第2話「アルメリア、力に目覚める」
アルメリアは身体を起こして自分の身体を確認すると、髪はまだ少々湿っているが身体はもう乾いていた。
服は自分のものではないが、いつも着ているものより多少マシなものが着せ替えられている。使用人の私物か何かだろうか?と思った。
そして、身体の上にかけられていたのはマントだった。それもかなり上質な品質のものだ。正直言ってこの部屋で一番高価なものだろう、浮いているという他無い。
いったい誰が自分なんかにこれをかけてくれたのだろう、後で誰かに頼んで返してもらわなければ。
「いつもみたいに『盗んできた』とか言われないわよね? 私は気絶していたのだし」
ぼんやりと部屋を眺めながら、アルメリアは先程思い出した自分の前世について考えてみた。
アルメリアの前世は忍者だった、いや、彼らは正確には『影の民』と名乗っていた。
彼らが住むのはグランロッシュ国北方の山間にある里で、暗殺・諜報といった事を
その始まりは、今から数百年前に、東方にある
誰に仕えるわけでもなく、依頼とあればどのような者の依頼でも受けるので、諸国の有力者は彼らからの被害を受けないよう、自分から彼らを雇い入れている程だ。
彼らは構成員として育てる為に、親が無かったり売られた少年少女達を里に迎え、厳しく鍛えて一族の数を守っていた。
その中に前世のアルメリア、当時の名はカエデと言う少女と、その妹がいたのだ。
修行は厳しく、里で育った子供たちは多くが一人前になるまでに命を落としていた、カエデの妹、モミジも。
里は実力による厳格な階級社会で、極めて公正にして平等ではあったが過酷だったのだ。そして妹のモミジはその厳しい修行に耐えきれず、自分の1年前に死んでしまった。
当時の私は大いに嘆き、妹の無念を晴らす為にも、より厳しく修行に望んだのだったが、それが災いして自分も命を落とす結果となったのだ、そして今に至る。
「何なのよもう、生まれ変わって見れば、また同じような所だなんて――――。」
アルメリアは自虐的につぶやいてみるが、その矛盾に気づく。
あれ、今の状況、楽勝じゃね? と。
『影の民』の修行は厳しいものであったが、その根底にあるのは「生きなければならない」という事だった。いかなる任務も、生きて生きて生き抜かなければ達成できない。
そして生きるだけならばこの屋敷は生ぬるい程の環境だった。何よりも今の自分には前世の記憶による影の民としての様々な経験・体験、そして戦闘技術がある。
アルメリアは胸の前でそっと手を合わせるように構える。そして精神を集中させると、何かに成功したかのような笑みを見せた。使える、魔法が、いや『
『影の民は』独特の魔力行使法、『魔式』を使用できる。ごくわずかな魔力であっても圧縮・増幅して通常魔法を超える程の力を生み出す事ができる。
普通のグランロッシュ国民であれば魔法事故を防いだり、むやみに魔法が使えないよう、魔法学園に入学するまでは魔力を封印されてしまうが、アルメリアはほとんどギリギリ一般人という事で封印されていない。
今の自分には力がある、一人でも生きていける力が。
身の回りを世話を誰もしてくれない? そんなの自分でやれば良いだけだ。
食事が来ない? 来なければ自分で作れば良い。食材が無ければ自分で狩りに行けば良い。
貴族の血縁者なのに、豪華なドレスや宝飾品に縁が無い? そんなものに何の意味がある。
何よりここは過酷な修行の必要なんて無いし、肉体的な加害を加えてくる者もいない。
「うふ、ふ、は、ははははははははは!」
自然と笑いが出てくる。今までの私は何をウジウジとしていたのだろう、何を怖がっていたのだろう。よし、お腹も空いている事だし外に出よう。父親の侯爵が何か言ってくるかも知れないけれど知ったことではないわ。と、アルメリアはこの館ではもう好きにする事にした。
ついでに、このマントも返してもらっておこう、私の部屋にあってもどうしようもないものだもの。とマントも手に持った。
