第2話 祠ノ怪異(後編)
それは総士達が不可解な現象に苛まれた後から
数日経った日に遡る。
Y神社へ訪れる人が増えて来た事で不可解な現象が起こり始めた事から詩乃はとある人物と共に現地調査へ向かう事になった。Y神社から星蘭市はそう遠くない距離であり、2人はタクシーを使って訪れると境内までの階段を上がって鳥居を抜けて周囲を見回していた。
「うっわぁ…凄い荒れてるじゃない。こりゃ
変な事も起きる訳だ。」
「円香姉さんの話だと調査を依頼して来たのはこの辺りに住んでいる人。その話によれば前は普通の神社だったらしいよ。」
「ふぅん…。」
詩乃の直ぐ近くに居るのは今回、付いて来たそのとある人物。黒いファスナー付きの長袖服を着た黒髪の女性で履いているのは膝より少し上の長さを持つ黒のスカート。足元は黒い靴下にスニーカーを履いていた。
彼女の名前は
幼少期に鈴村家に引き取られてから円香、詩乃と共に一つ屋根の下で暮らして来た。
しかしとある事情により義妹である詩乃と敵対してしまった過去を持っている。
今は再び3人で共に暮らしていて、家賃の折半を条件に同居しているのだ。
「それで、この壊れて無惨な姿になっているのが話にあった例の祠だよ。」
詩乃が指差した場所へ黄泉が近寄って行く。
彼女はその場にしゃがむと木片を拾って見ていた。
「この祠自体も元々古かったから単なる老朽化で壊れた……訳じゃなさそうね。」
「中にあった宝玉が行方不明なのと祠を壊した事で霊障が相次いで多発している…。此処に来た人が帰りに怪我したり、謎の事故を起こしたり…その他色々。だから──わぶぅうッ!?」
詩乃が説明していた時、突然怒鳴る様な大声に振り返ると共に何かを浴びせ掛けられた。それは水道水でまだこの時期に掛けられるにしては寒過ぎる。彼女が身に付けていた紺色のマフラーも着ていた薄茶色のコートも全て濡れてしまい、色が変わってしまった。
「この罰当たりめ!!お前さんらがこの祠を壊したのか!?全く、近頃の若いモンはモノを壊したら直ぐに謝れんのか!!」
水を掛けたのは作業服を着た60代〜70代の白髪をオールバックにした男性、鼻の下には白い髭を蓄えていて声は低めな上に見た目も何処か厳つい。
「ちょっと詩乃…大丈夫!?いきなり何すんのよ、愛する妹が風邪引いたらどうしてくれる訳!?」
黄泉がズブ濡れの詩乃を庇いながら男性へ詰め寄るとお互いに睨み合っていた。すると詩乃が彼を見て口を開く。
「ま、待った!私達は此処で依頼主と待ち合わせしてる…名前は大塚って人……へっくしッ!!」
「大塚ぁ?ワシがそうだが?名前は大塚辰巳…つまり鈴村っていうのは──」
「……私達です。姉の鈴村円香が来られないので代理に来たんです…ッ。」
誤解が解けた事から詩乃達は彼に連れられて神社から少し離れた場所にある彼の家に招かれ、一方の詩乃はコートとマフラー類を脱いでから冷えた身体を浴槽で温めてから話を聞く事になった。乾いた服に着替えて戻って来るとテーブルを挟む形で黄泉の右に並んで座る。
彼女の格好は白い長袖の服に太股の中程の長さをした紺色の半ズボンだった。
「先程はすまんかった…あの神社はこの辺りに住む者からすれば貴重な神様そのもの、だから若者達が面白半分で肝試しに来る事をそもそも望んでおらんのだ。」
「気持ちはお察しします…早速で悪いのですが、あの祠の中には何が?」
「何でも、昔この辺りで悪さをしていた化け物を封じ込めた宝玉が入っているらしい…だが
それ以外の事は何も解らんのだ。ワシがあの神社を管理しているのは町内会で決まった事だからのう。」
黄泉が茶碗のお茶を1口飲んでから話し掛けて来る。
「じゃあ…元の神主さんもいらっしゃらないのですか?」
「元は
「神隠し……。」
