自家発電も楽じゃないから

 翌週末、俺は祖母ばあちゃんちから荷物を持ち出した。春日かすがの兄、高塚さんが車を出してくれたので、一発で全部、運ぶことができた。

 これで、パケ死を気にしなくて済む生活ができる。


 部屋は北側の六畳部屋で、洋室。お向かいは春日かすがの部屋。

 高塚さんが気を遣ってくれたのか、狙っているのか、リビングを通らず春日かすがの部屋に行ける。


 高塚さんは南側のリビングを通る部屋を使っている。


 そして、やっぱり監視カメラが付いていた。いや、元々、付いていたのかもしれない。リビングのドアから玄関の方に向いているから、防犯用なのかも。


 しかし、もし、俺が春日かすがの部屋に行こうとしたら、ばっちり映るだろう。


 夜は、近くの店でピザをテイクアウトしてきてくれた。このポテト、ほくほくして美味しい。

 自分でも作れそうだから、今度、作ってみよう。それにオニオンリングもいける。


 ピザを食べているのに、サイドメニューに目が行ってしまう。


 俺は烏龍茶、春日かすがと高塚さんは白ワインを飲んでいる。そうか、春日かすがは、もう二十歳なんだ。


清水きよみず、お前、あの時、わざと当てただろう?」

「なんのことですか?」

「決勝の時だよ」


 気が付いていたんだ。


「高塚さんが、フェイントと見せかけて、本気ですねを蹴ったからです。めちゃくちゃ痛かったです」

「そうだったかな」

「お互い様です」


 あれ? 春日かすが、不思議そうな表情で俺を見ている。


「ところで、ねぇ、二海ふたみ、あれはどうやったんだぁ? いくらみぞおちに入ったとしても、拳サポーター越しであんなにダメージが与えれるとは思えないぃ」


 そのことか。それにしても、春日かすが、だいぶ酔っているな。


刃道ばどう会の約束組手で、こういう握り方があります」


 俺は、普通に拳を握った状態から、中指の第一関節だけ少しせり出させて見せた。


「なるほど、それで拳サポーターを越えて、というか下から俺に当たったと」

「そういうことです」

「それ、卑怯だな」

「お互い様です」


 わざと同じ答えを繰り返してみた。今度は二人とも笑っている。


 そんなこんなで、今度は同棲とも違う微妙な共同生活が始まった。リビングの窓から見えるバルコニーも広い。さすがマンションは違うな。


 風呂を借り、部屋にエアーマットと寝袋を広げると、早々にもぐりこんだ。菜可乃の匂いが少しする。


 それにしても、マズった。ちょっとムラムラしていて、以前、EDでへこんだのが嘘のような状態だ。

 菜可乃と暮らしていた時は、ほぼ毎日だったし。


 そうだ、とりあえず、トイレに行こう。トイレで……。


 そっとドアを開けると……ん? 廊下の電気が付いている。まあいい。春日かすがの部屋とは逆方向にある、トイレのドアを開けた。


――ガチャ


「あ?」


 ぐ、お約束過ぎる、あまりにもお約束過ぎる。なぜ、電気を消したままトイレに? そうか、廊下の電気がつけっぱなし、そのままトイレに入ったんっだ。


 落ち着け、俺。春日かすがは眠っている。とてつもなくエロい姿ではあるが……何か方法はないんだろうか?


 俺は一旦、部屋に戻り、十円玉を持ってきた。そして、ドアノブに付いている大きなマイナスドライバーで回すようなへこみを、そっと回した。これで鍵がかかる。


――ドンドン


 少し待ってドアをノックした。


「大丈夫ですか? 高塚さんですか? 春日かすがですか?」

「ん、あ、二海ふたみ、ごめん、酔っちゃってな。あれ? 私、鍵をかけてたかな、まあいいや、ちょっと待って」


――カラカラ、スサッ、ギシッ、ジャー


 トイレの中から無事、ひと通りの儀式を終える音が聞こえてきた。良かった、気づいていないようだ。

 まさか、下着を足首まで下げて、膝をカパっと開いて眠っていたなんて状況を知ってしまったら、いくら春日かすがでも耐えられないだろう。


 まあ、対策として、これはからは必ずノックすることにしよう。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 翌朝、朝食を作っていたら高塚さんが起きてきた。高塚さんの部屋はリビングにドアがあり、キッチンにいてもすぐにわかる。


