第14話 side:H 賢者と暴走と

賢者タイムーーつまり射精後の悟りを開いたかのような静謐な心を得る時間。


やらかした・・・。この一言に尽きる。

目の前には、ぐったりと横たわる幼馴染の男の子がいる。その身体は僕が吐き出した精液で汚れていた。

どうするんだ、僕は・・・小さくため息を吐く。もうそりゃ、色々とやらかした。行動もそうだが、言葉もだ。


『慣らさないと、入らないし、ね』

ーー慣らしたらまずいだろう・・・。

『ん、なんだか・・・セックス、してるみたいだね?』

ーーいやぁ・・・半ば合意かもしれないが、ほぼ強姦じゃなかろうか・・・。

『嫌、じゃないよね?ほら、全身で僕を受け入れてるよ。ゆうくんの全身が、僕を好きって言ってる』

ーーいやいや、言ってないだろう?!

『ゆうくん・・・好きっていってごらん』

ーーおい!言わそうとするな!


一部だけでも、全てに突っ込みが入る。酷い。

何がどうしてここまで箍が外れ・・・吹っ飛んでしまったのか。

こういう行為が初めてなわけではない。それなりに経験を重ねてきたはずだ。無論、それは女性とのみではあるが。

その場になれば興奮していたし、行為にだって及んでいた。

ただ僕は、ここまで振り切ったことはなかった。どこかいつも理性が生きていて、冷静な自分がいたはずなのだーーが。

もう、今日は違った。とにかく止まらないし、止める気もなかった。

ゆうくんを見ていると興奮しかなかったし、途中からは抱きたいばかりだ。

本当なら、その体内に僕のものを捩じ込んで、中で出したかった。ゆうくんの中から溢れる白濁を見たかった。

・・・うん、酷い。おっさんか。

ただ痛い思いをさせるにはやはり嫌だったし、それだけが最後までいかないストッパーだった。


「うーん・・・」


頭を掻く。ああー・・・いっそ、大濠くんに殴られたい。

いや、大濠くんなら『貴様なぞ殴る価値もない』とか怒鳴りそうだな。治くんは抉ってくると思うので、ちょっと思い浮かべるのも怖い。・・・もう僕、大濠くんの写真とか持ち歩いた方が良くないだろうか?とびきり不機嫌な顔のものを。そしてそれをたまに見て自制心を思い出す。

いやいや。そんなことしたら「それ好きな人?」と今度はゆうくんに突っ込まれそうだ。それは困る。だって僕が好きなのはーー・・・。


「・・・待て。僕が好きなのは誰だ・・・」


呟く。すっかりと静かになった部屋の中、答える人間は誰もいない。

そうだ、僕が好きなのはそもそも誰だ。あーちゃんじゃないのか?

僕はあーちゃんと結婚していたら、あーちゃんを抱いていたはずなのだが・・・今まで、あーちゃんには性的接触を試みたことが一度もない。

デートの帰りなんかに、額や頬にキスをしたことはある。ただそれ以上は『どうせ結婚したらするのだし』と考えたこともなかったし、興奮を覚えることもなかったのだ。

なのに、今日。僕はゆうくんと、易々と性的なことに至った。しかも間違いなく、けしかけたのは僕だ。


「あー・・・・・・」


情けなく声を漏らす。すると、ゆうくんがぴくりと動いた。

ああ、そうだ。このままでは風邪をひかせてしまう。

僕は僕で汗をかいたし、シャワーを浴びた方がいいかもしれない。

ひとまず、ゆうくんを拭くタオルを用意すべく、僕はゆうくんに上掛けを引っ掛けて、ゆっくりとベッドから立ち上がった。



ゆうくんの身体を隅々まで拭いて綺麗にする。浴衣も下着も取り替えた。途中途中で多少動きはしたが、ゆうくんは目覚めなかった。よほど疲れたのだろう。そもそも昨日も眠れなかったと言っていたし。

