メスガキわからせてくれ

 銃を撃つと頭蓋骨が砕け散って脳漿が炸裂する。

 チンピラを一匹潰してそのまま海沿いの格納庫の中に這入る。

 マシンガンをぶちかますと、殺虫剤をぶちかまされた羽虫のようにやくざが死んでいく、実に滑稽なさまだ。

 連中は各々に銃を撃ちまくるがおれには当たらない。

 すでに照明は落としてあった。連中は暗闇の中で同士討ちを始める。

 闇の中に血しぶきが腸とともに飛び散っている。肉や骨がまぶされている。

 おれは夜目が聞いた。そして腕がよかった。

 騒ぎの中で羽虫を一匹一匹潰していく。

 一匹が日本刀を振り回していた。冷静に間合いを詰めて弾丸を打ち込む。

 馬鹿な奴だと嘲笑する。思うに銃こそが最上の武器だ。人殺しにおいてこれほど効率がいいものはない。弾丸が一発でも体のどこかに当たればそれが致命傷なのだ。

 撃たれて生きていられる奴なんてのはそれこそお花畑の中の産物でしかない。

 弾丸が撃ち込まれたら人間は必ず死ぬ。おれは殺し屋なので必ず殺す。

 上からは鏖殺しろと言われているので面倒なことは考えなくていい。

 ベルトコンベアーの作業に近い。

 一通りやくざを殺すと壁際でつながれている連中に目が着く。

 人身売買されていた連中だ。

 つながれているので的にしやすい。目を瞑っていても当たる。

 全員を殺せと言われたのだ。例外はない確実に一発一発当てていく、

 悲鳴がうるさい。銃声で打ち消す。

 引き金を引くたびに薬莢が爆ぜて明かりが灯る。

 金属を割くような顔をしたガキどもの顔が写る。やかましいのでテンポを上げる。

 ばんばんばんばんばん

 最後の一人になった。どこにでもいるようなメスガキだった。

 頬が引きつっていた。引き金を引く、だが弾丸は当たらなかった。

「が、ぎ、ぎっ、グォォォォォォ!」

 眼球に激痛が走っていた。眼窩にはんだごてを突っ込まれたように熱い。

 目を抑えてうずくまる。何も見えない、痛い痛い痛い暑い痛いイイタイイタイイタイイイアチアイタイイアチアタイアチアチタイイタイイアチイッタイイイアッタタッタアアアアイイイアタイアタイア!

 拳銃をしまう。

 だめだ、なんだこれは、痛い痛い。

 目が、目が!

