第9話「アルメリアの侯爵家メイド生活」

お義姉さま 嗚呼お義姉さま お義姉さま


アルメリアは季語が抜けている事も気にせず、よし、今日もお姉様俳句は絶好調ね、と姉ヴェロニカの寝顔を見ていた。

当然、勝手に部屋に入り込んでいる。どこの世界に呼ばれてもいないのに枕元に来ているメイドがいるのか、という状態である。

しかしそんな事は気にもせずアルメリアはもはや崇拝すらしている姉ヴェロニカの顔をうっとりと見ている。

姉の美貌はカーテン越しの朝日によってさらに際立っていた。

光に透ける金髪は、金糸を編んだように美しく、白く透き通る肌はまるで磁器のようだ。

桜の花びらのように淡い色の唇がほんの少し動くだけでも見入ってしまうのに、まつげが細かく動いているのなど見ていて飽きるはずがない。

「ふおお……」などと呻きながら覗き込んでいたら、どうも気配を感じたのかうっすら目を開けてしまった。

さすがにそれが少々変わった行動なのは、目を覚ましたヴェロニカが少々眉をひそめた事でもわかるだろう。


「おはようございます、ヴェロニカお嬢様。今日も清々しい朝ですね」

「……おはようアルメリア、とても、清々しいとは言えないと思うのだけれど」

「まぁ、冗談がお上手ですね。こんなに晴れやかで澄み渡ったお天気なのに」

アルメリアがカーテンを開けて部屋に光を取り込み、窓を開け放てば、さわやかな朝の冷たい空気が部屋に入ってきて心地よい。

吸い込むと初春の清涼感たっぷりの冷たい風が肺を満たす。深呼吸を繰り返してうっとりとしながら全身を弛緩させるように脱力して朝一番の香りを堪能する。

そんな上機嫌のアルメリアに対し、ヴェロニカの目は心中と同じくどんよりとしていた。

朝から何をしているのだこの子は、そもそも自分の部屋付きのメイドとして認めた記憶も無いのだが、言っても無理なのだろうな……、と遠い目になった。


「ねぇ、アルメリア。貴女いったい何をしているの?」

「何を、と言われましても。つい昨日も聞かれた気がするのですが、冥途ですけど?」

この子のいうメイドって、私の思っているものと違うような気がするののは気のせいだろうか……?と思いつつ、ここでアルメリアのペースに飲まれてはならないと、ヴェロニカは彼女の少々非常識な行動を注意する事にした。


