自家発電も楽じゃないから
翌週末、俺は
これで、パケ死を気にしなくて済む生活ができる。
部屋は北側の六畳部屋で、洋室。お向かいは
高塚さんが気を遣ってくれたのか、狙っているのか、リビングを通らず
高塚さんは南側のリビングを通る部屋を使っている。
そして、やっぱり監視カメラが付いていた。いや、元々、付いていたのかもしれない。リビングのドアから玄関の方に向いているから、防犯用なのかも。
しかし、もし、俺が
夜は、近くの店でピザをテイクアウトしてきてくれた。このポテト、ほくほくして美味しい。
自分でも作れそうだから、今度、作ってみよう。それにオニオンリングもいける。
ピザを食べているのに、サイドメニューに目が行ってしまう。
俺は烏龍茶、
「
「なんのことですか?」
「決勝の時だよ」
気が付いていたんだ。
「高塚さんが、フェイントと見せかけて、本気で
「そうだったかな」
「お互い様です」
あれ?
「ところで、ねぇ、
そのことか。それにしても、
「
俺は、普通に拳を握った状態から、中指の第一関節だけ少しせり出させて見せた。
「なるほど、それで拳サポーターを越えて、というか下から俺に当たったと」
「そういうことです」
「それ、卑怯だな」
「お互い様です」
わざと同じ答えを繰り返してみた。今度は二人とも笑っている。
そんなこんなで、今度は同棲とも違う微妙な共同生活が始まった。リビングの窓から見えるバルコニーも広い。さすがマンションは違うな。
風呂を借り、部屋にエアーマットと寝袋を広げると、早々にもぐりこんだ。菜可乃の匂いが少しする。
それにしても、マズった。ちょっとムラムラしていて、以前、EDでへこんだのが嘘のような状態だ。
菜可乃と暮らしていた時は、ほぼ毎日だったし。
そうだ、とりあえず、トイレに行こう。トイレで……。
そっとドアを開けると……ん? 廊下の電気が付いている。まあいい。
――ガチャ
「あ?」
ぐ、お約束過ぎる、あまりにもお約束過ぎる。なぜ、電気を消したままトイレに? そうか、廊下の電気がつけっぱなし、そのままトイレに入ったんっだ。
落ち着け、俺。
俺は一旦、部屋に戻り、十円玉を持ってきた。そして、ドアノブに付いている大きなマイナスドライバーで回すようなへこみを、そっと回した。これで鍵がかかる。
――ドンドン
少し待ってドアをノックした。
「大丈夫ですか? 高塚さんですか?
「ん、あ、
――カラカラ、スサッ、ギシッ、ジャー
トイレの中から無事、ひと通りの儀式を終える音が聞こえてきた。良かった、気づいていないようだ。
まさか、下着を足首まで下げて、膝をカパっと開いて眠っていたなんて状況を知ってしまったら、いくら
まあ、対策として、これはからは必ずノックすることにしよう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
翌朝、朝食を作っていたら高塚さんが起きてきた。高塚さんの部屋はリビングにドアがあり、キッチンにいてもすぐにわかる。
「昨夜はありがとな。
「は、はい」
やっぱり監視カメラで見ていたんだ。
「それから、俺はお前と
意外な言葉だ。
「はい」
「仮にお前が悪い奴だったとして騙されたとしても、それは
「わかりました」
そう言いながら監視カメラはしっかり見ていたんだな。
でも、いくら広角レンズでもトイレのドアは映らないはず。恐らく、あの
だから、俺がどこまで見てしまったのかもわかっていないはず。
ポニテにしていない
さすが、美少女、たぶん、俺の瞳孔は開きっぱなしになっている。
髪を降ろした
「
「ありがとうございます」
「このトロっとした卵、なんていうんだ?」
「エッグベネディクトです」
「ほお、こりゃすごいな、名前を聞いたことがあるが、食べるのは初めてだ」
「うちにこんなスープの素、あったか?」
「パンプキンスープです。カボチャから作りました」
「そんなことできるのか? カボチャだぞ、カボチャ」
「冷蔵庫にあったので」
「作るのは大変だろう?」
「それほどでも。先に電子レンジで温めるとやわらかくなりますから」
「
朝飯を終え、高塚さんは出勤のため、先に出ていった。そして、俺たちも出発することにした。俺は自転車、
「
「なんですか?」
俺は、
言葉は何も出てこなかったが、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「
「あ、ありがとうございます。開けていいですか」
「もちろん」
ちょっとびっくりした。菜可乃に訊いたのか。
「これ、かっこいいです。なんていうアクセサリーですか?」
「イヤーカフという。
「どうやって付けるんですか? 俺、穴開けるの怖いです」
「大丈夫、付けてやる。耳たぶの真ん中あたりから差し込んで、上の方へずらしていくんだ」
二人で洗面所に行くと、
ポケットからスマホを取り出すと、
「そういえば
「いえ、いつものことです」
「そうだったかな。一緒に暮らし始めたころはそうでもなかったような」
「イヤーカフ、練習します」
