第9話 ~賢い人~

大樹の声は「梵我一如」という何千年も前からある考え方そのものだという。


「それはさ、過去のいろいろな経験が紡いで、君がたどり着いた一つの真理」

「それが、砂嵐という混沌中で、その経験によって自己組織化された秩序と共鳴して言葉として沸き上がったのさ」


少し難しい・・・


「つまり〜、一見ぐちゃぐちゃっ、って見えているものでも、実はたくさんの秩序が絡み合っているだけってこと」

「その中の何かの秩序と君の頭の中のとある秩序が共鳴さえすれば、そこに存在するルールが読めるようになる」

「そうやって、もの、人、言葉、いろんなものが認識できるようになるってわけ」

「自然や宇宙、経済や社会のルールだって同じだよ」


彼は僕の癖についても丁寧に解説をしてくれた。

人の脳は大体1秒に数回、コマ送りのように物事を認識している。一方で、集中すると一秒間に数十回、数百回も認識をすることができる人がいる。

普段、1秒間に数コマだったのが、数十、数百になるのだから、ハイスピードカメラのように、頭の中では物事がゆっくりと見える。という訳だ。


「プロ野球選手が、球が止まって見えるっていうでしょ、それと一緒」

「それと、息をのむほどっていうよね」

「何かに見とれて集中すると人は昔から息がとまってたんだよ」

「まさにその時、自律神経がその美しさに支配されているってことだね」


何かが突然聞こえてきたり、鏡が見えたり、人の感情が色づいて見えてしまったりするのは、彼曰く共感覚の一種だという。

僕以外にも、脳の中の特殊な器官が働いて、いろいろな知覚が聴覚野や視覚野に相互作用を及ぼし、人や動物、もの、それに文字や音なんかにも色がついて見えたりする人がいる。


「テレビの電波ってさ、人には見えないし聞こえないよね、でも、機械を通すと見たり聞いたりすることができる」

「人の脳も僅かだけど電波を飛ばしているし、原理的にはそれを受け取ることだってできるはず」

「君は多分、普通の人の何倍も敏感で強力なチューナーとアンプがついた受信機も、発信機も頭の中に持っている、ってことだと思うよ」


鏡が現われて、未来が覗けてしまうことも、誰もが持つ未来を予測する志向的機能が発達したものだと理解できる。

また、未来に影響を及ぼしてしまっているいることも、バタフライ効果の一種なんじゃないか?と説明してくれた。


「南米のたった一匹の蝶の羽ばたきが、北米の嵐を呼ぶ」

「なんてありえないようなことでも、カオス、混沌という世界観の中ではありえない、とも言いきれない、って話があってね・・・」

「蝶の話は極端だけどさ、一目惚れってあるじゃない」

「たった一瞬、偶然すれ違っただけなのに、その人の将来に大きく影響する、そんなようなこと」

「結果的に、それはやがて、子供、孫、その子孫にまで影響するでしょ」

「君が鏡の中で他人の未来を変える思念を送る」

「それがその人の頭の中の志向に影響を及ぼして、その人の未来に影響する」

「そんなことって、と思うけれど、混沌とした世界の中では巡り巡って実はありえること」

「でもね、一瞬見ただけで、好きになるかならないか?」

「そういうのと一緒でさ、人生に影響されるかされないかは、人の自由意志が選択できること」

「だから、君の思念が影響するのだとしても、起こった事実に負目を感じることはないと思うよ」


彼は、さらにつづけた。


「梵我一如、この世の出来事、物事はすべて同じ理屈で成り立っていて、それがどんなに理不尽なことなのか、知っている人は知っている」

「でも、人は知恵を得て、この理不尽な世界でも生きる意味を見つけることができる」

「それは、希望ともいうかもね」

「そして勇気は希望を叶える力になる」

「僕は医者という力を得て、この理不尽な世の中に生きる意味を見つけたいと思っている」

「そんな感じ」


まだ人生15年と少しの僕でも、腑に落ちるように話をしてくれる。

本当に賢い人なのだとつくづく思う。


それに、生きる意味に向かってひたすらまっすぐなのもよくわかる。


彼から感情の色なんか見えるわけないし、僕なんかの思念が影響するはずもない。

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