 くクソッ。、やむを得ない。

「お、オイッガキ、たすかりたいか! タスカリタイダロ!」

 ろれつが回らなくなりだした。これは本気のマジでまずいとわかる。

 手を伸ばす。赤い闇の中で必死にてめえの手を振り回す。掴んだ、丸っこいあのメスガキの頭だった。

 銃を抜き出し、ガキの後ろを撃ちまくる。くそ、なんだって当たらない! 見えない銃が当たるわけない。無茶苦茶に撃つ、鎖が爆ぜる音がようやく聞こえた。

「よし! よし! オイガキ!」

 びくりと手の中で震えるのを感じた。押さえつけてそれを封殺する。

「このまま医者の所に行く、肩を貸せ! たどり着けたら命だけは助けてやる!」

 頷いたように頭が揺れた。

「よし」

 おれはガキに道を教えた。


「病気だね」

 目医者はおれの眼球を確認するなり答えた。

「気づかなかったのかい? いつか必ず失明するよ」

「いつかっていつだ」

「さあ、見えたり見えなくなったりを繰り返しながら、いつの間にか全く見えなくなるから」

「あっさり言うな」

「インフォームドコンセントってやつだな」

 舌打ちをして金を叩きつける。薬を受け取る。

 診察室にはガキを連れてきていた。

 回復した視界でガキを見る。どこにでもいるような小汚い女のガキだった。

「おい」

 ガキはおれを見た。何も見てない目だった。逆らう気力なんてない、おれに隷属するであろう目だ。

「こい、おれの目になれ」

 おれは仕事を続けたかった。食うためには金が必要で金のために殺しはやめたくなかった。


 おれはZ会という非合法組織の専属殺し屋だった。

 先の件は大きな仕事で前金も報酬も多く出ている。

 仕事終了の話を通すとおれは汚いガキをシャワールームにつっこんだ。

 シャワーが流れる。垢ががんがんと流れた。

 汚れを落としたガキに服を着せる。

 箪笥の肥やしになっていたシャツをぶん投げて着せる。

「食え」

 カップ麺を作って渡す。ガキは箸を握るように持ち、一気に犬食いを始めた。

 綺麗にしたはずの体にスープが跳ねた。

「寝ろ」

 食い終えると使わない部屋にガキを突っ込んだ。

 おれは寝た。


 車に乗る。助手席にはガキをつけた。

 依頼で殺す相手はどこぞの社長のバカ息子だった。

 ターゲットが家から出てくるのを待つ――出てきた。

「構えろ」

 ライフルを構えさせる。

 一人増えると設置手順が曲がりなりにも減って楽になる。

 大丈夫だ。まだ目が見えている。問題はない。

 引き金に指をかける。

「よく見ておけ」

 引いた。

 弾丸が御曹司の上半身を吹っ飛ばす。

 仕事は終わった。

 車を走らせた。ガキをみると今にも吐きそうな面構えをしていた。

「吐いたら殺す」

 吐きやがった。


 帰宅してから、飯を食おうとしたが真横で盛大に吐かれたせいか食欲がわかない。

 おれはプロテインだけ飲んだ。

「おい」

 青い顔のガキに飲みかけのプロテインを投げた。

 ガキはそれを飲んだ。

 戻しやがったこの野郎。



 夏になっておれはそうめんをすすっている。

 夏はそうめんと決まっていた。

 ガキがおれの前に座った。一緒にそうめんをすすりだす。

 ガキは箸を握るのではなくそれらしく持っていた。

 スマホの連絡があった。殺しの依頼がZ会から来た。

「仕事だ」

 おれは立ち上がった。ガキも立ち上がった。一緒に仕事に行く。

 不意に視界がゆがんだ。白い霧がいきなり世界に訪れたようだった。

 腕をゆする。

 ガキの頭を掴んだ。

 おれは歩いて車に向かった。


 おれは女を抱いた。弓を振り絞るように射精する。売女は嬌声をあげる。うるせえ。

 射精後の倦怠感で不意に横を見るとガキは何とも言い難い目でおれを見ていた。

「なんだよ」

 ガキは何も言わなかった。代わりに、はっ、とでも言いたげな息を吐いた。

こ、このメスガキ……! わからせてやる……! 

動こうとして売女の足に絡まれる。もう動かない腰をもっと動かす羽目になった。

そのまま腰をやってもう女を抱くのはやめた。


 闇がある。暗い闇だ。

 仕事中に見えなくなった。

「……くそ、代われ」

 ガキがライフルを持ったのか、かちりと音がした。

 そのまま銃声と聞き飽きた肉の爆ぜる音がした。

 その日の仕事は終わった。


 眼医者に行くと「大きくなったなその子、今いくつだ?」などとぼけ老人が言い出す。

「知らん」

「14です、あれから3年たちました」

 ガキが答えた。おれはガキを殴った。

「いて」

 もっと痛そうにしろ。

「じゃあ見るよー」

 爺はおれの目を診た。

「悪くなってるね」

 端的に言いやがった。

「もう長くないよ、多分ね、しらんけど」

「藪医者め」

 ぼやける目で爺を睨んだ。


 糞の詰まった肉袋が爆ぜる。

 今日はガキを連れてきていなかった。ガキには予定があるらしい随分なことを言いやがる。

「くそ」

 知らず悪態をついた。

 10分で終わるかと思っていた仕事に1時間かかったのだ。あともう一人殺さなくてはいけない。

 標的を確認し、銃を構えた。

 引き金を引く前に男は爆散した。

 困惑のままに仕事が終わった。

 帰り際、おれの目の前にリムジンが止まった。

 中からZ会の幹部と緑色の男が現れた。

 緑色の男、こいつが標的をやったのだと本能で理解できた。そしてこの男が俺より強いことも分かった。若い男だった。

「おれは用済みか」

「ああそうだ」

 幹部が答えた。

 緑色の男はカビの生えた歯を見せて笑った。それから幹部を撃った。

「死ぬしたく位しておけ」

 ワハハと緑色の男は嗤った。


 帰るとガキは開口一番に学校に行きたいと言い出した。

 おれはガキの戸籍を作った。

 おれには偽の戸籍しかなかったから苦労した。



 おれはいままで稼いだ金のありかをガキに伝えた。

 好きに使えといった。

 不意に闇が世界を覆った。

 ガキを杖代わりにしようとして腕を揺さぶる。不意にあたたかい、綺麗な女の手がおれの手を取った。

 腕が挙げられる。

 おれの身長よりも高い位置に頭があった。サラサラとした髪だった。

 おれは自分でもどんな顔をしているのかわからなくなった。


 その日、おれはおれ自身の一切の痕跡とともに自分の家を焼いた。

 ガキにはもう、ここ以外に居場所があった。

 そこはきっと安らかで、あたたかい場所のはずだ。



 車に目いっぱいの銃を詰めてZ会本部におれは突っ込んだ。

 銃を撃ちまくる。血と硝煙と臓物が竜巻のように室内で吹き荒れた。

 銃で撃たれた。熱くて冷たい痛みだった。

 腹を撃たれた。肩を撃たれた。足を撃たれた。おれは死ぬなとなんとなく考えながらマシンガンを撃ち続ける。

 一通り殺した。

 最後に緑色の男が出てきた。

「馬鹿な奴め」

 緑色の男は言った。男はおれと同じ銃を持っていた。

 弾丸がおれの心臓を貫いた。

 弾丸が緑色の心臓を貫いた。


 おれは撃ち漏らしを全員抹殺した。

 死に体でも体は動くようだった。

 だがおれは死ぬ。銃で撃たれたら人は必ず死ぬのだ。

 いつ死ぬのかはおれも知らない。死ぬときには何も見えなくなるというがおれにはとっくに何も見えなくなっていた。

 電柱に滑り込むように倒れた。

 闇の中に雪が降っていた。それはおれの目にだけ映る白い霧だ。

 闇の中に霧が降っているのだ。霧が降り積もるまでもう少しある。

 向こう側にぼんやりとした人影が見えた。

 それは女の幻影だった。

「私が見える?」

 そいつは言った。

 ああ見えるさ。

 お前がわかる。

 おれは手を振った。触れた女の頬はあたたかかった。

 闇の中に白い霧が降り積もる。

 闇とは目が見ているもう一つの光なのだ。だから本当に見えなくなると白く霧に包まれる。

 ガキの目には何が見える、それはどんな光だ。どうかわからせてくれ。

 女はおれの手に触れた。

「私が見える?」

 ああ見えるさ。

 白い霧の向こう側にお前の顔がある。

 手を伸ばしても届かないところだ。

 だから、泣くな。

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