黄泉が言葉を復唱する様に呟くと辰巳も頷いていた。それから詩乃は正式にこの件を引き受ける事とし、祠が壊された原因も探ると約束する事に。これが総士と会う少し前の話である。
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話は詩乃が総士の友人である啓介に殺されそうになった後に遡る。彼女は階段を降りて2人の元へ戻って来ると朱里が心配そうに彼女を見つめていた。
「大丈夫?髪とかボサボサだけど。」
「大丈夫な訳ないだろ、何せ殺されかけたんだから。あの目はどう見ても正気じゃなかった…。」
ため息をついてから両手で軽く髪を整え、
詩乃が総士の方へ振り返る。
「…改めて聞くけど本当に祟られる様な心当たりは無いんだね?」
「え?勿論っス、だって急にあの神社に行って肝試ししてたら──」
「でも、本当は何か有ったんじゃないのか?例えば…祠が何かの弾みで壊れてしまったとか。」
「ッ…!?」
詩乃は上着の右ポケットから棒が付いた丸い
キャンディを右手に取り出してそれをクルクル回し始めた。
「実は私がY神社を訪れたのは祠が壊されたって報告を聞いた少し後なんだ。そして杉本君達が祟られたのはつい最近…つまり私が来るまでは祠がそのまま残っていたという事になる。
それに──」
続いて左ポケットから取り出したのはビー玉と近い大きさをした小さな玉。それを見せると総士の顔色が更に変わった様な気がした。
「この宝玉を啓介君が持っていた。話を整理すると、キミ達の誰かが祠を壊し、中の宝玉を持ち出した事で祟られ、その祟りがキミ達に蔓延…けれどキミは偶然私達と出会い、この件を依頼した。祠は自然崩壊した訳じゃなくて故意に崩壊した……というのが私の見立てなんだけど、どうかな?」
「うッ…で、でも…俺は悪くない…悪いのは!!」
「いや…悪いのはキミ達だ。壊したのなら素直に名乗り出るべきなのにそれを放置し、その上中の宝玉を勝手に持ち出した。そのお陰であの辺に住んでいる人々の話によれば原因不明の体調不良や得体の知れないモノを夜な夜な見たとか様々な現象が起きている。幸いなのは死人が出ていない事だろうね。」
淡々と詩乃が話し、総士を問い詰めると彼は唇を噛み締めたまま俯いていた。そして彼女は総士を見ながら話を続ける。
「…認めないのなら、この件は此処で終わりだ。これ以上私は踏み込む気はないよ。帰ろう朱里。」
「ちょっとッ…待って!良いの、勝手に断っちゃって!!」
詩乃がスタスタと歩き出すと朱里がその後を追い掛けて行く。
「考えてみなよ、今回の件はどう見ても向こうの落ち度だろう?それに事件の全貌を隠したまま依頼されてる…寧ろ騙されたのはこっちだよ。ああいうのは1回痛い目見ないと反省しないタイプだ!」
「そうだけど…彼、死んじゃうかもしれないのにそれでも良いの?」
朱里が振り返るとその場に立ち尽くしたままの総士が1人だけ取り残されている。その前で詩乃が歩きながら先程取り出した飴の包みを開いた時に総士が漸く口を開いた。
「俺の…!俺の仲間の1人が…祠を……壊しました…。止めようと思ったけど…間に合わなくて…でも、あの時ちゃんと俺が止めていれば…こんな事にはならなかったって…だからお願いします…何でもするから…俺達を助けて下さいッ!!」
左右の拳を握り締めながら話すと詩乃が振り返り、彼へ向けて呟いた。
「…その言葉に今度こそ嘘は無いな?」
「勿論…本気です…!」
それから詩乃は彼へ「今日の夜8時にまたY神社へ来る様に」とだけ言い残すと朱里と共に歩き去って行った。
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待ち合わせ時刻の夜8時、Y神社の入口へ1人で訪れた総士はそこで詩乃と朱里の2人と再び合流した。
「やぁ、ちゃんと来たね。集合時間もピッタリだ。」
「そりゃ来ますよ…。」