「昨夜はありがとな。春日かすがには、ちゃんと鍵をかけるよう、俺からうまいこと言っておくから」

「は、はい」


 やっぱり監視カメラで見ていたんだ。


「それから、俺はお前と春日かすがのことについては、一切、口出ししない。春日かすがはもう二十歳はたちだからな」


 意外な言葉だ。


「はい」


「仮にお前が悪い奴だったとして騙されたとしても、それは春日かすがの責任だ」

「わかりました」


 そう言いながら監視カメラはしっかり見ていたんだな。


 でも、いくら広角レンズでもトイレのドアは映らないはず。恐らく、あの春日かすがの破廉恥な姿は知らない。

 だから、俺がどこまで見てしまったのかもわかっていないはず。


 ポニテにしていない春日かすがを見るのは初めてだ。昨日、トイレで見た時はポニテだった。恐らく、あの後、風呂に入ったんだろう。


 さすが、美少女、たぶん、俺の瞳孔は開きっぱなしになっている。


 髪を降ろした春日かすがは、ゆるく後ろで髪を束ねると、朝飯を食べ始めた。トースト、サラダ、そしてスープを並べた。


二海ふたみ、美味しい」

「ありがとうございます」

「このトロっとした卵、なんていうんだ?」

「エッグベネディクトです」

「ほお、こりゃすごいな、名前を聞いたことがあるが、食べるのは初めてだ」


 春日かすがも高塚さんも、うれしそうだ。食事は人の心を豊かにする。


「うちにこんなスープの素、あったか?」


 春日かすがが俺を見て、質問してきた。


「パンプキンスープです。カボチャから作りました」

「そんなことできるのか? カボチャだぞ、カボチャ」

「冷蔵庫にあったので」


「作るのは大変だろう?」


「それほどでも。先に電子レンジで温めるとやわらかくなりますから」

二海ふたみは料理上手だな」


 朝飯を終え、高塚さんは出勤のため、先に出ていった。そして、俺たちも出発することにした。俺は自転車、春日かすがはバス。


二海ふたみ、その、あのだな……」

「なんですか?」


 春日かすがはすぐに耳が赤くなる。菜可乃のおかげか、多少は勘が働くようになった。

 俺は、春日かすがが驚かないようにゆっくりと近づき、抱き寄せるとキスをした。軽い、フレンチキス。


 言葉は何も出てこなかったが、春日かすがは俺に抱き着いた。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 春日かすがと一緒に暮らし始めて約三か月目、クリスマスの三日前のこと。


二海ふたみ、誕生日プレゼントだ」

「あ、ありがとうございます。開けていいですか」

「もちろん」


 ちょっとびっくりした。菜可乃に訊いたのか。


「これ、かっこいいです。なんていうアクセサリーですか?」

「イヤーカフという。二海ふたみにはストレートタイプが似合うと思って。なかなか見つからなくて苦労したぞ」

「どうやって付けるんですか? 俺、穴開けるの怖いです」

「大丈夫、付けてやる。耳たぶの真ん中あたりから差し込んで、上の方へずらしていくんだ」


 二人で洗面所に行くと、春日かすがはコツを解説しながら左耳に付けてくれた。シンプルでいい感じだ。


 ポケットからスマホを取り出すと、春日かすがに写真を撮ってもらった。


「そういえば二海ふたみ、最近、いつもスマホを持っているな」

「いえ、いつものことです」

「そうだったかな。一緒に暮らし始めたころはそうでもなかったような」

「イヤーカフ、練習します」

「頑張ってくれ」


 あさってはクリスマスイブ、家ではいつもクリスマスと一緒に祝ってもらっていたから、あまりお得感のない誕生日だが、今日はとてもうれしい。

 その後、何度もイヤーカフを付ける練習をした。


 確かに最近、スマホをいつも持ち歩いている。外ではもちろん、マンションの中でも。気になることがあるから。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 そしてクリスマスイブ、マンションに帰ると、なんとなく予想はしていたが、その通りのことが起きた。