がちゃりとドアを開け、屋根裏部屋を出てずかずかと屋敷の中を歩いていく。今までのアルメリアはこそこそと身を隠しながらだったので、このような事をしたのは始めてだった。思えばその時に見つからなかったのも、前世の修行のたまものかも知れない、と思った。
すれ違う使用人たちが驚いたような顔をするが、もうアルメリアは何も気にしなかった、もう自分は自由なのだから。
だが、それを見
彼女は日頃の侯爵家や仕事に対する不平不満を、半ば八つ当たりのようにアルメリアにぶつけてくるのが常だった。お世話が全くされていないのも彼女の采配の結果といっていい。
「アルメリア! 何をしているの!お嬢様のお茶会を台無しにしたというのに、丸一日寝ていた上に出歩いて!」
丸一日、というのにはさすがにアルメリアも驚いた、あの時の自分はそれほどに疲労していたのかと。
同時にそれに対する怒りも込み上げてきた。いったい誰のためにこんな目に遭っているというのだ、いや、いたのだ。
アルメリアの中に、先程目覚めた力の影響か眼の前のメイド長に対して反抗心が湧き上がってきた。
今までは萎縮して目を伏せていたが、逆に魔力を乗せて本気の殺意を込めて睨み返す。魔力を持たない一般人では抵抗する事もできないだろう。
「ひぃっ!」
アルメリアの邪眼をまともに見たメイド長は、立つ力も失ってその場にくずおれた。アルメリアの視線から逃れるように後退り、壁まで追い詰められる。
それを逃さないかのように、アルメリアは興味深そうな物を見るような目でその前にしゃがみこんでメイド長と視線を合わせる。
メイド長はその視線から逃れようと目を背けるが、アルメリアはその顎を掴んで強引に自分の方に向けた。
「ねぇ、私、お腹が空いたのよ。どうして私の所には食べ物が来ないのかしら?」
その声はメイド長にとって死刑執行を告げるかのように聞こえただろう、ガタガタと歯の根も合わないほどに震えていた。
「おなか空いたなぁ……。私、もう丸二日、何も食べてないのよ。どうしてなの? お父様は私を餓死させろとでも命じているの? ――――もしかしてあなた、私を殺そうとしてるの?」
アルメリアは、今まで使ったことも無い『お父様』という言葉をあえて使った、自分は娘と認められていないかも知れないが、本来はお前たちに呼び捨てにされるような立場でもないのだぞ、という思いを込めて。
メイド長の方は答えるどころか、それは私の責任ではない、私はそんな事を命じられてはいないし、餓死させようとも思ってなどいないとばかりに首を振ろうとするが、アルメリアにがっちりと顎を掴まれているのでそれもできない。
それどころか、アルメリアはメイド長の顎をひっぱり、強引に頷かせた。ただの戯れだったのだが、メイド長は何を勘違いしたのか更にガタガタと震えだす。
「あらあらそんなに震えて、でももういいわ、食事の用意なんてしてくれなくてもいいの。あなたを食べちゃおうかしら? お腹がすいて仕方がないのよねぇ」
にこり、とアルメリアは嗤う。だが皮膚が三日月のように裂けたとしか思えないその笑いは、相手に対して親愛を表すものどころか、邪眼も含めて、捕食しようとする肉食動物の威嚇にしか見えなかった。
がぱぁ、とアルメリアは口を開く、これまた戯れだったのだが、メイド長は本当に食べられる、と思い、ついには白目をむいて気絶してしまった。
「あら、冗談だったのに、もういいわ。飽きちゃった」
アルメリアは気絶しているメイド長から手を離して立ち上がり、次はお前だ、とばかりに隣に立ち尽くしているメイドに目を向けた。
当然、そのメイドは悲鳴を挙げて立ちすくむが、アルメリアは左手に持っていたマントをぽんと投げてよこし、
「そのマント、誰のか知らないけれど、返しておいて」
と、告げて廊下を歩み去る。
さて、まずは食事ね、何を食べようかしら。
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