「今晩で決着を付けようと思う…長引かせるのは得策じゃないと思ってね。助っ人も呼んでる、その人は後から来るから私達だけで先に準備しよう。」
「準備?…何をどうするんです?」
すると詩乃が右肩に担いでいたショルダーバッグから取り出したのは長方形の何かの文字が書かれた幾つかの白い紙、それを右手に持ってヒラヒラと揺らしていた。
「コレを神社の入口と鳥居、それから周囲に貼るんだけど…その前にキミにはコレを貼ろうか。」
「へ?ちょッ、何してんスか!?」
詩乃が彼の背中へ貼り付けたのは赤い紙で作られたもう1枚の札。意味を知っている朱里は何処か申し訳なさそうな顔をしていた。
「えっと…その御札は怪異や悪霊達を呼び寄せる効果が有るの。つまり杉本君に全部惹き付けて貰う事になる……。」
「うぇええッ!?マジすか!?」
驚いている総士を他所に詩乃は準備へと取り掛かった。
「そういう事。何でもすると言ったのはキミだろう杉本君。だから役に立って貰おうと思ってね…他の友達にはそんな真似出来ないだろうし?」
「うッ…確かにそうですけど……!」
「男に二言は無い位の精神で頼むよ?あー、そこの位置じゃなくてもう少し右で。間隔は成る可く均等に!」
約15分掛けて3人掛かりで札を周辺に貼り終えてから石造りの階段を上がって鳥居の前へ、そして残る2枚を貼ってから境内へ訪れた。
詩乃はそっと総士の背後へ回ると小声で何かを唱えて札へ触れると少し経った後にその場の空気が突然張り詰めると同時に悪寒が走り始める。
総士があの時感じた空気と似た物を肌に感じていると黒い着物の女が姿を現した。
「あら…何かと思って来てみれば、この間の子じゃない。他の子は…居ないわね。代わりに女の子2人も連れて何をする気かしら?もしかして生贄とか?クスッ、随分と往生際の悪い……。」
「べ、別にそういう訳じゃ──!」
総士が何かを言い掛けた時に詩乃が彼の前へ出て足を止めては目の前の女性へ話し掛けた。
「…見た所、お前はその辺の悪霊じゃないな。何処の誰だ?」
「そういうお前こそ何者だ。随分と弱っちく見えるが…?あぁ、そうか……大方、そこら辺の巫女でも連れて来たのか。だが妾はそう簡単に祓えんぞ…何故ならッ──!!」
彼女が合図すると周囲に白い霧が立ち込め、
同時に黒い影の様なモノが神社と3人を囲み始める。そのどれもが甲冑を着たり等していて人間の成れの果てとも取れる様なおぞましい見た目をしていた。
「ひぃいいッ!?な、何なんスかあれ!?」
「恐らく祠に閉じ込められていた者達…それも全員が奴の配下だろうね。杉本君は私が合図したら彼等を連れて作戦通りに走るんだ。朱里にも並走して貰うけど助っ人が来たらその人と入れ替わって。大丈夫、この場に居る誰1人死なせやしない。」
「鈴村さんは!?」
「私の事は気にしなくていい…自分の身は自分で守れるからね。ヤバくなったらさっき渡した人型の紙を投げろ、枚数は渡した分だけだから慎重に。」
詩乃が総士の方を見て話していると目の前の
女性はそれを見て嘲笑っていた。
「人間風情が…この黒巫女に勝てるとでも?」
「あぁ、勝てるとも。」
「減らず口を…行けッ、あの小娘から先に殺してしまえ!!」
すると付近に居た1人の骸骨武者が刀を抜刀し詩乃の方へ向けて斬り掛かる。同時に詩乃は総士の左肩を右手でトンッと押してその場から退けると彼女は呟いた。
「──
それと同時に現れたのは拳銃でM92Fベレッタと似たそれを右手に握り締めてから照準を合わせ、引き金を引いた。破裂音と共に離れた弾丸が相手の眉間を射抜き、立て続けに3発撃ち込むと相手は背中から倒れてバラバラに砕け散ってしまった。
「言ったろ…自分で何とかするってさ!!」
そしてそれを皮切りに無数の悪霊達が詩乃へ襲い掛かって来る。彼女は総士へ「走れ!!」と
指示を出すと朱里と共に駆け出す。
