第26話 大量のお茶会の誘い
マリアは手紙一通一通に目を通した。
どれも差出人は違えど、文面はほぼ同じ。
「乗馬服を着て、是非いらして下さい……か」
乗馬服で来てくれと言うのが、意外な気がするが。
「そっか。みんなローヴァイン公爵の妻ではなく、女騎手マリアに来て欲しいと思っているのね」
お茶会が重なり過ぎているため、何人かは断りながらスケジュール調整をしなければならない。
「でもこれは、チャンスだわ。ローヴァインファームのお得意様が増えるかもしれないもの」
マリアはジャンと共に、せっせと手紙の返信を続けた。
「あとは、新しい乗馬服を仕立てなければ。ジャン、レベッカを呼んでちょうだい。もう少し毛色の違う乗馬服を仕立てたいわ。一見して、レース時とは違いのあるものを」
「はい、奥様」
「ふふふ。忙しくなって来たわ」
ジャンは、かつてマリアがお茶会に誘ったにも関わらず断った女達からも手紙が来ていることに気づき、ひとりほくそ笑んで溜飲を下げた。
一週間後。
ほとんど黒に近い深紅のベルベットの乗馬服に、同じく深紅の帽子を被り、しかしハイネックのシンプルな白ブラウスを着て、マリアは馬車に乗り込む。
シュタイン公爵の妻、アンナ。
王室主催の社交界で何度か話したことのある、同じくらいの歳の公爵夫人だ。
彼女は娘時代からそのストレートな黒髪と美貌で有名で、社交界でも中心的な人物だった。彼女と面通ししておけば、あとのお茶会でも色々と捗ることだろう。
久しぶりに郊外から街に出て、マリアは少し緊張する。
街の外れに、シュタイン公爵の屋敷はあった。噴水の庭が特徴的な、近代的なお屋敷だ。
その前にはもう既に、多くの馬車が停まっている。
マリアは緊張の面持ちで、屋敷の中へと足を踏み入れた。
屋敷の食堂では、既に多くの貴族女性がめかし込んで集まっていた。その中にやや異質な格好のマリアが入って来ると、貴族女性たちは黄色い悲鳴を上げた。
「うそっ!女騎手のマリアだわ!」
「貴族界隈は今、あなたの話題でもちきりなのよ!ぜひお話を聞かせて欲しいわ」
自分の話題で持ちきりと聞いて、マリアは苦笑した。
それは一体、どういった意味なのだろうか。
全員が揃ったところで、シュタイン公爵夫人アンナがティーセットを持って現れる。
アンナはマリアを見ると、すぐさま話題を振った。
「マリア、早速おいでいただきありがとう。先日のあなたの走り、リューデル競馬場で私達も観ておりました」
マリアは馬に乗っていないと、急に恥ずかしくなって来る。
「あら、そうでしたの……」
「女性だてらに優勝を決めて、衝撃のデビューでしたね」
「は、はい」
横から別の貴族女性が入って来る。
「走りも素晴らしかったけど、本題はその後よね!」
マリアは心当たりがあって赤くなる。
「アンディったら、ざまぁないわ。あれを見て、胸がスーッとした女性はとっても多かったと思うの」
それを皮切りに、女性たちが口々とはやし立てる。
「〝女のくせに〟なんて、女の腹から出て来てよく言えるわよ!」
「仲間を巻き込んでまで、マリアさんの競馬協会に抗議してたらしいわ。ひとりじゃ何も出来ないのよ。男がつるんで女を下げようだなんて、本当に呆れるわ」
「前からアンディはマリアを下僕か何かかと思ってたわよね。離縁されて、むしろラッキーだったわよ。死ぬまであんな扱いに耐えるなんて、私だったら考えられない!」
「マリアを離縁した時だって、悪しざまに妻のあれこれを言いふらしてたじゃない。口には出さなくても、あの卑怯な姿を見てアンディに内心腹を立てていた女性は多かったと思う」
「だから、マリアが優勝を決めた後にアンディをすっぱり切り落としたのは痛快だったわ。復讐劇の一場面を見せられたかと思ったわよ」
マリアはみるみる赤くなる。
ここまで詳細に、自分を見ている目があったのだ。
主催者のアンナが言う。
「私たち、あなたに勇気を貰ったの。女だから禁止されたことも、従わされたことも、マリアは跳ね除けて挑戦し続けたんだわ。時間はかかったけど、新しい伴侶を得てからは、まるで生まれ変わったようね」
マリアはテオを思い出し、はにかんだ。
「全部ひとりでやって来たわけじゃありません。夫の協力があったから……」
「あー!それそれ、その経緯も知りたかったのよ!」
「結婚して少ししか経っていないのに、あんなに仲がいいのはどういうことなの?まさか、アンディと並行して愛し合っていたとか……」
「……まっ、まさか!」
マリアは首を横に振り立てた。
「テオとの結婚は、親が決めて来たんです」
「まあ。それなのにもう好き合っているの?」
「えーっと、何て言ったらいいか……」
「アンディに比べたら、誰だってマシよ!」
女たちはけたたましく笑う。マリアは戸惑った。
「ああ、そうそう。アンディがあの騒ぎで寝室係をお役御免になったんですって?」
マリアは赤くなった顔を上げる。
「……え!?」
「ふふふ。ご存知なかったかしら?マリアさんに〝女のくせに〟って暴言を吐いたのがきっかけだったみたいよ?」
マリアは呆ける。
「……そうなのかしら……」
「ええ!だって、トラヴィス陛下は、王位継承者を娘のブリュンヒルデ王女にするって噂じゃない?」
「あの発言で、きっと次期女王を敵に回したのよ。感情に任せて……間抜けなアンディ」
マリアは目を丸くした。そんな話、聞いた事がない。
「ほ、本当ですか……?」
「継承権一位のパトリック様が大商会の娘の、いわゆる平民と結婚したいっておっしゃって、今トラヴィス陛下と冷戦状態にあるらしいわ。もしパトリック様が王族をお辞めになったら、継承権一位はブリュンヒルデ様だもの。もし本当に女王が誕生するとなると、三百年ぶりね」
マリアはお茶会に来てよかったと思った。ずっと家にいては、このような情報に接することは出来なかった。
ブリュンヒルデ王女とは、子供の頃何度か乗馬の教室で顔を合わせたことがある。
金髪の巻き毛をなびかせ、女だてらに誰よりも利発で、男を相手にしても弁の立つ優秀な少女だった。
ただ、運動神経が壊滅的で、どんなに頑張っても馬を乗りこなせなかったが……
そこでマリアはある予感に気づき、どきどきと胸を鳴らす。
テオが言っていた、マリアを寝室係にとは、まさか女王の──
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