もうすぐ結婚する姉を好きになっていた。3
流るる雲を見ていた。
青く澄んだ空が、どこまでも高く伸びている。
その中で、ぽつんとひとり、流れる小さな雲をただ理由もなく眺めていた。
春の息吹が頬を撫でた。
今日は、姉の結婚式だった。
1
姉が結婚を決めて、式を執り行うまでの間に私は大学生になっていた。
あの時は、高校を卒業した後にすぐに仕事に出るものと思っていた。
高校生が終われば、自分の足で立てる人間になるものだとおもっていたけれど、私の足は自分で立つにはあまりにもボロボロだった。
結局、私の学費は叔父と叔母が引き続きだしている。
彼らとは、たまの長期休暇の時にあうくらいだ。お互い、それくらいの距離感が適切なように思う。
式場は広かった。
姉の結婚式には私の知らない人間が此処にはたくさんいた。
叔父や叔母もその中にいて、彼らもまた私の知らない人と話している。
このなかの半分は、苧環という男の知り合いで、もう半分が姉の知り合いなのだと聞いた。
春の陽気にくしゃみをした。
足取りが、少しずつ重たくなっていくようだった。
いつかのことを幻視する。
それは、リビングで向かい合って食事をしたときの記憶。
それは、私があの男を殺したときの姉の貌。
それは、まだ私にとって、姉が私だった時の日々。
過去の記憶が、瞼の裏を犯している。
姉の思い出が頭の中で軋むようだ。
重たい身体を引きずるイメージ。そうやって長い廊下を歩いている。
春の日差しが降る廊下。
吐息を、溢した。
大きな白い、扉の前に立つ。
「おはよう。菊」
扉を開けると、そんな言葉を聞いた。
穏やかで、甘い、幸福そうな。
私の姉の声だった。
「どう? きれい?」
それは、私の声ではなかった。
私の聞きなれた声ではなく、姉の、姉自身の声だった。
姉は純白のドレスを着ていた。
春の日差しが、姉に差し込んでいるようだった。
短くなった黒髪が白いレースの向こうで艶めいているようだった。
私は、姉に見惚れていた。
「菊?」
「ううん」
私は答えた。
そうして、姉の目の前に立った。
姉は、もう私に似てなかった。
姉が何を思うのか、もう私にはわからない。
いくつも、私のなかで渦巻いていく想いがある。
それが姉に届くことも、もうない。
それを伝えることも、もうない。
私はただ、言うべき言葉を言った。
「おめでとう」
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