その何割かが彼等へ向かい、詩乃の方へ向かって来た悪霊達の攻撃を躱し続けると彼女は彼等へ次々と弾丸を撃ち込んでいった。
「ええい!何をしておる、相手はたかが小娘1人だぞ!?」
「残念ッ、その小娘はお前達の天敵なんだよッ!!」
背後からの不意打ちに対し、彼女は何かを呼び出してそれを防せがせる。紅白の巫女装束に身を包んだ黄金色の長髪と瞳と獣の様な耳と尾を持つ詩乃よりも一回りか背丈の大きな女性でそれが左手を思い切り振り払うと身体がバラバラに切り裂かれた。
「…全く、手荒い真似をさせるな我が主人は。」
「悪かったよ…神楽。後で油揚げ奢るからその辺を一掃してくれッ!!」
「──心得た。」
詩乃は背中合わせにそう伝え、駆け出すと黒巫女と名乗った女性と臨戦態勢へ。そしてその最中にスカートのポケットに入れていた携帯が1回鳴ると何かを察してニヤリと笑った。
対する黒巫女は鉄扇を取り出し、弾丸を弾き飛ばして詩乃から距離を取る。また自身の配下達は次々と神楽へ立ち向かって行った。
「ちぃいッ、何者なのだ貴様は!先程から妙な小細工ばかりしおって!!」
「私か?私は──ッ!!」
弾切れを起こしたのか、素早くその場でマガジンを取り替えて再度装填。そして銃口を向けた。
「現代版陰陽師、祓い師の鈴村詩乃さ。」
そして彼女は夜風に茶色の髪を靡かせながら得意気にニィッと笑った。
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その頃、朱里と共に駆けていた総士は必死に追いつかれまいと夜の森の中を走っていた。
後ろからは足音と連中の叫び声が迫る。
「くっそぉッ、何なんだよ!?何処まで走れば!!」
「はぁッ、はぁッ…後半分だから頑張って!!」
「無茶苦茶っスよ、こんなのぉおッ!!」
後ろからは矢が飛んで来てそれが真横を風を切って掠め、足を止れば死ぬという地獄にも近い状況下の中で途中で自ずと彼が振り返った時、バランスを崩して総士は前のめりに転倒してしまう。朱里が立ち止まって声を掛けた。
「杉本君ッ!?」
「いってぇッ!?く、くそぉッ……!!」
振り返ると直ぐ近くにまで迫っていた武者が彼へ向けて槍を思い切り刺突して来るとそれが彼の胸元へ目掛けて一直線に差し迫っていた。
逃げようにも腰が抜けて動く事がままならない。
「うわぁああッ──!?」
思わず叫ぶと何処からか「目を覆って!!」と女性の声が響くと言われた通りにし、左腕で顔を隠すとその直後に凄まじい光が発せられる。
目の前の悪霊達の何体かが悲鳴と共に消え去った。
「…助っ人、黄泉さん参上。生きてる?」
総士が顔を上げるとそこに居たのはあの日見たコンビニの店員。確か名前は黄泉だったのを思い出していた。当の本人は黒いフード付きの長袖のパーカーと同色のスカートをそれぞれ身に付け、足元は黒い靴下とブーツを履いている。腰まで伸びた艶の有る黒い髪は後ろで赤いヘアゴムによりポニーテールに結ばれていた。
「こ、コンビニのお姉さん!?何で此処に…。」
「詳しい話は後!朱里ちゃん、彼をお願いね。」
黄泉は朱里へそう促すと彼女が頷く。そして2人は奥へと駆けて行った。それでも悪霊達は彼等を追い掛けようとするのだが行く手を阻む形で黄泉が立ち塞がる。
「さぁて…可愛い妹のお手伝いと行きますか。」
左手に持っていた刀袋から取り出したのは黒鞘の刀で両足を開き、身体を僅かに左へ捻った姿勢から鞘を握り締めてから左手の親指で鍔を押し上げた後に右手で柄を握り締めて抜刀すると
銀色の刃がギラリと月明かりに照らされて輝いていた。
「術は禁じられてるからそもそも使えないし
些か不利かもしれない。ま、私の場合は刀さえ有ればどうとでもなるけど…ね。さぁ、覚悟ッ──!!」