「今日、兄は帰ってこない。彼女と過ごすそうだ。明日は土曜日だから帰ってくるのは日曜日だ」

「わかりました」


 って、クリスマスイブに春日かすがと二人っきり? それでホールケーキ、小さいやつだったんだ。料理もサラダぐらいでと言われていたのも、これで納得できる。


 とりあえず、プレゼントは買ってある。あまり気の利いたものではないが、空手で四段以上を取ろうとすると必須になる、形の教則本。

 俺は三段だから、こういうものにはツテがある。


――ピンポーン


 チャイムが鳴り、春日かすがが立ち上がった。春日かすががドアを開けると、リビングまで香ばしい食欲のそそる匂いが漂ってきた。


二海ふたみ、これ、兄からのプレゼントだ」

「なんですか?」

「ターキーだよ。本物の」

「すごいですね!」

「日本人はクリスマスにフライドチキンを食べるって、アメリカ人が笑っていたらしい」


 春日かすがは物知りだな。


「食べきれるかな」

「まあ、食べきれない分は冷蔵庫に入れておけばいいだろう」

「はい」


――プシュッ、スポンッ


 春日かすがはスパークリングワインっぽいジュースの栓を抜き、俺はスパークリングワインの蓋を回した。キャップになっているがアルミ缶。

 そしてお互いのグラスに慎重に注ぐ。泡立つので難しい。


二海ふたみ、これはスパークリングワインだが、シャンパンとの違いは知っているか?」

「いえ」

「シャンパンはスパークリングワインの中でも、フランスのシャンパーニュ地方で醸造されたものだけのことを言う」

「なるほど」


 春日かすが、やっぱり物知りだ。


二海ふたみはまだ十九歳だから、もし、来年のクリスマスも一緒に過ごせたら、その時はシャンパンを飲もう」

「はい」


 これ、なにかのフラグっぽい。


「じゃあ、メリークリスマス!」


 初めて食べるターキー、思ったより肉は硬い……おお、腹の中には色々な具材が入っている。

 ひと通りの食事を済ませると、二人で片付けをしてケーキを食べ、俺は春日かすがにプレゼントを渡した。


「これ、高いやつじゃないか。すまないな、助かる」


 春日かすがは目を見開いて本のページをめくり始めた。まあ、おしゃれなものではないが、喜んでくれてよかった。


「なあ、二海ふたみ。サンタはいつやってくるかわかるか?」

「えっと、夜中ですか?」

「そうだ、夜中、私の部屋にプレゼントを取りに来てくれ」


 どういうことだろう?


「わかりました」


 順番に入浴を済ませると、自分の部屋で「夜中」は何時からなのかを調べてみた。どうやら夜十一時頃からという説が有力だ。


 俺は自分の部屋を出ると、春日かすがのドアをノックした。ここは紳士的に四回。二回はトイレ用のノック、正式には四回であると本で読んだことがある。


「入って」


 初めて入る春日かすがの部屋、もう、一緒に暮らし始めて三ヶ月近く経つのに。

 デスクの上にアロマの蝋燭があり、エアコン風のせいか、炎がわずかにユラユラ揺れている。


 落ち着く香りだ。ちょっと甘い、ラベンダーの香り。


「蝋燭の傍にある、『あれ』を持って、こっちに来てくれ」


 見覚えのある箱……これ、菜可乃と『ピーセックス』する時に使っていた『ピーピーコンドーム』だ。もしかしたら菜可乃が春日かすがにプレゼントしたのかも。


 いや、落ち着け、ここで菜可乃の名前を出してはいけない。外装フィルムをはがし、中からひとつだけ取り出した。


 声の方向を見ると、春日かすがはベッドの上で掛け布団にもぐっていた。


「君も脱ぐんだ」

「はい」


「優しくしてくれるか?」

「もちろんです」


「私のこと、好きか?」

「はい、好きです」

「どれくらいだ?」


「俺、恋愛に疎いところがあって……でも、一番好きです」

「菜可乃から聞いている。もしかしたら、私たちの関係はずっとは続かないかもしれない。でも、私は二海ふたみのことが好きだ。愛している」


 やっぱり、わからない。愛しているという感情がわからない。


二海ふたみ、迷わなくていい。私は後悔しない。男を教えてくれ」

「好きです、春日かすが


 また俺は流されていく……でも、春日かすがを好きという気持ちに嘘は無いし、もし、避妊に失敗して子どもができたら、絶対に結婚する。


「ちょっと待っていてください。タオルを取ってきます」

「大丈夫だ、タオルではないが黒いスエットがある」


 ベッドに手を差し入れると、春日かすがの肌に手が触れた。もう、脱いでいるのかもしれない。震えている。


「恥ずかしいから、なるべく見ないで欲しい」

「わかりました」


 俺は服を脱ぎ、ベッドにゆっくりともぐりこむと、春日かすがを抱きしめた。



  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 時刻は〇時半。クリスマスイブも終わり、本当のクリスマス。


「だいぶ痛かったみたいですが、大丈夫ですか?」

「今でも何か挟まっているみたいだ」

「そうですか」

「でも、君は本当に優しい男だ。ベッドの上では私より大人だな」


――ピコピコ、ピコピコ


 電話、千逅ちあからだ。出るしかない。


「すみません」


 俺は春日かすがにキスをし、ベッドを降りた。


「どうした? そうか、それは良かったな、おめでとう。体調のほうは……そう。わかった」


――クシュンッ


 春日かすがのクシャミだ。春日かすがの顔をチラっと見ると、俺をにらんでいる。蝋燭の灯りだけでもわかる。部屋は静かだから、きっと向こうの声も少し聞こえているんだろう。


「ごめん、切るから、じゃあ」


 電話を切り、スマホの電源も切り、春日かすがに見せた。


「それにしても電話に出るのはどうかと思うぞ。今日は私の初めてを捧げた日なんだ。二海ふたみはデリカシーが無いな」

「すみません、あの、高校の同級生で、子どもが産まれたって」

「そうか」


 春日かすがは明らかに不機嫌な、いつもより低めの声で答えた。絶対に怒っている。どうフォローしたらいいんだろう?




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


カボチャの皮が硬いのは、過酷な環境で進化したからだそうです。そんなカボチャでも、熱を加えれば、とても柔らかく甘くなります。


人の心に例えると、防衛本能で硬くなってしまった心の壁を、暖めて柔らかくする、そんな小説が書けたらいいなと心がけています。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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