「ねぇ、貴女ってお父様の許可も得ずにメイドとして働いているのでしょう? どういうつもりなの?」

「どういうつもりと申されましても……。現状お嬢様の為に尽くせる事と、私の今後を考えると冥途が最善だろうという結論に達しまして」

「まぁ、現状を受け入れて、今後を考える様になったのは良い事だと思うのだけれど、どうして私に尽くそうとするのよ」

「どうして、って姉妹だからですわ」

普通であれば微笑ましい言葉なのだろうが、ヴェロニカはどうも信じられなかった。彼女との接点が今まで無さすぎたのだ。

貴族屋敷は身分により住む場所・移動するルートまで決められているので、これまでまともに彼女と会話をした事すらない、むしろ今が一番話をしたといって良い状態なのだ。


「あ、信用していませんね? 大丈夫です、今後お嬢様に危機や危険が及んだ時には、私が身を挺してお護りいたしますのでご安心下さい」

「そう、残念ながら私の安心は今行方不明だわ、どこに行ったのかしら……」

「それは大変ですわ! 探してきましょうか?」

「心配無いわ、拉致した人物なら目の前にいるから」

「まぁお嬢様ったら」

皮肉が通じずニコニコと笑うアルメリアにヴェロニカが呆れていると、いきなり部屋のドアが開き、

「何をしているんだアルメリア!」と、父親のアルベルト侯爵が入ってきた。その後ろからは、部屋の前にでも控えていたであろうメイドや侍女達も同様に入室してくる。


「冥途ですが何か?」

何を当たり前の事を?とでもいうかのように、悪びれず様子も無くきょとんと首をかしげるアルメリアに、侯爵の怒りゲージが一気に振り切れた。

「いい加減にしろ! 勝手な事ばかりしおって! なぜお前は部屋で大人しくしておれんのだ!」

「お言葉ですが、部屋で大人しくしていたら碌なことになりませんわ。私が今までどのような扱いだったかご存知無いわけではないでしょう?」

怒鳴る侯爵にアルメリアは、声を荒げる事も無く反論する、なお言っている事はハッタリだ。自分の変貌からある程度話を聞いているはずだと当たりを付けたのだ。

「それは……、お前にも、原因があるだろう、その、皆に対する態度とか」

この言葉に、今度はアルメリアの方が静かにブチ切れた。そもそもの原因の自分の出生を無視して責任はアルメリアの行動にある、と転嫁したのだから。


「たしかに、私にも原因がありましたわねぇ。私の父はどこかの股間のゆるい貴族で、私のお母様はその男に妊娠させられたものの、家を追い出されてその男を頼るしかなくて、私を生んで死んだそうですもの。

私が男だったら後継ぎとしての使い道はあったかも知れませんけど、あいにくと私は見ての通り女として生まれた上、魔力も無いものだから利用価値がとんでもなく低いみたいですからねぇ」

アルメリアは思い切り大声でその場にいる姉・侍女・メイド達にも聞えよがしに自らの生まれを嘆いてみせた。

「まったく、私の父親という男は心底クソ野郎だと思いますわ。家に住まわせたはいいものの、ろくな教育も受けさせず、衣食住もろもろを使用人に丸投げするものですから、私は生きるのがやっとの毎日でしたもの。親どころか、人としてどうなのかと心底思わずにはいられませんわ」

自分はまるで邪魔な物扱いされたかのようだとボロカスに言われすぎて、さすがの侯爵も顔色が変わる。

「お前! 言いたい放題にも程があるだろう! 私にも貴族としての立場がだな!」

「あらぁ? 私は自分の父親の事を言ったまでですわよ?もしかして、私を娘だと思ってたのですか? そんなまさか!」

怒鳴る父親にアルメリアはよりおちょくるように大げさな身振りで煽って見せた。


「お……、お前という奴は、いや、だいたいお前がメイドとしての仕事なんてできるはずがないだろう!皆の邪魔になるから今すぐやめろ!」

下手に娘かどうかで言質を取られるのを嫌ったのか、侯爵は今度はアルメリアの勤務態度に話をすり替えた。

「あら、私はちゃんと仕事してましてよ? 最初は何も知りませんでしたが、教えられた事は完璧にいたしましたもの、ねぇ? そこの貴女もそう思うでしょう?」

「え、ええ……、それは間違いなく」

声をかけられたメイドが答えたように、それは本当だった。アルメリアは記憶力も手際もよく、更には魔式で身体強化して普通のメイドの何倍もの仕事をこなしてみせたのだ。

「いやしかし、邪魔、だろう?」

「いえ! そんな事は決してありません!」

このメイドの答えも本当だった。侯爵邸は広いので万年人員不足なので、人手はいくらあってもいい。

仕事が早く終われば終わるほど自分たちの仕事は楽になるのだから。


「ほら、ね?」

「う……、しかしだな……」

侯爵が口ごもり、その場は皆無言になる、その静寂を破ったのはヴェロニカだった。

「あの、少しよろしいですかしら?」

「おお何だヴェロニカ、お前からもこいつに言ってやってくれ」

だが、ヴェロニカは侯爵の懇願するような声を遮るようにその場の皆に、というか父親の侯爵に向けて言い放った。


「そろそろ着替えたいので、この部屋から出ていっていただけませんか? 父とはいえ部屋に入る許可も出しておりませんから」

そこはさすがに無礼だったのは認めざるを得ず、侯爵はすごすごと部屋から出ていった。

残ったのは侍女とメイドと……、アルメリアだった。着替えを手伝う気満々のようである。

言っても無理ね、とヴェロニカは心を無にする事にした。

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