自分から仕掛け、迎え撃とうと骸骨武者が襲い来るも刀を振り上げて右袈裟斬りに一閃し斬り倒すと直後に飛んで来た矢を刃で次々と弾き落とす。飛び掛って来た1人を足蹴にし上空へ飛び上がると矢を放っていた後方の武者の頭上から刃を振り下ろして真っ向斬りの形から股下へ駆けて一直線に斬り裂いて着地した。
即座に体勢を立て直すと今度は左から横一閃に刃が走って胴体を斬られて真っ二つにされ、悲鳴を上げずに付近に居た2人目が倒れる。
槍を用いて放たれた刺突に対し、身体を捻って連続して躱すと今度は右足を振り上げて頭部へ強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「悪く思わないで頂戴?私は貴方達の敵なのだからッ!!」
残る悪霊達を殲滅すべく黄泉は駆けて行った。
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一方の詩乃は黒巫女と渡り合っていた。
銃声が響き渡り、反撃で繰り出された鉄扇による一撃を躱した直後に詩乃が左手に持つ形代を投擲するとそれ等が白い光の矢の如く突き抜けて黒巫女の身体を撃ち抜く。血液こそ噴き出ないが確実にダメージは与えられていた。
ふらつきながらも黒巫女は歯を食い縛りながら鬼の様な形相で詩乃を睨む。
「うぐぁああッ!?お、おのれッ…おのれぇえッ……!!」
「さぁて、そろそろ終わりにしようか。神楽!!」
詩乃が叫ぶと凄まじい風が巻き起こり、残る悪霊を薙ぎ払った後に彼女の左側へ神楽が立つ。そして右手の銃を消すと次にその手に握られたのは赤い刀身を持つ刀。
刃の長さは約70cm、その刃先を相手へ向けた。
「退魔刀紅桜…お前の力、見せてもらうぞ!!」
詩乃が駆け出すと同時に神楽も駆け、その最中に彼女の姿が刃へ吸い込まれる様にして消える。そして間合いが詰まると同時に左手も柄へ添えて握り締め、振り上げると黒巫女が防御の為に差し向けた鉄扇ごと袈裟斬りに一閃し斬り裂いたのだ。
「うぐぁあああぁッ!?は…ッ、祓い師風情がぁああッ!!」
「──怪異封絶ッ!!」
そう叫んだ詩乃は咄嗟に左手へ宝玉を持ち、その中へ黒巫女を封じ込めると全てが終わった段階で一息ついた。同時に神楽も刀身から分離し詩乃の傍に居る。
「ふぅ……これで一件落着っと。」
「報酬の油揚げは6枚入りで頼むぞ?きざみ揚げでは無い方でな。」
「解ってる…このご時世、物価高なんだから少しは遠慮して欲しいね。」
詩乃が「お疲れさん」と呟くと神楽が頷いて消え、宝玉を手に総士達の元を訪れる。
そこには助っ人として呼んだ黄泉の姿もあった。その左手には刀をしまっている紫色の刀袋が握られていた。
「詩乃、そっちは終わった?」
「うん、大丈夫。バイトが有るって言ってたからてっきり来られないと思ってたけど…。」
「無理言ってシフト代わってもらったから平気よ。それより…杉本君だっけ?彼にちゃんと話した?私達の事。」
黄泉がそう話すと詩乃は首を横へ振った。
それに対し彼女は総士の方へ向くと詩乃の手を引いて共に立つと自己紹介を始める。
「そんな事だろうと思った…じゃあ改めて。私の名前は鈴村黄泉、それでこっちが妹の詩乃。血が繋がってないけどお互い姉妹みたいなものだから今後とも宜しく!」
「い、妹ぉッ!?マジかよ…。」
総士が2人を見比べるのも無理はない。
何せお互い1ミリも似ていないのだから。
呆然としている総士を見つつ、黄泉に続いて
詩乃も口を開いた。
「まぁ…黄泉は義理のお姉さんって所かな。そして私と黄泉は祓い師…で、朱里は私のサポート兼相談窓口役を担ってる。朱里も戦える様に私が様々な事を教えてるから強いぞ?」
「その…ハライシ?ってのは何スか?」
「簡単に言えば祓い師というのは今回の様な事柄の様に一般人や警察組織で対象不可能な事案を受け持つ専門の役柄。まぁ、早い話が怪異や悪霊の引き起こす事件から人々を守る事だね。」
