく夜景を見にきたのにセンチメンタルになってしまった。どうせこちらの心配も知らずにはちゃめちゃにやってるんだろうな。間違いなく。双子の直感がそう告げている・・・。

気を取りなおすために、はあ、と息を吐くと、嗣にぃが俺を抱き寄せた。


「僕だから、かもね。何はともあれ、無事なら・・・あーちゃんの好きにさせてあげればいいよ。帰ったら、麗華さんに話して任せたらいい。僕も手は回すし」


桐月が動いたら秒ですやん。思わず心の中で突っ込む。

ここで説明しておくと、旧家だかなんだかの桐月さんのお家はとにかく凄い。家が凄いのはともかく、なんか、もう凄い。政界になんたらとか日本経済になんたら、とか俺では把握できないのだ。どっかの大きな藩の大大名だか元華族だかとからしいのだが・・・歴史好きな俺ではあるが、敢えて調べないようにしている。身分差で今度は悩みそうなので。春見さんの家はもうそりゃ由緒正しき庶民である。


てか、麗華さんに話すのか。うーわー・・・大丈夫かな、俺。

いや、そりゃ結婚は家同士のものでもあるし話さなきゃいけないのは重々承知だ。

とりあえずは嗣にぃにしろ、俺の方にしろ、今すぐ話すのも・・・ということで、すぐには話し合いを実行には移さなかった。

これは麗華さんの反応がどうだか読めないという理由が大きい。

嗣にぃの話では『多分大丈夫とは思うけれどね』という感じだったので、大丈夫とは思いたいけれど。それより何より、いきなり話し合いというのも花嫁に逃げられるというーーしかも式当日ーー不名誉な傷を負った嗣にぃを思えば、少しくらい休む時間があってもいいんじゃないかと思えて、新婚旅行に出たのだ。

まあ、俺も桐月久嗣を落としたいので、いきなり一年間が破棄になっても困るわけで・・・!

ああ、しかし、怒られるのは嫌だなぁ・・・迫力美人の麗華さんは怒ると怖いのだ。直接怒られたことはないが、仕事のことで一度だけ部下を叱る姿を見たことがある。まあ、でも、母さんに秘密事は無理そうだもんな。ぶっちゃけ既にバラしているかもしれない。いざとなったら母さんを生贄に捧げよう。麗華さんは母さんに激甘だし。


「ところで、ゆうくん」

「え?」


色々と考えていたら、嗣にぃが俺の顔を覗き込んでいた。

夜景バックのイケメンすご・・・。


「夜景綺麗だね?」

「え、うん」

「ロマンチックだね?」

「・・・?うん・・・?そうだね・・・」

「それでは問題です。僕達は新婚旅行中の新婚夫婦。ロマンチックな場所ですること言えば?」

「・・・は?え?・・・っ!ちょ?!」


嗣にぃが俺の頬へと口付ける。あ?!ちょ?!そういうことか!

くっそ、あさのことで若干気落ちして見逃していたけれど、そういえば俺は抱きしめられているな?!ここ外だな?!


「嗣にぃ・・・!ここ、外・・・離して・・・!」


近づく顔に手を上げて、遮ろうと試みたのだが・・・。


「ひゃっ・・・」


こともあろうか、嗣にぃは俺の掌をペロリと舐めた。俺は咄嗟に手を下げる。

ちょーーー?!?!舐めるか?!?ちょおおおおおおおおおお?!

抱きしめてくる手に力が増して、身体同士が密着する。おおおおお・・・。


「誰が僕たちを見てるの?」


耳元で囁かれる。ぞくりと背中に薄い快感が走って、俺は身体を震わせた。

周囲を見ると、カップル達はそれぞれの世界に浸ってはいる、が!だ!外は外なわけで!はっず・・・!


「だ、だめ・・・はなして・・・っ」


俺には羞恥心というものがあるんですよね!

首を振りながら言うが、嗣にぃが更に耳元で呟いた。


「あまり騒ぐと、余計に見られちゃうよ?ね・・・?」


耳朶を柔らかく噛まれて、舌が同じ場所を舐める。

ちょ、ちょ、ちょ・・・!!ああ、でも、声?!出したら見られる?!

気が気じゃなく、俺は思わず唇を噛む。


「ふっ・・・・・・やぅ・・・っ」


それでも息が漏れてしまい、恥ずかしい。

嗣にぃは俺を抱く手を片手にして、もう片方のそれで俺の顎を取る。


「唇は噛まない。ね?ゆうくん、口を開けて?」


指先が俺の唇を辿った。いやいやいやいや?!それ開けたら終わりでしょ?!絶対にキスされるでしょ?!

俺が首を横に振ると、嗣にぃが、俺の耳朶をもう一度噛んだ。今度は少し強めに。


「ひぁっ・・・あっ・・・」


痛みを感じない力加減だが、俺が口を開けてしまうには十分な刺激だった。しまった、と思った時には既に遅く、嗣にぃの指先が俺の口の中に入り込む。


「つぐに・・・っ」

「静かに、ね」

「ん・・・っ・・・っ」


そのまま嗣にぃの唇が俺の唇に近付き、指が抜けたと同時に、唇が塞がれる。

ほらーーーーーーーーー!!言わんこっちゃないーーーーー!!

隙間から舌が遠慮なく入ってくる。もうこれ、何度目のキスだろうか。

俺の舌に嗣にぃの舌が絡みつき捏ね回されると、どうしようもなく気持ちよくて。


「んう・・・っ、ふぁ・・・あ・・・っ」


声も息もひっきりなしに漏れた。それすらも奪うように、嗣にぃの唇が深く重り、思考がドロドロに溶けていく。

もうやだ、どうするんだろう、これ。あまりされると、身体が熱くなる。

俺、夕飯も食べたいし、温泉にも入りたいのだが?!?!

あと、やっぱり外なんだよ!外ーーー!!

ともすればトびそうな意識をなんとか繋げながら、俺は嗣にぃの胸を叩いた。

すると、ちゅ、とリップ音を立てて漸く唇が解放されたが、依然と近い場所にあって、またキスされそうだ。


「そと、やだ・・・ぁ・・・」


首を振りながら、声を出す。どれくらいの音量なら周囲にばれないんだよ、これ!いくらカップルばかりとは言ってもさぁ!

嗣にぃの唇が、ふふ、と弧を描く。


「続きは、戻ってからしようね?ゆっくり」


え・・・夕飯と温泉は・・・入れてくれてますでしょうか・・・。

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