「頑張ってくれ」
あさってはクリスマスイブ、家ではいつもクリスマスと一緒に祝ってもらっていたから、あまりお得感のない誕生日だが、今日はとてもうれしい。
その後、何度もイヤーカフを付ける練習をした。
確かに最近、スマホをいつも持ち歩いている。外ではもちろん、マンションの中でも。気になることがあるから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そしてクリスマスイブ、マンションに帰ると、なんとなく予想はしていたが、その通りのことが起きた。
「今日、兄は帰ってこない。彼女と過ごすそうだ。明日は土曜日だから帰ってくるのは日曜日だ」
「わかりました」
って、クリスマスイブに
とりあえず、プレゼントは買ってある。あまり気の利いたものではないが、空手で四段以上を取ろうとすると必須になる、形の教則本。
俺は三段だから、こういうものにはツテがある。
――ピンポーン
チャイムが鳴り、
「
「なんですか?」
「ターキーだよ。本物の」
「すごいですね!」
「日本人はクリスマスにフライドチキンを食べるって、アメリカ人が笑っていたらしい」
「食べきれるかな」
「まあ、食べきれない分は冷蔵庫に入れておけばいいだろう」
「はい」
――プシュッ、スポンッ
そしてお互いのグラスに慎重に注ぐ。泡立つので難しい。
「
「いえ」
「シャンパンはスパークリングワインの中でも、フランスのシャンパーニュ地方で醸造されたものだけのことを言う」
「なるほど」
「
「はい」
これ、なにかのフラグっぽい。
「じゃあ、メリークリスマス!」
初めて食べるターキー、思ったより肉は硬い……おお、腹の中には色々な具材が入っている。
ひと通りの食事を済ませると、二人で片付けをしてケーキを食べ、俺は
「これ、高いやつじゃないか。すまないな、助かる」
「なあ、
「えっと、夜中ですか?」
「そうだ、夜中、私の部屋にプレゼントを取りに来てくれ」
どういうことだろう?
「わかりました」
順番に入浴を済ませると、自分の部屋で「夜中」は何時からなのかを調べてみた。どうやら夜十一時頃からという説が有力だ。
俺は自分の部屋を出ると、
「入って」
初めて入る
デスクの上にアロマの蝋燭があり、エアコン風のせいか、炎がわずかにユラユラ揺れている。
落ち着く香りだ。ちょっと甘い、ラベンダーの香り。
「蝋燭の傍にある、『あれ』を持って、こっちに来てくれ」
見覚えのある箱……これ、菜可乃と『
いや、落ち着け、ここで菜可乃の名前を出してはいけない。外装フィルムをはがし、中からひとつだけ取り出した。
声の方向を見ると、
「君も脱ぐんだ」
「はい」
「優しくしてくれるか?」
「もちろんです」
「私のこと、好きか?」
「はい、好きです」
「どれくらいだ?」
「俺、恋愛に疎いところがあって……でも、一番好きです」
「菜可乃から聞いている。もしかしたら、私たちの関係はずっとは続かないかもしれない。でも、私は
やっぱり、わからない。愛しているという感情がわからない。
「
「好きです、
また俺は流されていく……でも、
「ちょっと待っていてください。タオルを取ってきます」
「大丈夫だ、タオルではないが黒いスエットがある」
ベッドに手を差し入れると、
「恥ずかしいから、なるべく見ないで欲しい」
「わかりました」
俺は服を脱ぎ、ベッドにゆっくりともぐりこむと、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
時刻は〇時半。クリスマスイブも終わり、本当のクリスマス。
「だいぶ痛かったみたいですが、大丈夫ですか?」
「今でも何か挟まっているみたいだ」
「そうですか」
「でも、君は本当に優しい男だ。ベッドの上では私より大人だな」
――ピコピコ、ピコピコ
電話、
「すみません」
俺は
「どうした? そうか、それは良かったな、おめでとう。体調のほうは……そう。わかった」
――クシュンッ
「ごめん、切るから、じゃあ」
電話を切り、スマホの電源も切り、
「それにしても電話に出るのはどうかと思うぞ。今日は私の初めてを捧げた日なんだ。
「すみません、あの、高校の同級生で、子どもが産まれたって」
「そうか」
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
カボチャの皮が硬いのは、過酷な環境で進化したからだそうです。そんなカボチャでも、熱を加えれば、とても柔らかく甘くなります。
人の心に例えると、防衛本能で硬くなってしまった心の壁を、暖めて柔らかくする、そんな小説が書けたらいいなと心がけています。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
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それではまた!
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