第3話「アルメリアのお食事」


アルメリアは厨房には向かわず武器庫へと向かった。厨房から食事を分捕るのは簡単だけど、それではただの強盗だから。

武器庫の中には様々な武器があるがアルメリアはクロスボウを手に取る、前世の様々な知識を確認するには丁度良い。

弦を張るのも今の自分なら簡単だ、この世界の人は活用法を知らないだけで本来皆魔法力を持っているのだから。

火の魔法力であれば身体能力強化が可能になるので、アルメリアは一瞬だけ魔力を発動して弦を張った。


さぁ、狩りの時間ね。とクロスボウを手にアルメリアが向かう先は屋敷の庭園、この時間なら確実に鳥が集まっている所がある。

以前メイドたちのしている会話から聞いた通り、そこには多数の鳥が集まっている。バルコニーから父親の侯爵が餌をまいているからだ。

娘には食事も与えないのに呑気な事ね、とアルメリアは思ったが今は好都合だ。茂みに隠れてクロスボウを構える。

「えーと、やっぱり頭、かしら?」

狙った矢は真っ直ぐに狙った所に命中した、一斉に鳥たちが羽ばたいて逃げる。上の方でおっさんの悲鳴が上がったが無視。今は仕留めた鳥が最優先だ。


「うん、やっぱり前世の記憶で色々な技術や技が使えるわね」

前世のアルメリアは未熟ではあったが、それは教えられた事や手本にされた事を覚えたり再現する力が足りていなかったのだ。

だが今は違う、今のアルメリアなら再現した記憶を元に実行するだけだ、前世の技術や技が思い通りに使える、もう何も怖くない。


アルメリアは茂みから出て獲物を収穫に向かった。当然、その姿は上の階の侯爵にも丸見えだろう。

だが今まで姿を隠していたアルメリアとは違う、悠然と歩いて行き、優雅に獲物の鳥を取り上げた。

「あ、アルメリア!?な、な、何をしているんだお前は!」

「あら、何をしているのかと聞かれても困るのですが?見ての通りなのですが」

一応娘の突然の凶行に、侯爵が困惑と怒りと共に叫んでくるが、アルメリアは不敵に嗤って答えるだけだった。

わざと手に持った獲物を掲げるようにして見せつける。


「そ、それは私が大切にしている鳥だぞ!何を考えているんだお前は!」

「あらあらあら、娘の私のおなかがこんなに空いてるのに、鳥さんにはせっせと餌を与えるんですの?

 困ったわぁ、誰も私に食事を出してくれないんですもの。だったら自分で獲るしかないでしょう?」

「何を意味のわからない事を、食事なら毎日出ているだろうが!」

その言葉に、アルメリアはおやと思った。父親はどれだけアルメリアに関心が無かったのか、アルメリアにほとんど食事が出ていない事も知らなかったのだ。


ならば、多少は関心を持ってもらおうかしら? とアルメリアはクロスボウを侯爵に向ける。当然侯爵は慌てて身を隠そうとする。

「ひいっ!」

「冗談ですわよお父様ー。そもそも矢がもうありませんし、空撃ちなんてしたら壊れてしまいますわよ?これ、武器庫に返してもらっておいて下さいな」

アルメリアの気配が消えたので侯爵は恐る恐る確認すると、そこには誰もおらず、クロスボウが置かれていただけだった。


その場を離れたアルメリアは、せっかく食べるなら肉だけというのもね、と、敷地内の森に入り、様々な野草や木の実、香草を取ってきた。キノコもあったが判別が難しいのでやめておいた。