汗やらお互いの体液やらで汚してしまったシーツはどうしようもないので、隣のベッドへとゆうくんを運んで、布団に入れる。

そして僕もシャワーで汗を流して、またベッドへと戻った。

ゆうくんは相変わらず静かに寝息を立てている。


「・・・可愛いなぁ・・・」


素直な感想が漏れた。

ゆうくんの眠る隣へと、僕も潜り込んで、その身体を抱き寄せる。

いやぁ・・・反省も何もないな、僕は。


しかし、可愛い。どうしようもなく。どうしよう、可愛い。


我慢できずに、間近にあるその頬に目元に口付けた。ゆうくんが少しばかり身じろぎしたので、それを抱きしめる。

前々から僕は双子に並々ならぬ愛着を持っていた。それは事実で隠すものでもないし、自他ともに認めるところだろう。当時いた彼女とのデートよりも、双子を優先するなんて普通のことだ。仕事は流石に蔑ろにできるものではないので、最大限に都合をつけるようにしている。・・・どうやってもあの母の息子なのだと、感取する。血は争えない。

しかし、つい最近までは。それこそ昨日までは、こんなに、ここまでゆうくんに触れようと思ったことはなかった。近くにいるゆうくんの隣に座るだとか、僕の隣に座ったゆうくんに多少近づくだとか、たまに頭を撫でるだとか。そんなものだった。

でも、もう、昨日からとにかく可愛くて仕方がない。側にいれば抱き寄せたくなるし、戯れに口付けたくなる。


「・・・どうしたんだろうねぇ、僕は・・・」


ゆうくんを抱きしめながら、呟いた。

うん、もう、とりあえず・・・ここまでしでかしたら、責任を取ろう。結婚しよう。

・・・待てよ。昨日に結婚式を挙げたな、僕達は。

ということは、だ。すでに責任は取っているということだろうか?

だとすればさっきの行為は夫婦ーーこの場合夫夫と記すべきなのか?ーーの営みにあたるわけで。この先、ゆうくんを本格的に抱いたとしても問題ない。

身体的な相性だって悪くない気がする。

ああ、そうだ。一年と言わず、その後も一緒に暮らせば良い。

孫が見れないことに、母は多少文句をつけるだろうが、相手はゆうくんだ。5分もすれば機嫌は回復する。その後はどうせ猫可愛がりする日々だ。目に見えている。

桐月の家だって、養子を取るなりどうだって出来る。ゆうくんが子育てをしてみたいならば、小さい子を引き取るのも良い。ずっと二人で暮らすのだって悪くない話だ。

あーちゃんは・・・僕を選ばず逃げたということは、もう万が一にも億が一にも、結婚しようとはならないだろう。あの子の意志の強さはよく知っているところだ。昔からそうだった。一度決めたところは頑として譲らない。でもあの子だって、大事な子であることは変わりない。助けてあげられるところは、助けてあげたいと思う。

そうして、皆が幸せに・・・・・・・・・。


・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!

落ち着け、僕よ。すごい自分勝手だな?!我ながら吃驚してしまう程だ。

ここまで自分が得手勝手とは・・・ゆうくんの意見なんて一つも入っていない。

混乱しすぎだろう。あまりにも。

大濠くんの「お前、一度、腹を切るのはどうだ?」という声が聞こえてきそうだーーところで大濠くんは自身の名前こそ気に入ってはいないが、親御さんの影響はやはり凄まじく、実に古風なことを古風な言い回しで伝えてくるので面白いーー。

・・・大濠くん、僕の思考に出てきすぎだな。うん。お土産をたくさん買って帰ろう。

腕の中には、寝息を立てるゆうくんがいて、もう一度額に口付けると僅かに目を開けた。

ーーしまった。起こしてしまったかな・・・。

けれどゆうくんは、


「・・・つぐにぃ・・・」


僕の顔を見て、へにゃ、と笑う。そして僕の首元に頬ずりをして、また眠ってしまった。


「・・・っ・・・っ・・・」


あまりの可愛さに僕は息を詰める。

これ、手を出さないとか・・・絶対に!無理だ!!!!あーーー!無理!