「じゃあ…あの俺に貼った御札やこの辺に貼った奴も全部……。」
「祓い師が扱う道具。キミに渡したあの人型の紙、形代も同じ。結界の札は目的が果たされると自然消滅するから問題無し、さぁそろそろ
帰ろう?募る話は帰る時にでもすれば良い。」
詩乃がそう促すと黄泉と共に歩き出す。
朱里と総士もそれに続いて歩いて行くと夜の静まり返ったY神社を後にした。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
それから約1週間後。
掛けられた祟りは全て消滅したらしく、全員が体調不良から復帰し神社の有る周囲で発生していた謎の異変も解決した。
祠の修理が行われ、総士達は神社の管理者である辰巳へ謝罪し修復の手伝いをする事になったのはまた別の話。心霊スポットと化していたY神社だったが今では外部の若者が訪れる事は殆ど無くなっていった。
そして更に数日後。北見高等学校での入学式が行われ、総士は正式に入学する事になった。
まだ真新しい制服に身を包んで望んだ入学式は彼にとって生きて迎えられたという事実だけが何よりも嬉しい限り。入学式が終わった後、彼は1人で学校の近くに有る公園へ訪れてはそこのベンチに腰掛けていた。
「はぁあ……色々有ったけど何とかなったな。啓介達も無事に入学式を迎えられたって話してたし。てか、あの人…鈴村詩乃さんだっけ?結構変わってたな……それにあの美人なコンビニの店員がまさか詩乃さんの義理の姉だったとは。確か名前は黄泉さん…今度会ったら連絡先を──」
「…人の姉にチョッカイでも出す気かい?心霊スポット巡りの次はナンパとは…全く、懲りない奴だなキミも。」
聞き覚えのある声に振り返ると公園の入口に詩乃が立っていた。それも見覚えのある制服を着ていて、どう見てもそれは北見高等学校の女子制服だった。
「し、詩乃さんッ!?その格好まさか…。」
「…?私もあの学校の生徒、それもキミ達下級生が入ったから私は2年生。そんなに不思議がる事はないだろう?」
あの時は解らなかったが確かに履いていたスカートも制服の物と酷似している。
「じゃあつまり……。」
「キミは私と共に青春を謳歌する事になるね。次いでにその変に曲がった性根を叩き直してあげよう。私の助手、2号としてね。」
「2号!?冗談じゃないっスよ、だって俺はまだ何も──」
反論し掛けた時に詩乃がそれを遮る。
「そもそも何でもするって言ったのはキミの方だろう?」
「アレはこの間だけの話じゃないっスか!?」
「変に野放しにするとまた何かトラブルを引き起こすかもしれない…だから私の傍に置いて置く事にしたのさ。」
「うへぇ…俺の、俺の青春がぁ……。」
「それと私の事は鈴村先輩と呼んで欲しい。男の子から下の名前で呼ばれるのは不慣れでね…何か変な気分になるから嫌なんだ。」
近寄って来た詩乃は制服の胸ポケットから紫色の包みに入った棒付きキャンディーを右手の指先に持って目の前の総士へ差し出すと更に話を続けた。
「私とこうして知り合ったのも何かの縁だ。出会いというのは一期一会…だからこそ、そこには何かしらの意味が必ず有る。」
「は、はぁ……?」
詩乃を見ながら総士が首を傾げていると彼女は再び口を開いて話し出した。
「──そしてようこそ、普段の現実とは異なった非日常の世界へ。」
彼女の持つ両方の赤い瞳は真っ直ぐ総士の事を見つめたかと思うと僅かだが微笑んだ。
こうして彼は祓い師の少女、鈴村詩乃と予期せぬ再会を果たす事となった。
この先、待ち受けているモノは果たして何なのか…彼にはまだそれを知る術はない。
ー そしてそれは新たな物語が此処に始まりを告げた瞬間でもあった。ー
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