No.5 充分だって言ってんの

リーナ・アイリーン22歳。職業、魔法学園リオハイムの教師。私はひどく落ち込んでいた。


魔法学生の当時、私は秀才として有名だった。「マジックコンペティ」の個人種目「デュエル」では1000位内に入っていた。全然凄くない?数十万といる魔法学生の中で1000位内よ?めちゃくちゃ凄いでしょ。


団体でもエースとしてチームを牽引し学園総合で20位になったこともある。私は自他共に認める秀才のまま卒業し、将来は教師になり後進を育てゆくゆくは賢者になりたい、なると思っていた。


晴れて試験を合格し魔法教師になった1年目。


赴任先の学園名を見て絶望する。魔法学園リオハイム。「マジックコンペティ」で逆V3を達成し名実共に最低最弱の称号をほしいままにした魔法学園への赴任が決まった。


私はゴネた。人生で1番ゴネた。この為に色仕掛けでもして散々守りに守ってきたこの貞操を捧げようとも思ったが理由を聞いて納得した。


「普通の魔法使いが指導してもこの学園の生徒達はいかんせん伸びない。なので一際優秀である君に任せたい。君ならこの学園を生徒達を立派な魔法使いに出来るはずだ。」


そうならそうとさっさと言いなさいよ。しょうがない学園だ、全く。教師としての仕事ってのはこういう生徒を一人前にしてこそよね。うむうむやる気が出てきたぞ。最低最弱の魔法学園?かかってこい!


一年経った春。教師という仕事は作業になった。

話を聞いていない、出席しない、そもそも基礎が出来ていないからびっくりするくらい低いレベルの授業から入らなければいけない。しかし話を聞いていない。


なるほど、もうこれは最低最弱でいいや。

さっさと授業、というかもはや朗読をして帰る日々。



同僚の教師も死んだ顔をしている。1人熱心に残業をして頑張っている同期がいたがもはや哀れに見えた。


新しい赴任先が決まるまでのらりくらりとやっていこう。そうしよう。


二年経った。まだ赴任先は決まらない。


三年経った。まだ赴任先は決まらない。ここにきてようやく理解した。押し付けられた、と

誰もやりたがらないリオハイムの教師を、優秀で向上心がありやる気のある私はそれを利用されたのだと。


「見切り、早くないですか」


退勤しようと教員室を出ようとした時、突然誰かに話しかけられる。


…なんだこの真面目そうな男は。

あぁ思い出した。ファン・ダンテ。みんなから「残業くん」とか言われてたから本名を思い出すのに時間が掛かった。


「なんの話?」


「生徒達が話を聞いてないと思って、ダラダラと文字を読むだけの授業をしてるでしょう」


「一年真面目に授業してたわよ、実技も筆記も基礎も全部。その結果がアレじゃあね」


「二年やったら変わってたかもしれない」


しゃくにさわる。なんだこの男は。

三年やってなにも変わっていないやつに

「二年やってたら」とか言われたくない。


「はぁ」


「な、なんですかそのため息は」


「仕事はしてる、給料は出てる、美味しいものは食べられる、最近お酒が美味しさが分かってきた。私の生活は充分。それだけじゃダメ?」


「仕事が上手くいってない」


イライラしてきた。絵に描いたようなカタブツだな。

私は彼にぐっと近づく。胸を押し当てる。


「お前さ、仕事ばっかしてストレス溜めすぎ。頭柔らかくしてかなきゃダメになるよ?」


顔が赤くなっているがムッとした表情は変わらない。面白味のない男だ。ただチラチラと胸に視線が動いている。


「…揉んでみる?」


「揉みません!!!!!!!!」


彼はバッと勢いよく離れ、顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。今のはちょっと面白かったな。


そして教師四年目、夏の終わり。衝撃的な報せが教師陣に届く。賢者の称号持った魔法使いがこのリオハイムに教師として来るという。そして「それ」を連れてきたのはあのカタブツ、

ダンテである。


「う、うっそぉ」


「本当ですよ」


「どうやって…え、なにあんた、ケツでも差し出した??」

「ふつーに話あっただけです!!!」


こいつ、感情が昂ると返事の異様にレスポンスが早い。それはどうでもいいとして本当に賢者が?コージロー・ムラサキ?あまり、というかほとんど聞いた事のない名前だ。


「これで少しは良い成果が出ると良いんですけどね」


「そんなすぐには出ないと思うけどねぇ」


気だるげにそう返す。


「すぐに出るとは思ってません、でも自分とコージローさんのクラスなら間違いなく」

「あ、ダンテ、お前クラスA担当だって」


「…はい?」


「クラスDの副担任わ・た・し。良かったじゃん、真面目に授業してきたのが評価されたんでしょ?」


「でもっリーナさんがクラスDに」


「もっと授業が楽になるって事っしょ?ラッキ〜て感じ」

「あ、そうですか」


賢者コージロー・ムラサキか、どんな奴だろ。



────



「おうお前が胸のデカいアホか」


クラスDの扉の前で、格好も頭も非常識な男に会う。まさかコレがコージロー・ムラサキ????


なんだコイツは。


リーゼントにサングラス、真っ白な白衣とネクタイを締めていないワイシャツに和柄のジーンズ。賢者と偽って死ぬほど上手く学園に潜り込んだ反社会派魔法使いか?


「アホってなんですか?コージローせんせ?」


笑顔で問う。初対面だぞこの野郎、ましてや賢者だろお前。あと胸がでかいとかこのご時世に面と向かって言うな。


「ダンテから色々と、聞かされたんでな」


「…どんな事をですか?」


「猫被んなくていいぜリーナ・アイリーン。俺ぁ素で行く、お前も遠慮なく言いてぇ事言ってくれや」


では遠慮なく。


「次セクハラしたら顔面吹き飛ばすぞ♡さっさと入って挨拶しろボケ♡」


笑顔で言う。


「おう」


笑顔で言う。


余裕綽々な感じが鼻につく。それにしても本当に賢者か分からない。なのでストレス発散と確認の為少しイタズラをしようと思う。


コージローは扉を開けようとしている。

ここは後頭部を狙おう。


魔力混成。

発散。


微弱の──


爆発エクス


素早くコージローの後頭部に指を向けた。

向けた。間違いなく。指を向けた。


気が付いたら私は魔力を練る前の位置と姿勢に戻っていた。

ものすごい違和感だ。魔法を使った感覚はある。しかし私だけ時間が戻ったかのように顔は笑顔で手は下を向いていた。


「やる事が幼稚だな」


「…私になにしました?」


「秘密さ」


男はニヤリと笑う。仮にも秀才だった私が何をしたか全く分からなかった、こんな経験は初めてだ。

一応魔法使いとしては認めてやろう。


「頑張ってついてこいよ、副担任」


『賢者』コージロー・ムラサキ、クラスDにどんな授業をするのか、少し、ほんの少しワクワクする。

私も魔法学生に戻った気分だった。


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