部屋の中に差し込む光と、鳥の囀りで目が覚めた。

ゆうくんの可愛さに身悶えつつ、起こさないように何度かキスをして、昨夜は眠った。うっかりとゆうくんの頬ずりに興奮していたせいもあってか、あまり眠れなかったが、運転に影響が出るほどではない。

時計を見ると7時を回った頃だった。朝食は8時に予約をしていたように思うので、まだ時間はある。寝ているゆうくんを起こさないようにそっとベッドを抜けて、浴室へと向かった。目を覚ますのにシャワーは最適だ。

時間が経つにつれ、何てことをしたんだ・・・と後悔する僕と、いいじゃないか仲良く暮らせば!と能天気な僕がせめぎ合っている。

ゆうくんは起きたらどんな反応をするだろうか・・・嫌われたくはないけれど・・・うーん・・・。

そんなことを考えつつ、シャワーを終わらせ、ミネラルウォーターを片手にて戻ると、ゆうくんは起きていた。

ただ、起きているといっても、ベッドの上でぼーっとしている。

まだ完全に覚醒していないようだ。


「ゆうくん、おはよう」


多少遠慮がちになりながら声をかけると、ゆうくんが僕を見た。


「・・・つぐにぃ・・・おはよ・・・」


声が少しばかり枯れている。昨夜の名残だろう。

僕はその傍に腰掛けて、ゆうくんの顔を覗き込む。

目がまだしょぼしょぼとしていて、可愛い・・・あー、キスがしたいな、と思っているうちから自然と僕は動いていて、その唇に、軽くキスをしていた。

いやいやいや!僕よ!勝手に動くのか!本当に吃驚だ。ああ、でも可愛いなぁ・・・。

もう一度、啄むように唇を奪う。

すると目が覚め始めたゆうくんの目が徐々に大きく見開かれ、三度目の口付けをした頃には、顔が真っ赤になり、後ずさった。


「あっ、ちょっ・・・もう、近いっ・・・」


ゆうくんが俯きながら、僕の胸に手を置いて、押した。

これで抵抗してるつもりだから、もう・・・。愛らしくて堪らない。

僕は片手を伸ばして、ゆうくんの背中を撫でながら腰を取る。

そのまま引き寄せて、下から顔を覗き込んだ。ゆうくんは頬を紅潮させ、僕の視線から逃げるように身を捩ったけれど、その身体は腕の中だ。

耳元に唇を寄せて、頬から顎のラインを辿るように唇を滑らせてから、また唇を重ねる。


「ちょ、つぐに・・・んっ・・・」


僕の名を読んだ隙間から舌を差し込み、咥内をぐるりと舐めて、舌を捉えた。

緩く絡ませてから、吸い上げる。


「んふっ・・・あ、は・・・っ・・・」


ゆうくんから湿っぽい吐息が漏れ出る。僕はミネラルウォーターを布団の上へと置いて、抱き込んだゆうくんの身体をキスをしながらベッドへと押し倒した。

ちゅ、と音を立ててゆうくんの唇を吸ってから、離す。

首筋に何度も口付けを落としていると、ゆうくんの手が僕の肩を叩いた。


「つぐに・・・ぃ・・・っ、だめ・・・、いま、あさだ、よ・・・っ」


僕が落とす刺激に息を切らせながらゆうくんが言う。

朝だから、か。僕は顔を上げると、その場所からゆうくんを見つめた。


「・・・夜なら、ゆうくんにキスして、また触っても良いの?」


我ながら、馬鹿な質問をしていると思った。

が。ゆうくんは目元を更に赤くしつつ、困ったように首を傾げる。視線を一度逸らしたのちに、息をゆっくりと吐き出して、小さく頷いた。


「よ、夜なら・・・なら・・・いいよ・・・だからいまは、その、ね・・・」


ゆるして、と小さく続けるゆうくん。

あーーーーーっ。どうしてそんなこと言っちゃうかなぁ・・・!この子!

つけ込まれるよ、それは。ちなみに僕は全力でつけ込ませてもらうよ?!

しかし、嫌じゃないのか、ゆうくん・・・。それは嬉しいなぁ。

ゆうくんの答えに僕は笑みしか漏れない。あー夜が楽しみだ。


「じゃあ、今はいい子に我慢しようか。夜に奥さんからのご褒美を期待しよう」


僕は最後にゆうくんの頬にキスをして、起き上がり、ゆうくんも起こした。

改めてベッドに座り直し、ミネラルウォーターを手に取る。

ゆうくんの手が伸び、僕の着ている浴衣の袖を軽く引っ張った。

僕がゆうくんに目を向けて首を傾げると、


「ね、ねえ・・・嗣にぃって、男も好き・・・なの?」


まさかの台詞がゆうくんから飛び出し、水を口に含んだばかりだった僕は、盛大に咽せたのだった。

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