料理をしようと小川に来てみると、前回は体を洗おうとガタガタ震えていたのに、全く変わるものね、と今の状況がおかしくなってしまう。


手際よく鳥の羽根をむしり、下ごしらえをしようとした所でアルメリアはしまった、と思った。

「料理する道具が何も無いわね、せめてナイフの一本でも欲しい所なんだけど。お皿とかも無いし……」

厨房に借りに行こうと思ったが面倒くさいのでやめた、ナイフ程度なら作れる。

アルメリアはその辺に落ちている小枝を手に取り、握って魔力を集中させた。すると、小枝から魔力の光が伸び、まるで物質のように固まって刃となる。

これもアルメリアの前世の『影の民』達が使っていた技術の一つ、『魔式』だった。

魔式は魔法とは違う系統の技術で、魔法が己の中の魔力を放出するだけなのに対し、魔式は己の中の魔力を研ぎ澄まし、わずかな量であっても増幅する事に重きをおいている。

そして、その技をもってすれば、放出した魔力を収束させ、物質のように固めてしまうのも可能なのだ。

一振りすると、魔式の刃はは何の抵抗もなく鳥の腹を斬り裂く。


「よし、切れるわね」

首を落とし、胴体を切り裂いた中から内臓を取り出し、小川の流れに晒して血抜きをしつつ、取り出した内臓の中から肝臓等の食べられるものを水洗い。

血を抜いている間に今度は火を起こす、といっても先程の森の中でついでに持ってきた木の枝に、一瞬だけ火の魔力で火を付けるだけだったのだけど。

血抜きが終わった腹の中に肝臓などの食べられる内臓や、香草や野菜、木の実を詰め、水魔法で生成した水と、共に加熱しておいた川原石も放り込んで木の枝で縫い付けて閉じた後は、適当な長さの棒に刺して蒸しながらの丸焼きだ。


焼き上がるまでアルメリアは色々と片付けた。羽や残りの内臓はその辺に穴を掘って埋め、手は小川で洗った後、仕上げにほんの少し水の魔法力を使って清めた。

ごろりと寝転び空を見上げる、空なんて初めて見た気がする。思えば今までの自分は下ばかり見ていた。人の顔色を伺い、見るのは地面か床ばかり。

これからどうしよう、自分は貴族令嬢というにはあまりにも異質だ。何よりも前世の記憶や知識なんてものがあったら、選択肢が広がりすぎてて何をして良いかがわからない。

「けど冒険者とかいうものになるのもねぇ……」と、鳥の向きを変えながらアルメリアは思う。

結婚には憧れないでもないけれども、まずは自分の身分をなんとかしないといけない。

前世の記憶は便利であっても自分が何者なのか、という事に対してアルメリアを困惑もさせているのだから。


「さて、焼き上がったかしら?」

皿は無いので、川原石の中から平べったくて丸い物を選び、洗い清めてその上に置いた。

鳥の腹を開くと食欲をそそる匂いが立ち込める。詰めていた石を取り除くと、中には肉汁でできたスープが出来上がっている。

スプーンも無いので、先程の魔式のナイフと同じ要領でスプーンのようなものを作り出す。ふちを丸めるのは少々コツがいるが、多少の練習で問題なくできた。

「ま、こんなものかしらね、さて、まずは一口」

一口すくい、口に入れる。ああ、美味しい。

鳥の風味と、臭み消しの為に入れた香草の混じったスープは香ばしく、焼き上がった肉と共に口に入れると、今まで食べた事の無い程の美味だった。木の実は火が通って柔らかく、甘みはより味に深みを与えてくれる。

味変とばかりに、外側の皮をちょっと切り取って混ぜると、歯ごたえも加わってより口の中を楽しませてくれる。

「鳥の皮って美味しいのね……」

と、アルメリアは皮だけを切り取って食べてみた。脂分と混じったその味はいくら噛んでも飽きない。


反面、肉だけだと少々淡白で物足りなくも感じる。あんまり焦ってスープだけ飲んでも味気なくなるなぁ、もう一品欲しい所ね、麦でも手に入れて入れておいたら良かったかしら、とアルメリアはお腹が膨れると共にそういう事を考える余裕まで出てきた。

ああ、肉は良い、身体の中に力が蓄えられるのを感じる。今まで欠食気味だった身にはなおさらだった。


それが油断だったのだろう。アルメリアは気づくと兵に囲まれていた。

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