第27話 秘密の情報

 それからもマリアは貴族女性たちに新婚生活を根掘り葉掘りされ、お茶会は終了した。


 ローヴァインの屋敷に戻り、マリアは着替えてから少し休むことにする。




 夕飯の時間がやって来た。


 外出から帰って来たばかりのテオが疲れた顔で食堂にやって来て、マリアに問う。


「マリア。お茶会とやらはどうだった?」


 マリアはそんな彼の様子が気になりながらも、微笑んだ。


「はい、とっても楽しかったです。家に閉じこもっていては聞けないようなことも、いろいろ聞いてまいりました」

「そうか。一体、どのような?」

「ええ。アンディが寝室係を外されたそうです」


 スープが運ばれて来て、テオは頷いた。


「……女性たちは、そんなことまで知っているのか」

「公の場で女性を馬鹿にしたから、という理由のようです」

「ふむ……」


 テオは静かに食事を始める。


 なぜだろうか、少し夫の顔が険しい。


「……他には?」

「ええっと、そうですね。パトリック様が王位を継がずに、ブリュンヒルデ様が女王になるのではとの噂を聞きました」


 テオはいよいよ軍人の顔になり、マリアを真っすぐ見据える。


「マリア」

「はい」

「その噂、マリアの口から別の人間に喋るのは止めて欲しいのだが」


 マリアはスープを飲んでから、目を丸くする。


「なぜですか?」

「お茶会で自分の話はいくらしてもいいが、王位継承権の話だけはしないでくれと言っているんだ」

「は、はい……でも」

「話を逸らす、はぐらかすというのも、貴族の奥方に必須のスキルだろう」

「ええっと、その……」


 マリアは思い切って尋ねた。


「王位の話をするなと言うのは、なぜですか?」


 テオはふっと微笑む。


「そうだな、それに答える前に……今日の夜は」


 マリアはどきりと頬を染める。


「……夜ですか?」

「私の部屋へ来なさい」

「夜に教えてくれるということなの?」

「そういうことだ」

「……テオったら」

「ん?」

「そういう交換条件のような誘い方は……ちょっと無粋じゃありませんか?」

「今は使用人がいるから、二人だけの時に話しておきたいんだ」


 マリアの中の疑問点が、線で繋がって行く。


 噂は、やはり──




 夜になった。


 テオの求めに応じてから、マリアは布団を被って何も着ないまま彼に問う。


「噂は、本当なの?」


 テオはマリアに背を向け、着替えながら答えた。


「そうだ。だが、どこかから筒抜けになってしまっているようだな」

「パトリック様が大商会の娘と結婚するというのも、ですか?」

「!そこまで具体的な噂が……」


 テオは再び深刻な顔でベッドの中に戻って来た。


 二人は見つめ合う。


「実はな、マリア」

「はい」

「あの時トラヴィス陛下からアンディ経由で寝室係の打診があったのは、実際は陛下ではなく、ブリュンヒルデ様の寝室係に……ということだったんだ」

「!」

「マリア、君は娘時代にブリュンヒルデ様と同じ馬術クラブに通っていたらしいじゃないか。それで打診が来たと思うのだが」

「はい。大昔になりますが……そんなに親しかったわけでは」

「トラヴィス陛下は心配されている。ブリュンヒルデ様は兄のごたごたがあり、まだ誰とも成婚にまで至っていない。ブリュンヒルデ様がもし王位を継承されるとなると、女王に即位してからの婿探しとなる」

「それは大変ですね……」

「そういうことだ。色々と難しい時期なので、これらは他言無用で願いたい」

「分かりました。けど……」


 マリアは嫌な予感がして言い淀む。


 テオはすぐにそれを見抜いた。


「ふむ。わざわざ親が出て来て寝室係を探していたと言うのはまさか……というところか?」


 マリアは青くなってあわあわと口を動かす。


「で、でも、陛下は若いし、まだまだお元気そうでいらっしゃるし、王が世代交代するなど、想像が……」

「マリア」

「はい」

「このことも、他言無用に」


 マリアはテオに正面から抱きすくめられる。


 その懐柔のような黙らせ方が、余計に事態の深刻さを予感させた。


「……はい」

「お茶会というのはなかなかに侮れんな。マリア、もし他にそういう情報があったら、真っ先に私に伝えて欲しい。色々、やらなければならないことがあるから」

「テオ」

「何だ」

「あなた、退役したんじゃありませんでしたっけ」


 テオは顔色を悟られないように、無表情で黙った。


 マリアは起き上がってその表情をつぶさに観察すると、ベッドをするりと抜けて服を着替え出す。


「ふーん、そういうことなのね?分かりやすい人」

「これも、他言無用に」

「分かったわ……でも、無理はしないでね」

「マリアこそ。最近何をするにも肩に力が入り過ぎているように見えて、危なっかしい気がしているんだが」

「あら、諜報員の勘?」

「やめてくれ。けれど、この勘は割に正確なんだ」

「そう……気をつけるわ」


 確かに、優勝した上、お茶会でおだてられ、妙に浮ついた気分のままな気もしないでもない。


「あと、その……」

「なあに?テオ」

「……馬やお茶会で忙しいのは分かるが、もう少し夫に構ってくれ」

「あら……ふふふ」


 マリアは再びベッドの中に滑り込んだ。


「しょうがない人ですね」

「からかうな。マリアはここでは、いつもそうだ」

「ここぐらい、私が優位でいてはだめかしら」

「……いいけど」

「そうだわ。みんな、我々の結婚生活を知りたがっているようでした」

「それならば、どんなに言いふらしてもらってもいい。盛大にのろけてやれ」

「……そうね。そうすることにするわ」


 マリアはくすくす笑って、夫の胸に頬を寄せる。


 自分が騎手になってから、プライベートも社会も、色々と変わり始めているようだ。

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