第8話 「アルメリア、気づく」
ドドドド……。瀑布とまではいかないが、滝の水はアルメリアの身体に痛いほどの勢いで叩きつけられている。
アルメリアは身体を洗うついでに、今の自分を見つめ直す為に滝に打たれながら瞑想していた。
身体の前で手を組み、目をつぶって水の勢いに身体を任せていると、全身の感覚が無くなって心だけがむき出しになる。
滝は良い、大いなる自然の勢いそのものだ。次第に小さな事はどうでもよくなり、真理に辿り着けそうな気すらする。
先ほどのメイド達相手の特訓は、自分自身の立場を客観的に受け止めるものでもあった。
穀潰し、役立たず、半端者、自分にかけられた様々な言葉は、まさにその通りだ。
今までは何の力も持ってはいなかったが、だからといって過去を思い出して『魔式』を使えるようになったとしても、今の自分は何をして良いかもわからなかった。
自分はどうしたいのか、どうなりたいのか、何を目指すべきなのか、そういった考えが堂々巡りで頭の中を回っている。
根源的な問題は、やはり自分の出生による今の立場だろう。実際、自分はずっとそれに悩まされているのだから。それと対照的なのは、やはり姉のヴェロニカだろう。
先程対峙した時も、自分の魔式による生命の危機に晒されていても眉一つ動かさず毅然としていた。凛としたその様は優雅で美しいとしかいえなかった。
自分はその姿に気圧されていたといっていい。もしもあの時自棄になって姉を害したとしたら、勝利感よりは絶望的な敗北感を一生背負わないといけなかっただろう。
あれこそが貴族令嬢のあるべき姿なのだろう。生まれてからずっと貴族令嬢として生きてきた賜物なのかも知れない。
そして自分はその仕草や立ち姿等を真似をする事はできるだろう。見ただけでは何が違うかわからないくらいに再現してみせる自信はある。
しかし、それはどこまで行っても真似でしかない、本質には決して踏み込めないのだ。魂からして違うといってもいい。
仮に自分が姉の立場だったとして、あのようにふるまえるのだろうか。姉と自分は何が違うのだろう。
「何を……、しているの?」
そんな事をしていると、アルメリアに話しかけてきたのは姉のヴェロニカだった。
「何を、と言われましても、見ての通りなのですが」
「見てわからないから聞いているのだけど」
ヴェロニカは珍しい事に困惑しているようだった。先ほどとはまるで違う様子に、アルメリアは姉でもそんな表情をするのね、と妙な感想を抱いていた。
「これは東洋に伝わる修行で、滝に打たれる事で己の内面を見つめるのです。お姉様もどうですか?」
「いえ、遠慮しておくわ……、それにしてもこんな所に滝なんてあったかしら?
