第4話「アルメリアと父」


「で、何故あのような事をしたのだ、アルメリア」

「何故、とおっしゃられても、先程申し上げたように、お腹が空いていたからなのですが」もぐもぐ

「私に対する嫌がらせなのか!あれは私が大切にしている鳥だと知っていただろう!」

「いえ知りませんでした、そもそも私はお父様の事をほとんど知りませんので」もぐもぐ

「……おい」

「なんでしょうか」もぐもぐ

「言われなければわからんのか!食べるのをやめろと言っているんだ!」

「嫌です」もぐもぐ

アルメリアは父親のアルベルト・アングラータ侯爵の執務室の机の前に立っていた。両手に焼いた鳥の脚を持って食べながら。

周囲のアングラータ家の私兵達もどうする事もできない。

香ばしく食欲をそそるその匂いは、本や書類だらけのこの部屋では違和感がもの凄かった。


先ほどアルメリアは、父の命により捕らえようとしてきたアングラータ家の私兵に囲まれていた。しかし捕らえられてここに来たわけではない。

少なくない人数で囲まれても、今のアルメリアは身体強化により常人を越える力やスピードが出せる、魔法を使えない者が多かったので相手にもならなかったのだ。

アルメリアも今の自分の能力の限界を試してみたくなり、両手に丸焼きの鳥を持ったまま、ひらりひらりと捕まえようとする手から逃げ回った。

時に振るわれてくる剣には、魔式のナイフで応戦して逆にその剣を斬り飛ばし、全員が疲労困憊で立てなくなった頃には、鳥の胴体部分を食べ終わったので、鳥の両足をもぎ取り『じゃあ、行きましょうか』とこちらに来たのだ。


アルメリアの眼の前の父、アルベルト・アングラータは白髪こそ多いものの、金髪は姉ヴェロニカを思わせる風貌だった。

「お前はいったい何を考えているんだ。昨日の茶会にはヴェロニカの婚約者の、エルドリック王子殿下も来られていたのだぞ。敷地内で人死にが出たのかと大騒ぎになって台無しだったではないか」

「あ、その件に関しては少々申し訳なく思っておりますの。ただ私も一応乙女ですので、わざわざ水浴びに行ったのは、メイド長から『臭い』などと言われてしまったので、身体を洗いたくなるのも仕方ないでしょう?」もぐもぐ

「何を馬鹿な事を言っている、メイド長がそんな事を言うわけが無いし、清拭する水なら言えば誰か持ってくるだろうが。あと食うなと言っとるんだ」

それを聞いたアルメリアは、ああ、この人は本当に苦労知らずなのだなと思うしかなかった。

貴族どうのの仕事や人間関係では苦労しているのだろうが、屋敷の中で『誰も何もしてくれないどころか、何をするにしても邪魔してくるか禁止されるので、部屋の中で息を潜めて生きるしかなかった』などという状況は想像もできないのだろう。もぐもぐ。


「それに何だその汚くて古びた服は、何を好き好んでそんなものを着ている。だから食うなと言っている。」

この一言には、流石のアルメリアも軽くキレそうになった。本当に何一つ自分の事に関して興味が無いのだな、と思うしかなかった。

「……お父様」

その底冷えするような声には、部屋の中の全員の背筋が寒くなった。実際、部屋の温度が下がったような感覚すら覚える。

せっかく美味しいものを食べて気分が良かったアルメリアの機嫌は氷点下にまで下がってしまっていた。


「お父様が私に服をお与えくださった事がありましたかしら?覚えていらっしゃいますの?」

「……知らん、そんなものはわざわざ私に言わずとも、執事かメイド長に言えば良いだけの事だろう」

アルメリアは、もう話をする気も失せた。とばかりに首を振るしかなかった。

「お父様がそのような態度を取られるから、私はこの屋敷に住み着いている邪魔者にしか見られない、という事を判っていらっしゃいますの?」

「何を馬鹿な事を、たしかにお前は魔法が使えんから公には娘とは発表してはいないが」

「魔法、ねぇ」

アルメリアはそろそろ腹も膨れたので、両手に持っていた食べかけの鳥の脚を片手にまとめて持った。すると、一瞬でその手から火柱が上がって鳥の脚を焼き尽くした。


「なっ……」

部屋の一同が言葉を失う中。両手が空いたアルメリアは、今度は水を生み出して脂で汚れていた手を綺麗にし、小さな風を巻き起して水を吹き飛ばして小さくまとめ、仕上げに再び小さな炎を一瞬だけ起してそれを焼き尽くして蒸発させた。後に残るのはほんの僅かな燃えカスだけだ。

「こんなもので、人の価値が決まるというのも、滑稽な事ですわねぇ」

先ほど起こった事が幻ではないというのを見せつけるかのように、アルメリアは綺麗になった両手を広げて父親に見せた。

「馬鹿な!お前は魔力がほとんどなかっただろう!先程のも全く魔力の高まりを感じなかった!」

父親は確認するかのように、私兵の中で魔法を使える者を見たが、やはりその者も同意するかのように首を振るだけだった。


「ええ、私は使えませんよ?『魔法』は」

アルメリアはわざわざ手の内を明かす事も無いし、説明する気もなかった。もう話は終わったとばかりに執務室を出ようと回れ右した。「待て!まだ話は終わっていない!」

「もう何も聞きませんわよ、お父様。私はもう好きにさせていただきます」

「ま、まて!お前は自分の立場をわかっているのか!」

「止められるのものなら、どうぞお止めになってくださいな」

そう言うと、今度こそ振り向かずに部屋を出て行き、止める者はいなかった。


次の朝、アルメリアが目覚めると部屋の外のワゴンに朝食が用意されていた。効果はあったらしい、アルメリアは思わず拳を突き上げていた。

「やりましたわよ、天国のお母様、会ったことも無いけれど」

ワゴンの下にはドレスも用意されていたが、侍女もいないアルメリアには一人では着る事ができないものだった。

「……これでどうしろというのよ。どうもあと一歩足りないわねぇ」

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