マリアと王女

第34話 寝室係の打診

 マリアがようやく騎手復帰を果たしたのと同時に、ローヴァイン屋敷に二通の手紙が届いた。


 一通はテオに。もう一通はマリアに。


 テオは一通の手紙に目を通し、早速返事を書く。


「ついに、事態が動き出したか……」


 隣でジャンも頷く。


「王位の行方は、ブリュンヒルデ様の動向次第でしたからね」

「何があったのかは知らんが、決意なされたのは僥倖だ」

「トラヴィス陛下も安堵なさっていることでしょう……」


 テオはジャンに手紙を託した。


「そういえば、マリアはどうした?」

「マリア様なら、本日お茶会に向かわれましたけど」


 テオはくっくと笑う。


「ほー。今日は一体どんな機密情報が流出しているのやら……」

「侮れませんからねぇ、お茶会は」




 奇跡の復活を果たしたマリアには、再びお茶会の誘いが殺到していた。


 いつもの乗馬服に身を包みマリアが訪れたのは、以前もお茶会をしたシュタイン公爵の屋敷。


 シュタイン公爵の妻アンナとはあれから随分仲良くなった。何でも、アンナはその内ブリュンヒルデ王女の寝室係になると専らの噂だった。


 以前マリアにも打診があったという寝室係。


 アンナと仲良くしておいて損はないとマリアは目論んでいた。


 再び屋敷の門をくぐると、いつもとは違ったメンバーが揃っていた。


「マリア!怪我からの復活、お見事だったわ!」


 熱狂的に迎えられ、マリアは曖昧に微笑んだ。


「ありがとう。随分お待たせしてしまったわね……」

「あのレース、とっても感動的だったわ。ブリュンヒルデ様もあなたの復活劇に感動して、涙を流していたそうよ」


 相変わらずの情報網である。


 主催者のアンナが騒ぎに気づいてようやくこちらへやって来た。


「マリア、怪我からの復活おめでとう」

「ありがとうございます」

「あなたのレースにはいつも惚れ惚れするわ。まるで馬と一体になっているようなんだもの」


 マリアが席に着くと、女性たちは早速噂話に取り掛かった。


「パトリック王子の結婚話、聞いた?バーデン商会のレオナと結婚したいから、王位継承権を捨てるって」


 マリアは聞いたことがあるので頷いたが、別の方向からとんでもない話が飛び込んで来た。


「あれは、どうやら真実ではないらしいわ。パトリック様は王位継承権を捨てず、レオナを王宮に妻として引き入れるつもりよ。何でも商会が、王宮に食い込む前例を作りたいからなんですって」

「バーデン商会と言えば今、貿易で儲けて、王家よりお金持ちなわけよね?やっぱりお金が有り余ると、今度は名誉欲に火がつくのかしら」

「そういうことだと思うわ。一度前例を作ってしまえば、今後も王宮に自分たちの娘を送り込んで内政に口を出せるようになるんだもの。この千載一遇のチャンスを、バーデン商会が手放すわけがないわよ」


 マリアは混乱しながらも、必死に情報を頭に叩き込む。


「でも、トラヴィス陛下はそれが分かっていらっしゃるから、結婚を許さないわけ。平民と結婚するなら継承権は剥奪するって頑ななの。それで長女のブリュンヒルデ様に女王をしてもらう算段だったわけだけど、これも難儀しているみたい」

「当然よ。今まで兄がいるからと、のほほんと育って来ただろうに、いきなり国を統治しろと言われても困るわよね?」

「しかも、臣下たちの反発がえげつないらしいわよ。女に国政を任せられるか、って」

「何を言っているのかしらね。恋愛狂いになって商会の言いなりになっているような馬鹿王子に国政を任せることこそ、滅亡へのカウントダウン開始だって言うのに」

「男ってなんであんなに女に怯えているのかしらね?」

「無能がばれるのが怖いのよ。女より無能って言われたら反論出来ないもの」

「じゃあ、実際無能じゃないの」

「違いないわね!」


 女たちはゲラゲラ笑って、お茶菓子をむさぼり食った。


 マリアは心の中で情報を整理した。


 パトリック王子は商会の言いなりで恋愛狂い。


 トラヴィス陛下は王子が商会の女性を娶るなら、王位継承権を剥奪。


 ブリュンヒルデ様は女王になるご覚悟がまだない。


 臣下は女王の誕生に反対──


 なかなか難儀な国政に、マリアはテオの苦労を思う。


(それでテオは、陛下の命であちこち嗅ぎ回らされているのね)


 マリアは少しでも、テオの力になりたかった。


 女性騎手という珍しい職業が幸いして、このような情報網に足を突っ込めるのだ。マリアはこれからも積極的にお茶会に参加しようと決意を新たにした。


 ふと気がつくと、マリアの隣にアンナがいる。


「そう言えばマリアさん。王女の寝室係の打診はもう来ましたの?」


 マリアはおっかなびっくりアンナを振り返る。


 アンナはにっこりと笑いかけ、お茶会の女性陣がその話題に食いついた。


「何ですって!?アンナ、王女の寝室係の打診が来たって本当?」

「ええ。トラヴィス陛下から、直々にお手紙をいただきました。ブリュンヒルデ様はマリアさんの復活レースに心酔しておられたそうですし、もしかしたら、と思いまして」


 マリアは弱々しく首を横に振る。


「いいえ、まだ来ていません……」

「あらそうですか。でも、時間の問題だと思います。陛下は王女様、いいえ、女王様の力になる女性を探しておいでです。まだご結婚に至っていない王女様に、少しでも力添えをして欲しいとのご要望でしたから」

「……そういえば、ブリュンヒルデ様の結婚はどうなっているのかしら」

「色々、候補はいらっしゃると聞いております。一番いいのは別の国の王室のご子息との政略結婚なのですが、これがどれも無理であった場合、国内の公爵も対象となります」

「へー。でも女王と結婚するなんて、かなり胆力がないと無理そうね?」

「うふふ、確かにそうですね。でも、きっといらっしゃると信じていますわ。それを探すのもきっと、我々に課せられた使命だと思います」


 お茶会に来ていた女性たちが沸く。


「あら素敵。お婿さん探しも楽しそうね!」

「皆様もいい方がいらっしゃったら、是非我々にお声がけくださいね」

「ちょ、ちょっとアンナさん……!」

「やっぱり、アンナやマリアがいると毎日の話題に事欠かなくていいわ~」

「また何か面白い話があったら聞かせてよね!」




 マリアはお茶会の貴族女性の勢いに飲まれ、ふらふらとローヴァイン屋敷に帰って来た。


 すると珍しく、玄関でテオが出迎えた。


「あら、テオ。珍しく妻をお出迎え?」

「ああ。すぐに伝えなければならない話があってな」

「あら、なあに?」


 テオは手紙を差し出した。


「陛下から直々に、マリアへ手紙だ」


 マリアはある予感に高揚し、その場で封を開ける。


 それに目を走らせ、マリアは再び夫の顔を見上げる。


「……私を、女王の、寝室係に?」


 テオはゆっくりと頷いて見せた。


「ああ、女王の、だ」

「女王ということは……王位継承権は確定なのね?」

「恐らく、ブリュンヒルデ様が継承を了承なさったのだろう。そういうわけでな」

「はい」

「一週間後にブリュンヒルデ様がローヴァインファームにやって来る」

「あら……どのようにお迎えしようかしら」

「心配はいらん」


 テオはにっこりと笑った。


「馬の乗り方を教えて欲しいそうだからな。乗馬服で出迎えるがよかろう」


 マリアは首を傾げた。


「……はい?」

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