アルメリアが打たれている滝はアングラータ侯爵邸の建物のすぐ側にあった。しかしそんなものはヴェロニカの記憶の中には無かった。
敷地内を流れているのは川だったはずが、今見ているのは落差数メートルほどとはいえ、滝だ。
いったいいつのまにできたのかしらこれ……、とヴェロニカは首をかしげる。
「あ、これ自分で用意しました。自家用の滝ってあると便利ですからね」
「自家用の滝というのは人生で初めて聞く単語ね……、ちょっと待って、自分で、用意した?」
「ええ、人間、日本の腕があれば何でも出来ますわ」
「掘ったの!?ねぇこれを掘ったの!?」
今度こそヴェロニカは取り乱した、さすがの貴族令嬢教育であっても、自分の邸内に突然滝ができた時の心構えは無かったようだ。
アルメリアはその顔を見ただけでもこの滝を作った甲斐があったなと思った。
そろそろ身体が冷えてきたので滝行は終わりだとアルメリアは水から上がる。
「何がしたいのよ貴女は……」
ヴェロニカの呆れたような言葉に、アルメリアも同感だった。
何者にもなれず、何をしてもいいかわからない、そう思っているのを察したのかヴェロニカが、 一つため息をついてから口を開く。
「ねぇ、以前も言ったけれど、貴女の立場には同情はするわ。でもどうにもならない事に気を病んだところで何にもならないのよ?」
その言葉は、今のアルメリアにも理解できる部分はあった。だが、やはり反発する思いはあったので言い返そうと姉の方を向いた時、彼女の仕草に目を奪われた。
表情こそはいつものように感情が見えにくいものではあったが、おそらく困惑している時の癖なのだろう、顔に手を当てて軽く首をかしげる仕草。
それは前世での妹のものと同じだった。
『今どうにもならない事を悩んでも仕方無いわ。今手元にある武器だけで何とかするしかないのよ』
それが、彼女の口癖だった。その言葉が先程のヴェロニカの言葉と重なる。
よく見ればヴェロニカには左目の目元に小さな黒子もあった。口癖、仕草の癖、身体的特徴のいくつもが記憶と一致する。
「(ずっと、そこにいたのね、モミジ……)」
考えてみれば彼女の言動は様々な事が重なる。モミジは自分の一つ年下であっても姉である自分に甘えたりせず、限界まで自分を鍛える子だった。
その真摯さ、真面目さが災いして修行に耐えられず、生命を落としたのだが。
「(でも、どうして私の姉に……、! 私より一年早く先に死んだから!?)」
ああ、そういう事かとアルメリアは全てを悟った。あの子は今も努力し続けているのだ、と。
貴族令嬢として自分を磨き上げ、貴族令嬢らしく生きようと、誰にも甘えず自分の力で、足で今も己の信じる道を歩き続けているのだと。
思えばこれまでの自分は『私はかわいそうな子だから』と、自分の環境に甘えてしまって何もしてこなかった。
彼女との差がつくのも無理はない、年数で言ったら10年以上も努力してきた時間が違うのだ。
「ともかく、そんなわけのわからない事をしたら病気になるわ、早く部屋に戻りなさい」
そう言って戻っていくヴェロニカの後ろ姿を、アルメリアは決意のこもった眼差しで見つめていた。
「モミジ、いえ、お姉様、今から私はお姉様を護る為に生きるわ」
姉に危害を加える者がいるのであれば身を持って守ろう。姉の生きる道を阻むものがあれば全力で排除しよう。
自分は姉の為に生きる影で良い、姉の全てを受け止める盾とも剣ともなろう。
人でなしと蔑まれても構わない、冥途に堕ちようともかつての妹を守ろう。と決意した。
「そうか、冥途に生きれば良いのね、簡単な事だったんだわ」
次の日の朝、ヴェロニカは目を覚ますと、いつものように服を着替えるべく呼び鈴を鳴らして侍女やメイドを呼んだ。
入室してくる侍女やメイド達や侍女達、だがどことなく違和感があった。
何かに怯えているような……?というか、そもそもメイドの数が1人多い。ふと、人数を数えるように見ていくと、一番最後の顔は、アルメリアだった。
侍女も他のメイド達も、皆困惑するかのような表情で彼女を見ている、当然自分もだ。だがアルメリアの顔は清々しいまでに晴れやかだった。
「おはようございます、お姉、いえ、お嬢様」
「お、おは……そうじゃなくて、何をしているのよ、貴女は」
「見ての通り、冥途ですが」
アルメリアは、ややドヤ顔で誇らしげにほんの少し胸を張る。今の彼女はメイドのお仕着せ服に身を包んでいた。
髪は肩までで綺麗に切りそろえ、薄く化粧したその姿はどこからどうみてもメイドではあったが、ヴェロニカが聞きたいのはそういう事ではない。
「本当に、何がしたいのよ貴女は……」
「これから、よろしくお願いいたしますわ、お嬢様」
ヴェロニカはある日、目を覚ますとメイドが突然一人増えていた、怖い。
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